選抜発表
鮎崎浪人
第1話
一
オレの名前は鵜狩、
年齢、四十二歳。
家族構成、妻と二人の女子中学生。
職業、アイドルグループ「ネバーランド ガールズ」の専用劇場の副支配人。
そんなオレは、家庭では穏やかで気の優しい良き夫であり、また常に笑顔を絶やさない娘思いの良き父親であると自負しているが、職場でみせる顔はちと違う。
五十人ほどの少女を束ねる役割を担っているのは、名目上の最高責任者である支配人よりも、副支配人たるこのオレ。
実質的な最高権力者として、さぞかし彼女たちから畏怖の念を抱かれているに違いない。
オレは彼女たちに対して常に厳格な態度を一切崩すことはしないが、それというのも、多感な思春期を過ごす少女たちにちょっとでも隙をみせればすぐにつけ上がり、たちまち統制がとれなくなるからだ。
何度となくオレの叱責で彼女たちの目に涙の粒を浮かべさせているが、後悔も妥協もしたことはない。
オレのモットーのうち、最優先事項はこうだ。
すなわち、「ネバーランド ガールズ」を日本一のアイドルグループに仕立て上げること。
少年のころからオレは女性アイドルが大好きで、いつかは自分の理想のアイドルを生み出したいというのが切なる願いだ。
そう、わが青春のすべてを捧げた伝説のアイドル、あの関根真希のような。
それにしても、あんなにも清純そのものだった彼女が、今やヌード写真集で世間を騒がせているんだから、世の中わからんもんだよなあ…
うれしいやら、悲しいやら、うれしいやら。
まあ、そんなことはともかく、「ネバーランド ガールズ」がアイドル界のトップに立つためなら、オレは鬼にだって悪魔にだってなる覚悟だ。
さて、つい二日前に関東でも桜の開花が宣言された三月二十九日の土曜日、いわば「仕事の鬼」と言って差し支えないオレは、当然のごとく職場である専用劇場に出向いていた。
業務多忙であることは無論だが、今日はどうしても出社しなければならない事情もあった。
最新シングルの歌唱メンバー十六名の発表が午後三時に予定されているからだ。
いわゆる選抜発表というやつで、メディアへの自身の露出度を左右するこの発表が、メンバーにとって重要イベントのひとつであることは言うまでもない。
今の時刻は午前十時半。
たまたま他の社員は出払っていて、オレ以外の誰の姿もない劇場裏手の事務室の自席で、オレは休憩をとっていた。
仕事に集中すべきときはとことんまで集中する一方で、休むべきときはしっかりと休む。
これもオレのモットーだ。
よほどのことがない限り十時半から十五分の休息を欠かしたことはないし、そのことはスタッフのみならず「ネバーランド ガールズ」のメンバーも知っていることだから、その時間帯にオレに気安く声をかけるものはいない。
そう、ただ一人を除いては。
「おっはようございま~すっ! うっかりさん!
『ネバーランド ガールズ』で一番かわいくて面白い神希が来ましたよ~」
ノックもせずにいきなり入室してきて、やけにデッカイ声で真偽不明な内容をのたまったのは、
「ネバーランド ガールズ」のメンバーの一人でもあり、またグループで唯一の問題児でもある。
他のメンバーはオレに対して従順なのだが、神希だけは言うことを聞かない。
傍若無人とは、こいつのことを指す。
また、オレのことを「うっかりさん」と、まるでオレがおっちょこちょいであるかのような呼び方をするのも気に入らない。
「ああ、おはよう」
オレはそれまで手にしていた冊子をすばやく閉じて机の上に置き、神希がオレの向かいの空席にどっかりと腰を下ろすのを目で追った。
神希成魅。
神希はインドと日本のハーフで、日本人離れした彫りの深い端正な顔立ちをしながらも日本人ならではの愛らしい表情も持ち合わせている。
茶色味を帯びた瞳がきらきらと輝いていて、その虹彩が咲いた向日葵の形に見えるのが印象的である。
地毛であるアッシュブラウンのショートボブが卵型の小顔によく似合っていた。
そんなわけでビジュアルは申し分ないし、その上、歌唱力もダンスの技術もグループの中でトップクラスだから、アイドルの素材として一級品であることはこのオレも認めざるをえないところなのだが、なにせその癖の強いキャラクターがファンからの人気を得る上で邪魔をしている。
それゆえ、これまでのシングルに神希はほとんど選抜されていない。
にもかかわらず、「今回のセンターは、わたしっ。わたしがソロの番だからっ」と根拠のない謎の自信をのぞかせている。
毎回、センターポジションのメンバーのみにソロパートが用意されているのであるが、神希が抜擢されるかどうかといえば…
オレは、「全メンバー活動記録」と表紙に黒のマジックペンで自筆したA3判のノートの上に両ひじをのせたまま訊ねた。
「どうした? 何の用だ?」
「午後の選抜発表なんですけど、今日もうっかりさんが?」
「ああ、そうだよ」
あの独特の殺伐とした空気を支配人の大関は嫌っているから、発表の役目は副支配人のオレが押し付けられている格好で、その間、大関は事務室で待機しているのだ。
「いつも思うんですけど、うっかりさんの雰囲気が重すぎません?
もっと淡々と発表してほしいって、みんな言ってますよ」
「いや、あれでいいんだよ。選抜発表は厳粛な儀式だからな。
オレは自分のやり方を一切変える気はないね」
オレはきっぱりとそう言いきった。
「そうですかねえ」と神希はまるで納得のいかない様子だったが、
「あっ、そうそう、ここからが本題なんですけどね」
「なんだ、まだ何かあんのかよ」
「今ダンスのレッスン中なんですけど、この前ダンスの先生にダメ出しされた内容が思い出せないので教えてほしいんです」
そう言って、神希はオレの手元に眼をやった。
「あ~ダメダメ、今休憩中なんだよ」
「え~、それぐらい、いいじゃないですかあ」
「ダメなもんはダメだ」
「じゃあ、あと去年の生誕祭の動画の確認したいんですけど。勝手に探しますよ」
オレの席は事務室の南向きの窓を背にしているが、オレの斜め後ろにあたる背後の壁、つまりその窓の両側に大型のキャビネットが据えられている。
そのキャビネットには、過去の劇場公演を記録した膨大な数のDVDが収納されているのである。
神希は勉強がからきし苦手で、前回の期末テストは数学がゼロ点だったとわめいていたが、ダンスや歌唱への熱心さには素直に心を打たれるものがある。
「ああ、いいよ、オレが見つけてやるよ」
神希が立ち上がろうとするのを手で制して、オレは該当のDVDを探しだし、机越しに神希に渡してやる。
受け取った神希がおとなしく立ち去るのと同時に、オレのスマートフォンに着信音が鳴った。
支配人の大関からだ。
「おつかれさまです。打ち合わせ、終わったんですね。
午後の選抜発表には間に合いそう? それはよかったです。
え? 急にどうしたんですか? はあ、忘れないうちに?
神希にソロバン? それはいい案ですね。では、のちほど」
通話を切って、ふとドアを見ると、ちょうど閉まったところだった。
神希のヤツ、今の会話を聞いていたのかな?
まあ、聞かれて困るようなことは何もないけどな。
再び一人きりになった事務室で、オレは休憩に戻った。
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