パーティカースト最下位の魔王の息子

@tomoyasu1994

第1話 覚醒

ユウタ,ジン,カナ,レナの4人組パーティは,ベルセルク王国付近の古代王国の城の中に潜っていた。

 今日,この城に潜ったのは,ここに眠ると言われている古代王国の財宝を手に入れるためだった。

 古代王国の城は,ベルセルク王国では最も有名なダンジョンの一つである。半径4キロメートルに及ぶ広大な敷地の中に,地上50メートルは超えるような巨大な塔を持つ城がそびえ立っている。城の地下は,底知れない迷宮となっており,地下深くには強力な魔物達が生息している。

 この地下5階に,古代王国が周辺諸国から集めた,古代の金銀財宝が眠る宝物庫がある。この日,4人は,ダンジョンの地下に潜り,金銀財宝を見つけると,それをありたけカバンにしまい込み,帰路についた。

「ブラインド!」

 カナがそう叫ぶと,ジン,ユウタ,レナの頭上に,小さな光の球が生まれ,辺りを照らした。

「いい,3人とも?

 これから城の外を出るまで,絶対にこの光の球から3メートル以上離れちゃダメだからね?もし離れたら,ここにいる魔物達に,気配を察知されちゃう」

 カナが,腰に手を当ててそう言った

「分かった,分かった。ぜってー出ねーよ」

 ジンが,いつものように薄ら笑いを浮かべながら言った。

 ジンは,背の高い大柄な体格に,金属鎧と金属製ブーツを履いている。背中には,身の丈に届きそうな丈長の剣を背負っている。

 ユウタは,薄めの胸当てに歩きやすいブーツを履いており,頭からすっぽりと紺色のマントを羽織っていた。手には,木製の大きな杖を持っている。

 レナは,ユウタと同じく薄手の金属製の胸当てとブーツを履き,背中には大きなボウガンと,弓の入った箱を背負っていた。

 カナは,金属製の杖を持っており,軽装備にユウタと同じくマントを羽織っていた。

 4人でダンジョン攻略をするのは,今日で4回目だった。

 未だ,仲間に心を許しきっていないカナが,ジンに説教くさく言った。

「『分かった』は一回で十分。慎重に行くわよ」

 4人は,財宝の格納されていた石造りの大部屋を出て,大広間に出た。

 4人は,息を殺しながら,大広間を出口に向けて歩いて行く。

 ここへ来るまでには,散々凶悪な魔物に見つかり,そのたびに交戦しながらここへ来た。それなのに,帰路では魔物にまったく出会わない。

「ね,ねえ。なんだかおかしくない?

 ここに来るまでは,あちこちにモンスターがいたのに,今は全然いないよ」

 レナが,呟くように言った。

「きっと,ここへ来る時の連中の数が多すぎたんだ」

 ジンが,自分に言い聞かせるかのように言った。

 4人は順調に地上にまで到着した。ここまで来れば,後はこの城の敷地の外に出れば,クエストは完了である。

 地上の階段を昇りきって,城の舞踏会場のあった大ホールにさしかかったところで,ジンが呟いた。

「もう少しで任務完了だ。

 なんだ,ドラゴンなんて,出ないじゃねえか」

 そう呟いた後,4人の耳に,遠くで何かが羽ばたく音がした。

 その音は,城の外からこちらへと近づいている。

 それを聞いた瞬間,4人は顔を見合わせて,恐怖で顔を引きつらせた。

「何かが近づいてきてるわ」

「まさか,ドラゴンじゃないよな」

 ユウタが,ぼそっと呟いたが,ジンがすぐに打ち消した。

「バカ!それは,30年以上前の噂話だ!ドラゴンなんて,いるわけがない。

 きっと,鳥類が飛んでいるんだ」

 ジンの言葉に反して,羽ばたく音は,どんどんと大きくなっていった。それにつれて,その翼を持つ生き物が,規格外の大きさであることが明らかになってきた。

 巨大な羽が羽ばたく音が,古城の古い石壁をわずかに震わせていた。

 4人は,足早に城の内部から外に出た。そのまま,城の外通路の柱の一角に隠れて,外を眺めた。

 城の外を見た瞬間,4人は息が止まりそうになった。

 蛇を思わせる細長い巨体に,漆黒の翼を持つ巨大な魔物が,首を城の内側に突っ込んで,中を探し回っていた。

 その巨体は,まごう事無き伝説上の生き物,ドラゴンだった。

 ユウタは,本能的に,ドラゴンが自分たちを探しているのだと思った。そして,ドラゴンに見つかった瞬間,自分達の運命はここで尽きるのだと悟った。

 他の3人も,深刻な顔つきをした。宝物庫の財宝を荒らせばドラゴンが来る,というのが,ギルド内での噂話だった。しかし,実際にドラゴンを見た人間は,今のギルドには一人もいなかった。

4人は,あらかじめ立てておいた作戦を実行することにした。

 ドラゴンがいる城の正面と反対側に回り,こっそりと裏口から抜け出すのだ。

 ブラインドは,気配は消すことができても,姿を隠すことはできない。広い城の外に出てドラゴンに見つかれば,4人は格好の獲物になってしまう。

 万が一,ドラゴンに見つかった場合,各々が財宝を持って,四方に散らばることになっていた。ドラゴンの目的が,古代王国の財宝を守ることだとすれば,4人が散らばれば,ドラゴンの注意が散漫になるからだ。

 ギルドに伝わる話では,30年以上前に古代王国の財宝を奇跡的に持ち帰ることに成功したパーティがあった。彼らは,ドラゴンに見つかるや否や,あらかじめ4つの袋に入れておいた財宝を各々が持って,それぞれ別の方向に逃げた。

 そして,城の敷地から一歩踏み出た瞬間,ドラゴンの追撃はピタリと止んだという。

 その時持ち帰った財宝は,今ではギルドのカウンターの上に,立派な額に入れられて飾られている。。

 ジン達は,城の裏口に回ると,カナを中心に,かたまって走り出した。目的地は,城の北側にある出口だった。

 敷地の中央部から北側の出口には,遮るものが何一つなかった。もしドラゴンが北側に目を向ければ,一瞬でジン達は見つかってしまう。

 4人は,前だけを見つめて,勢いよく走った。

 北側の出口への距離はどんどんと縮まっていった。4人の胸は恐怖と期待に,どんどん高鳴っていった。

 出口まで1000メートルを切った時点で,4人の中では恐怖よりもクエストクリアへの期待感が大きくなった。

 あと500メートルを切ったところで,レナが叫んだ。

「あと少し!やったわ!今日は,ドンペリよ!」

 3人がレナの言葉に肯いた直後,城の方から,獣の咆哮が聞こえた。

 カナが一瞬,気を取られた瞬間,足下の小石に躓いた。

「あ,痛い!」

 カナが,地面にダイブする勢いで,前のめりにこけた。

 それに気づかなかった3人が走り続けたせいで,3人はカナのブラインドの有効範囲の外に出てしまった。

「や,やべえ!」

 ジンがそう呟いた頃には遅かった。

 城の内部を見つめていたドラゴンが,生き物の気配を察知した。そして,その生物が城の北側にいることを察知すると,その場で勢いよく翼を広げた。そして,両の足で勢いよく跳躍。それと同時に翼を羽ばたかせると,ドラゴンはあっという間に上空30メートルの高さに飛翔した。そのまま,羽ばたき一つで向きを変え,城の北側へ猛進。地上すれすれの高さを,勢いよく滑空してきた。

「うわっ!来た!」

 ユウタが叫んだ。

 しかし,まだ新米とはいえ,何度かの修羅場を経験してきた彼らである。

 心臓が飛び上がりそうな状態でも,何とか冷静な思考を保ち続けた。

 4人は,それぞれが財宝の詰まったかばんを背負い直すと,勢いよく別方向に走り出した。

 レナは西側に向けて走り出し,カナは北西に向けて走り出した。ユウタは東側に向けて走り,ジンだけが北側に向けて走り出した。

 4人の読み通り,ドラゴンの目的は財宝の回収のようであり,散り散りになった冒険者達を前にして,一時的に滑空の速度が緩やかになった。

「へっ!このままお宝はいただくぜ!」

 ジンが,ドラゴンを煽るように,こっちに来いよ,というジェスチャーを送った。

 レナ,カナ,ユウタは,必死になって城の外の堀へ向けて走った。

 ユウタは,ドラゴンの滑空が緩やかになったのを見て,早くも勝利を確信した。そのまま勢いよく走り,堀を飛び越え城壁の横穴を潜って外へ出るつもりだった。クエストに不測の事態はつきものだが,この時ばかりは,運が彼らの味方をしたらしい。

 喜びを噛みしめつつ,後ろをチラリと見たところで,思わず息を飲んだ。

 ドラゴンが,こちらに向かって飛んできていた。ドラゴンは,ユウタに向かって大きく口を開いている。ユウタは,ドラゴンの喉の奥が,煌々と光っているのを目の当たりにした。

「ブレスだ!」

 次の瞬間,ドラゴンの口から巨大な炎の塊が吐き出された。

 ユウタは,慌てて横に大きく跳んだ。

 先ほどまで走っていた場所は,ブレスの熱と風圧で,地面が削り取られていた。

ユウタは,起き上がると,とっさの出来事に思考が追いつかなかった。

ドラゴンは,ユウタ達を仕留めきれないと思うやいなや,財宝ごとユウタを消しにきたのだ。貴金属に執着するドラゴンの性質からすれば,対象物を失ってまで敵を排除することなど,普通あり得ない話である。

 ドラゴンがブレスを使ってくる以上,ユウタが無事逃げ切れる可能性は,ぐっと低くなる。

 ユウタは,ドラゴンから逃げ切ることが難しいと判断するや否や,逃げることを中止。木製の杖を構え,ドラゴンに向き直った。

 盗人的にドラゴンから逃げ切ることが難しい以上,後は魔術師としてドラゴンと対峙するしかない。

 ユウタは一介の駆け出し冒険者,対するドラゴンは魔物のうちでも最強と言われる生物である。

「アスペース・スペリオール・・・」

 ユウタは,魔法の呪文を唱え始めた。

 自分は負けられない。そう,ここで負けることは,死ぬことと同じなのだ。

 幸い,ユウタが逃げることを止めると,ドラゴンも着地し,こちらに首を向けてきた。

誇り高い高等生物の矜持というものか。

「フリーズ!」 

 ユウタは,魔法が完成すると,杖先を勢いよくドラゴンの首元に向けた。杖先から,目視できるほどの冷気の塊が飛び出した。

 冷気の塊は,瞬く間にドラゴンの首元に着弾し,首元を氷の膜で覆った。

「どうだ!」

 思い通り的中したことに,ユウタは思わずガッツポーズを取った。

 ドラゴンは,一瞬,首元に目を動かした。しかしすぐに視線をユウタに戻した。

 ユウタの予想に反して,ドラゴンに氷結魔法はあまり効果がないようだ。

「そんな!あれだけ散々練習したのに!」

 対抗する手段を無くすと,ユウタは急に足がすくんで動けなくなった。

 その場で脱力し,へなへなと座り込んでしまった。

 ドラゴンと目が合った。

 弱者への哀れみや慈悲を持たない,獣の目をしていた。

 ドラゴンは知能が高いからと言って,人間と同じ「心」を持つわけではない。

 ユウタは確信した。自分は殺される。

 ユウタの脳裏に,急に,生まれてから今日までの記憶が流れ始めた。

 記憶はものすごい早さで駆け抜け,あっという間に2年前の出来事にまで到達した。

「またお前のミスか,いい加減にしやがれ!」

 罵声と共に,ユウタは右の頬を思い切り殴られた。

 目の前には,剣士風の男が立っていた。鼻息を荒くし,顔は怒りで引きつっていた。

 この日,肉食獣の住む森の奥地から,攫われた子ども達を救い出すクエストに出かけていた。肉食獣の住処の手前は湿地に囲まれていた。

 当初の作戦では,剣士の男が肉食獣を押しのけて巣に突撃し,片手剣使いとハンマー使いがメスの肉食獣を一掃。その間に,魔法使いのユウタは,湿地の地面を沼地魔法を使って底なし沼に換える。雄の肉食獣が沼地にはまっている間に,ユウタが冷却魔法を使って脱出路を作り,子ども達を連れて村へ帰還するという作戦だった。

 しかし,蓋を開けてみれば,沼地魔法を使おうと思って唱えた魔法が,すべて冷却魔法になってしまった。結果として沼地はすべて固い氷の大地となり,雄の肉食獣があっという間に襲来。

 リーダーだった剣士の男の機転で,自分たちが壁となって肉食獣の攻撃を防いでいるうちに子ども達を巣から脱出させた。幸い、子ども達にケガはなかったものの,ハンマー使いの男が肉食獣の攻撃で負傷。他の冒険者も程度の差こそあれ,軽傷を負うこととなった。

「違うんだ!確かに,俺は沼地魔法を唱えたんだ。それなのに,勝手に冷却魔法に変わってしまって・・・」

「呪文を唱え間違えることなんてあるか?

 お前,最初から俺たちを殺す気だったんだろう?」

「そんなつもりは・・・!!」

「じゃあ,何で湿地を一度に凍らせた!そのせいで,肉食獣の奴らが一気に押し寄せてきたんだぞ!

 もし今回のクエストで死人が出ていたら,お前のせいだったんだからな!」

 剣士風の男のそばでは,腕からの出血を布で押さえているハンマー使いの男がいた。痛みをこらえながらじっと目をつぶっていたが,時折目を開くと,ユウタをまるで自分を殺そうとした肉食獣を見るような目で見てきた。

 ユウタは,ハンマー使いの同僚を見ると言葉を失い,下を見た。

 失敗は今回が初めてではなかった。

 今まで,何度も重要な場面で、ユウタは失敗してきた。それも,すべて魔法をうまく唱えることができないことによる失敗だった。

 ジンと出会い,何度かこのパーティでクエストをこなすうち,今度こそ,自分はパーティに貢献できる存在になれると思うようになっていた。そして,このパーティを抜け出したら,もうユウタを迎え入れてくれる心の広いパーティは存在しないだろうとも思っていた。

「ユウタ!!」

 横から呼びかける声に,ユウタの意識は現実に戻された。

 ドラゴンの後ろにジンがいて,ユウタに向けて手を振っている。

「ドラゴンの狙いは,お前の持っているお宝だ!それをこっちへ寄越せ!」

 ジンは,勢いよく手をぶんぶん振った。

 ユウタは,財宝のいっぱいに詰まったかばんを両手に持った。ドラゴンが後ろにいるジンに気付いていないことを確認すると,手に持ったかばんを大きく振り上げ,ドラゴンの後ろめがけて勢いよく投げた。

 かばんは,これ以上にないほど,見事な弧を描いて,ドラゴンの後ろに落下した。

 ジンは,待ち構えておいて,かばんをしっかり受け止めた。

 ジンは,かばんを両手に抱えると,ドラゴンの反対の方に逃げていく。

 ユウタは,宝を手放したことで,ドラゴンの注意を自分から逸らすことができると思った。しかし,宝がジンに渡ってからも,ドラゴンの視線はユウタに注がれている。

 ユウタの顔は,ドラゴンへの恐怖で再び引きつった。

 ジンは,ドラゴンに蛇にらみされ動けなくなっているユウタに向けて叫んだ。

「あばよ,親友!悪いが,ドラゴンの犠牲になってくれ!」

 そう言うと,肩から下げていた大剣を地面に下ろした。

「もうこのアルミ製の安物の大剣ともおさらばだ!チタン製の最上級を買ってやる!」

 ジンは,走って北側の出口に到着した。そのまま,吊り橋を越え,城壁のそとに脱出した。

 意気揚々と出たところで,同じく城壁から外に抜け出したカナを発見した。

「おう,カナ!無事みたいだな!」

 カナの背中には,黄金に光り輝く古代の財宝の詰まったかばんが背負われていた。

 まもなく,レナもジン達に気づき,近づいてきた。

 カナは,あちこちを見回して,ユウタがいないことにようやく気が付いた。

「大変!ユウタがいないわ!」

「ユウタなら,城の外にはいないよ」

 ジンが,当然のように言った。

「まさか,ドラゴンにやられたんじゃ!」

 顔を引きつらせるカナに,ジンが言った。

「あいつは,逃げる直前に,俺が魔道具で『デコイ』の呪文をかけておいた。ドラゴンから逃げ切るまでの時間稼ぎさ」

「そんなこと,聞いてないわよ!」

「そりゃそうさ。俺が自分で決めたんだ。そうしなきゃ,全員今頃,ドラゴンに消し炭にされてたさ」

 カナが,勢いよくジンの右頬をビンタした。

 カナは,怒りで呼吸を乱しながら言った。

「あんた,最低よ!どうして,ユウタを見殺しにしたの!」

「そうでもしなけりゃ,ドラゴンからは逃げ切れないと思ったんだ!それに,ドラゴンをうまく巻けるなら,この方法は取らなかった。

 あの,ポンコツ魔法使いの使い道なんて,これくらいしかないだろう?」

 カナは,最初からジンが,ユウタを囮にして,ドラゴンから逃げるつもりだったことに気付いた。

 カナは,自分の背負ったお宝をジンに投げつけると,城の中に向かって歩き出した。

「おい,どこ行く気だよ!」

「ユウタを助け出す」

「今更手遅れだよ!それに,このお宝はどうするんだよ!お前の取り分だぞ?」

「そんなものいらない」

「は?」

「仲間を犠牲にして手に入れたものなんて,私はいらない!」

 そう言うと,カナは城の内部に戻っていった。

「ちっ」

 ジンは,不満げに舌打ちした。

 ジンがこの作戦をすれば,カナは喜んでくれるはずだと思っていた。ジンにとって,出来損ないの冒険者が一人死ぬことは,大して重要ではなかった。それより,ギルドでも有数の治癒魔法の才能と,美貌に恵まれたカナの気を引くことが,パーティ結成当初からの目的だった。

城の内部にて

 ユウタは,ドラゴンと目が合ったまま,動けなくなっていた。

 ドラゴンは,蛇と同様,眼力で対象を動けなくする金縛りの術を使う。ユウタは,ドラゴンの術中にはまってしまい,身動きが取れなかった。

 ドラゴンの喉の奥が,煌々と輝いている。ドラゴンが次のブレスのため,体内に熱を溜めているのだ。

 ユウタは,必死に四肢を動かそうと力を入れた。しかし,眼力だけでも,ドラゴンの魔力はユウタを凌いでいる。

 必死に四肢を動かすうちに,ユウタの瞳に涙が浮かんできた。

 こんなところで,自分の人生は終るのか。

 自分は駆け出しの冒険者。

 何もかもがこれからだというのに。こんなところで,自分の人生はあっけなく幕を閉じてしまうのか。

 こんな終わり方は,嫌だ。

 しかし,目の前の脅威から逃れるすべはない。自分はここで終るのだ。

 ドラゴンの口から,白色の熱球が吐き出された。

 白色の熱球が,周囲の空気をも焦がしながら,ユウタの方に近づいてくる。

 ――生きたい!

 誰かが叫んだ。

 ユウタは,手に持っていた杖を,向かってくるブレスに向けた。

 そのまま,高速で氷結魔法を唱えた。

 氷結魔法が発現し,杖の周囲を冷気の膜が覆った。

 ユウタは,それを,ブレスに向けて思い切り突き出した。

 ボシュッという音と共に,冷気を纏った杖はブレスと接触。一瞬,ブレスの動きを食い止めたものの,ブレスの熱に負けて,杖は先端から焼き尽くされていった。

 やがて,杖の半分を焼き尽くされたところで,杖は魔力を吸収することを止めた。ブレスは,杖の持ち主ごと杖を焼き尽くすため,まっすぐ杖を焼いていった。杖の先端から3分の2を焼き尽くしたところで,ブレスは動きを停止。赤々と輝いたまま,ユウタの持つ杖の先端で動きを止めた。

 ユウタは,自分の身体全体から,無数の冷気が放出されていることに気が付いた。ユウタが杖を使って生み出すものとは比較にならない量の冷気が,ユウタの腕から杖に流れ込み,ドラゴンのブレスを押しとどめている。

「はああああっ!」

 ユウタは,雄叫びとともに全身の冷気を杖に集中,そして拡散。杖の先で,ブレスの熱が分裂し,周囲に熱気となって四散した。

 ユウタは,そのまま,半分以下の長さになった杖先をドラゴンの首元に焦点を当てて構えた。

 口から,勝手に魔術の言葉が溢れてくる。

 ユウタが今まで散々練習した魔法とはまったく異なる言葉だった。

 ユウタより事態を冷静に判断したのは,ドラゴンだった。

 目の前に迫ってくる脅威に気付くと,前の両脚と翼を広げて,大きく咆哮を上げた。そして,翼を勢いよく羽ばたかせ,上空に飛び上がった。

 ドラゴンがユウタと距離を取る前に,ユウタの魔法が完成した。

 ユウタの身体から発生した大量の冷気が杖先に集まると,球体を形作った。冷気の球体は,周囲の空気を取り込んで,一瞬で10倍以上の大きさに膨張した。

 ユウタは,膨張した冷気の塊を,杖先数センチのところに,無理矢理圧縮。圧縮された冷気は,内部で分裂と結合を起こし,白色の光を放って周囲を照らした。

「カースド・クリスタルプリズン!」

 ユウタの放った光の球体が,まっすぐドラゴンの首元にある逆鱗に放出された。

 圧縮された冷気が直撃し,ドラゴンが空中でバランスを崩して落下。そのまま地面に砂埃を上げて激突した。地面に激突した後も,冷却魔法が首元から全身を徐々に凍結させていくことに抵抗し,地面でのたうち回っている。

 しばらくして,ドラゴンは動かなくなった。ユウタがおそるおそる近づいてみると,全身が凍っていた。

 事態が呑み込めないまま,ユウタはその場に立ち尽くしていた。

「ユウタ!」

 ユウタを呼ぶ声に振り向くと,カナが立っていた。手には,古代王国の財宝が詰まった袋が入っていた。

「無事だったのね!よかった・・・」

 そう言うと,ユウタの足下に倒れているドラゴンに目をやった。カナは,ドラゴンに近づいていき,氷漬けにされていることを確認した。

「カナ。どうしてここに戻ってきたの?」

「ジンに聞いたら,ユウタを置いていったって聞いたから。

 それより,これ,あなたがやったの?」

 カナは,足下で氷漬けにされているドラゴンをおそろしげに見た。動かなくなっているとはい,カナの顔にははっきりとドラゴンへの恐怖の感情が表れている。

「何がなんだか分からない」

 そう言ったところで,ユウタは,急に激しいめまいに襲われた。ひどく強い酒を飲まされた後のような,地面がひっくり返るような嫌な気分だった。

 思わずその場に倒れ込んだ。頭がガンガン痛かった。

 不意に,へその辺りを,ぐっと押されたような感覚がした。

 うっといううめき声と共に,胃液とともに,胃に入っていたものを地面に吐き出した。喉の奥が熱い。息には、酸っぱいにおいが混じって不愉快だ。

「ユウタ!」

 カナが近づいてきて,背中をさすってくれた。

 それなのに,症状はまったくよくならない。そのままユウタは,腕に力が抜け,地面が顔が近づいてくる様子を見ながら気を失った。

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