ストライカーの系譜 -Striker's Genealogy-
マレブル
1 初ゴール 2017
「サッカー、やめてもいい?」
川上瞳は、父に聞いた。
地元のサッカークラブに入って一年たつ。
小学三年生になっても、浮いていた。
習字もピアノも水泳も、ひとりで何かをするのは向いてなかった。
サッカーは初めて一年続いた習い事。
瞳は、同学年の男子より背が高い。
それだけの理由で、コーチには「フォワード向き」と言われた。
けれど、その分目立って男子たちに、からかわれる。
「またメガネくもっとうやん!」
「コンタクトにしぃよ。 危ねえちゃ。」
「お前、蹴り方変くない?」
好奇心とやっかみが混ざった言葉を、いつも瞳に向けてきた。
「サッカーやめてもいい?」
ある夜、夕食のあとに勇気を出した。
カレーのにおいと、リビングのテレビ音が混ざる空間。
父は手を止めて、言った。
「いいけど、再来週の練習試合だけ出たら?」
「うーん。」
「最後思い切りやってからでいいやん。」
瞳は黙ってうなずいた。
心のなかでは、もう「やめる」に決めていたけれど。
『瞳、かがやく』その週の土曜日、父に連れられて眼科へ行った。
「試合のとき、コンタクトにしたら。」
「コンタクト?」
瞳は少し驚いたが、父は行くだけ行ってみようと、瞳を助手席に乗せた。
装着のとき、怖くて目を開けていられなかった。
何度か練習して、ようやく鏡の中の自分が、眼鏡なしでハッキリ見えた。
「メガネない顔、変な感じ。」
でも、ちょっとだけ、強くなれた気がした。
家に帰ると母が「いいやん!可愛い!」と何度も褒めてくれた。
練習試合の日、グラウンドは朝露で少し濡れていた。
芝は短く刈り込まれ綺麗に整備されている。
練習試合なのに、チームメイトはみんなテンションが上がっている。
練習試合の相手は、近くの小学校のクラブチーム。
学年ごとに五試合が組まれていて、三年生の試合は、最後から二番目だった。
ベンチでスパイクのひもを結びながら、瞳は小さく深呼吸した。
(今日で最後…)
「瞳、後半からね。準備しとって。」
コーチに名前を呼ばれたとき、少しだけ鼓動が早まった。
スコア3対3の同点で迎えた後半戦。
味方のセンターバックが大きくボールを蹴り出した。
風に乗ったボールは、相手ディフェンスの頭を越え、ポーンと跳ねて、足元へと転がってきた。心臓も跳ねた。
(きた…!)
瞳は、慌ててトラップする。
ボールは変な方に転がった。
相手ゴールに向かって。
ゴールキーパーとディフェンダーが迫る
ぶつかりそう。
でも―
「届きそう!」
いつも怒られるやつ。トーキック。
これしか思いつかなかった。
足を伸ばして、つま先で、トンッと蹴った。
ボールは、ちょっとバウンドして、ゴールキーパーの横を、すり抜けた。
ゴールネットが、揺れた。
静かになった。
風の音だけ、聞こえた。
ゴールが決まった。決まった?
「ヒトミィ! ナイス!」
「バリやば!入った!?うまくね?」
「すげー!メガネなしメガネのクセシュート!」
味方の男の子たちが駆け寄る。
笑って、叩いて、よくわからない言葉で騒いでいる。
初めての祝福、初めてのゴール。
もみくちゃにされて自陣に戻り、瞳は、ただ立ち尽くした。
体が、震えていた。恐怖じゃない。
蹴ったときの、つま先の感触。
足の奥に響いた“ズドン”という振動。
ボールがネットを揺らした音―
試合に勝った。私のゴールで。
ベンチに戻ったときに、コーチがぽつりと言った。
「ナイスやけど!トーキックは正確性が低いから減点。」
「…なんだよ、セイカクセーって!くせぇのか!」
勝ち越しゴール、初ゴールに興奮していた本日の主役は、笑いながら反論した!
「おい!女の子がそんな言葉!」
「あー!コーチ、そういうのじぇんだーっていうんです〜!」
みんなで笑った。口のなかが、ほんのり甘く、くすぐったかった。
帰り道。
パパの横に座って、窓からの風を感じながら、瞳はつぶやいた。
「サッカー、もうちょっとだけ、やってみようかな。」
パパはふんって笑った。
「あのシュートカッコよかったな〜!写真撮れてないよ〜。」
「えー!セイカクセーが低いな!」
その夜、瞳は自由帳を開いた。
最後のページ。
そこにボールの絵を描いて、横に書いた。
「ひっさつわざ、トーキック、はじめてのゴール。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます