⑩鴛鴦と狼-1-







 ここはロードライト帝国


 宿屋のカウンターでは、黒髪黒目を持つ歩く18禁な青年ことアイドネウスが立っていた。


 宿泊客───特に女性達はそんな彼を見て頬を染めたり、声をかけてみようかとひそひそと小声で話したりしている。


 そんな青年の元に二階から降りてきた淡い金色の髪をした少女が駆け寄って来た。


「アイドネウス」


 それまで無表情でいた青年が清楚可憐という言葉を具現化した顔面偏差値100の少女の姿を目にした途端、笑みを浮かべたものだから、彼を見て頬を染めたりしていた女性達はそそくさと離れていく。


「・・・・・・もしかして、約束の時間に遅れた?」


「いや、待ち合わせの五分前だ」


 今日は観光がてらデートである。


 ガーネシア王国を拠点に活動している二人がロードライト帝国にいるのは理由があった。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆








 数日前


 とある冒険者パーティーから【月光のローブを作って欲しい】という依頼を引き受けたミストレイン。


 ついさっきまで彼女は、ロードライト帝国にある春宵の森でしか採れない【スカーレットスパイダーの糸の採取】をしていた。


 糸を採取した後、ミストレインは一度宿屋に戻ると、作業服から長身の女性が似合う色が濃い目のワンピースへと着替えて時計塔まで走って来たのだ。


 作業服でデートをしたくないというのは男女共通の思いである。


「その前に髪の色を変えておいた方がいいな」


 ここは現実の世界であるとはいえ、ゲームではヒロインだったカサンドラとして転生した人間がいるのではないか?


 その人間は灯夜のように前世の記憶を持っているのかも知れないし、真っ新な状態なのかも知れない。


 また、転生体はラノベで目にする勘違いの電波系である可能性も捨てきれない。


 ミストレインの考えを汲んだのか、護身の意味でアイドネウスは魔法で彼女の髪の色を淡い金色から黒へと変える。


「フラワーガーデンに行こうか」


 恭しく差し出された手をアストライアーは笑みを浮かべながら取った。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 訪れた客を迎えるのは花で飾られた巨大なアーチ


 ゲートを通り抜けると、目の前に広がるのは敷かれた絨毯のように色鮮やかに咲き乱れる花々


 このフラワーガーデンの見どころといえば、季節の花が咲いているエリアと花時計、そして花の城であろう。


 現代風に言えばインスタ映えする花時計と花の城は見ているだけで楽しい気分になれるし、季節の花々を眺めているだけで心が癒される。


 それに何と言っても───


「このティラミスパフェ、美味しい~♡」


「それはよかった」


 あっ・・・このフルーツワッフル、美味いな


 休憩スペースの屋根が色とりどりの花で敷き詰められているというところが客の心を擽ると思いながら、二人は注文したデザートを口にしていた。


「デートに最適な場所・・・というより恋人の聖地の一つとして有名なのか、親子連れよりカップルが多いのは気のせいかしら?」


「気のせいではないな。現にほら──・・・」


 アイドネウスが指差した方に視線を向けると、隣のテーブルではカップルが恥ずかしそうに一つのジュースをストローで飲んでいるわ


 向かい側のテーブルでは『ミッ〇ー♡』『〇しりん♡あ~ん♡』と某永遠の五歳児の漫画に出てくる、見ているだけで殺意が芽生えてしまうあの夫婦のようにハートマークを撒き散らしているわ


「・・・・・・俺の外見は乙女ゲームの悪役寵妃だけどさ、中身が灯夜である事を差し引いても流石にあそこまで出来ねぇわ」


「俺もだ」


 何があっても動じないという自信はあるが、人前でキャッキャウフフする度胸なんて持ち合わせていない二人の顔は、周囲のバカップル振りに思いっきり引き攣っている。


「・・・・・・俺達はどのように見えているのだろうな?」


「アイドネウス?」


「俺の見た目は二十代後半だが実際は万年単位で生きている・・・まぁ、爺の部類に入る。一方の灯夜・・・ミストレインはまだ二桁の年齢だ。普通に考えれば年寄りより若い方がいいに決まっているだろ?」


 家の事情で一部の高位貴族や商家の子女が十代半ばから後半で結婚するからなのか、この世界の結婚年齢の平均は晩婚化が進んでいる日本や海外と比べたら早い部類に入る。


 二年もしない内に二十歳になるにも関わらず、未だに独り身でいるミストレインは傍から見れば異常とも言えた。


 リーベンデールでは、【行かず後家】や【売れ残り】と馬鹿にされてもおかしくないのだ。


 一方、神代の頃から現在まで独り身でいるアイドネウスもまた異常とも言えた。


 まぁ、彼の場合は自分でも気付かぬうちに灯夜以外に反応しなくなったのだから、仮に両親が選んだ娘さんと結婚したとしてもセックスレスが原因で離婚するのが目に見えているから縁談を断っていたというものあったりする。


 和寿ことアイドネウスはゲイではない。


 だって、男の身体は女のように柔らかくないし、見ても反応しないから。


 バイかと言われたらそうでもない。だって、女の裸体を見ても欲情しないから。


 灯夜・・・ミストレインだけなのだ。和寿が・・・アイドネウスが穏やかで優しくありながら激しいまでの愛情を注げるのは。性的に興奮するのは───。


「傍から見れば恋人か・・・どうかは分からないけど、俺・・・私はアイドネウスが好きだよ」


 顔に不安の色を浮かべているアイドネウスの手を取ったミストレインが自分の想いを告げる。


 ミストレイン自身も、今の自分達の関係をどう言い表せばいいのか分からない。


 友達以上というのは確かだが、恋人という言葉がしっくりこないくらいに距離が近い関係である。


 かといって正式に婚約を交わした訳ではないので婚約者ではない。


 ただ、灯夜として生きたミストレインは学んだ事がある。


 自分の想いを言葉にして伝えないと相手には伝わらないという事だ。


「和寿さん・・・アイドネウスは・・・俺、私の事をどう思っているんだ?」


「俺は男であろうが女であろうが関係なく、生まれ変わっても灯夜・・・ミストレインだけを愛している」


 俺に生きているという実感を抱かせ、心を満たしてくれるのは──・・・愛人はお前だけだ


「アイドネウス・・・」


(本命に告白された嬉しさで胸が高鳴ったり、こうして触れていたいと思ってしまうのは、肉体だけではなく本当の意味で精神的にも女になってきているからだろうな、きっと)


 男としてのボロを出さない為に幼い頃から女として振る舞っている部分もあるが、どちらかといえば精神面では男性としての意思が強かった。


 だが、それも和寿ことアイドネウスと再会した事で肉体に引き摺られる形で心までもが女性になってきているような感覚が加速し顕著になっているのだ。


「!!?」


 顔を真っ赤にしているミストレインの瞳に見覚えのある姿が映る。


「アイドネウス!今すぐ陰キャになって!!!」


「は?」


「ヒロインのカサンドラとメンタルがあの店で売っているプリンよりも柔い愉快な下僕共(笑)が、ウェイターに案内されて隣のテーブルに向かって来ているんだ!!」


 間の抜けた声を上げて驚くアイドネウスにミストレインが早口で告げる。


 ミストレインからヒロインと愉快な下僕共(笑)について話を聞いていたので状況を理解したアイドネウスは、魔法で出現させた瓶底伊達眼鏡の一つを彼女に渡すとオールバックにしていた髪を下ろす。


 すると、あ~ら不思議。


 歩く18禁が一瞬にしてオタクな陰キャになった。


 一方のミストレインも髪を三つ編みにして眼鏡をかければ、真面目で垢抜けない女子と化してしまっていた。


「お客様、ご注文が決まりましたらお呼び下さい」


 席に着いたカサンドラ、カルロス、ギュスターヴ、エンデュミオン、ゼフュロスの五人はウェイターから受け取ったメニューを眺める。


「俺、メンタルがあの店で売っているプリンよりも柔い攻略対象者共と、ピンク頭のヒロインを初めて見たのだが・・・・・・完全に戦隊シリーズになっているな」


「い、言われてみれば・・・。攻略対象者とヒロインで戦隊ヒーローになるなんて全然気が付かなかったわ」


 カルロスの髪は黒、ギュスターヴの髪は金、エンデュミオンの髪は赤、ゼフュロスの髪は蒼、カサンドラの髪はピンクなので、確かにアイドネウスの言うように戦隊ヒーローだ。


 まぁ、ヒロインをはじめとする攻略対象者達の中身は恋愛スイーツ脳なので、世界の平和を護る為に戦っている戦隊ヒーローと一緒にしては失礼な行為にあたる。


 自分達の隣のテーブルに座る、陰キャに扮している悪役寵妃と隠しキャラである天空神が小声でそのような話をしているなんて夢にも思っていない五人はデザートを注文していく。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る