【3-4j】あの頃のわたしを、どうか探さないで。
小高い丘の上。狙いやすく、狙われやすい。 リスポーン地点としては最悪──けれど、ネルラが自ら苗を植えて接続を確保したのだ。
「ああ、助かった おれはどれだけ寝ぷぺらっ!」
次の瞬間、光と共に復活した同僚の頭が、石斧に置き換わるように吹き飛んだ。元の頭は後方に飛び、白い聖樹に赤い地図を描いた。
リスポーンまで──900カウント 赤いカウントが空中に浮かぶ。
囲まれている。 援軍──足の遅いシールダーの到着まで、持ちこたえるしかない。 これがいわゆる「リス狩り」。生まれた戻った鼓動から、順番に元通りに動かなくしてくる。
姿勢を低く、呼吸を整える。 近くに落ちていた装備を確認。
汎用投射杖M16A3──通称「ブラックスタッフ」。 王国が誇る自称“傑作”。 聖樹由来の木材銃床を廃し、プレス部品と樹脂パーツを使った辺境向け軽量仕様。 現地改修されたバージョンで、増設され増量された祈核ホルダーマガジン(通称「バナナ」)がつけられていた。残っている残弾は──5発。
頭をあげて視認できる敵は4体。 おそらく数体で突出してるやつだ、お互いに手薄なうちにやってしまおうという考えだ。
エテル変換、放出バレル、螺旋条──まだ使える。 放射絞り気味で、標準的な設定のまま。 ──やれるか。
ボンッ。 地面が跳ね、伏せた背中に土の塊がパラパラと降る。
「どどどど! どう゛じよ゛う゛ ジョバンニぃ!!」
助けに来たのに助けを求めてるネルラ。いつものことだ。
「やろう…」
小高い丘だからこそ、逃げたとしても、見晴らしがよく撃ちおろされる、退路を見られて囲まれる、打って出るにも向こうに後続がいたら?どれだけ時間を稼げる?
やるしかない。
いつものこと。
視界の端、岩陰と雑木の間を動く影。 ギイギィ──と、あの独特の号令。 連携している。
ゴブリン──
そして後方、詠唱に入るひときわ大柄な個体──マージ・ゴブリンか。 詠唱完了まで、少し猶予はある。 それまでに前衛のゴブリンどもが斧や投石で牽制し、動けなくさせるつもりだろう。
動けば袋叩き。 動かなければ、詠唱で丘ごと吹き飛ばされる。 ──植えたばかりの聖樹もろともに。
ここまで救援が来なかった場所。 次の復帰は当分見込めない。
そうなれば、前のセーブポイントまで戻る羽目になる──それは避けたい。 そんなの、無理して助けてくれたネルラがバカみたいじゃないか。
ネルラがすでに腰の投擲鉢の封を切り、マンドラゴラをつかめる状態にしているのが見える。
「いつもどおりにやろう、引っ掻き回して時間を稼ぐ。ネルラは援軍の合流点をこのまま確保してくれ…ありったけのバフをたのむ」
無言で、こくこくと頷くネルラ。
だが、その目は、少し潤んでいるようにも見えた。 泣いているわけじゃない。ただ、声が震えていた。 それでもネルラは、詠唱に入る。いつもと同じ速さで。いつもと同じ、温度で。
「1、2、3でいくぞ」
「了解、いつものだね」──目を合わさずに頷く。
「いちー」 オーグが戦術リンクを点灯させる。 IFF、ミニマップ、明るさ補正+3.2、脅威シルエットの強調。 武器の軌道予測、祈核残量表示。赤外線補正──これは損失していた。左眼か。
ネルラのバフが体にまわる。馬が跳ねるような鼓動が耳の奥で聞こえる。 ポカポカと温かい。熱いくらいだ。
「にぃー」 祈核を装填。5.56属性から“火”を選ぶ。ゴブリン相手には十分。
「さんっ」 ネルラが三つのマンドラゴラを勢いよく投げる。
「ごっ!」 三カウント前にワンテンポ入れるネルラに合わせて、ふたりの合図が重なる。
「ぎょえええええええええええええええ」
マンドラゴラの叫びが詠唱をかき乱す。 ぼくはノイズキャンセラー付きのメットでほとんど聞こえない。 ゴブリンたちは耳を抑え、身を伏せる。
滑るように丘を下る。 岩陰からゴブリンの頭がはみ出していた。
「グリット」 引き金を引く。祈核が変換され、魔法として発現する。 粒子の軌道が赤い蛇のようにうねり、ゴブリンの頭をなぞる。 後ろの地面には焦げ跡が残った。
「消費がでかいっ!」 通常なら5拍撃てる祈核を、マンドラゴラの絶叫圏内では一拍で使い切る。 弾道も不安定だ。
チャージレバーを引き、空の核を排出。 次の核が装填される。残り4。
体が勝手に右に跳ねた。 投擲された手斧。オーグが自動で回避運動を挿入した。 なるほど、これが“防御アップ”か。
ネルラのバフ── 攻撃力アップはエテル発現効率の増加。 素早さアップは身体機能強化。それはわかる。 でも、防御アップはいつも意味がわからない。
「致命傷を避けるんだよ」 ネルラは言った。 「命中確率とヒットポイントの統計をいじって、クリティカルを回避する。……まぁ、おまじないだよ」 そういえば、そんなことを基礎訓練で聞いた気がする。
頭にとめどなく覚醒物質を垂れ流すようなオーグの命令で走馬灯じみた光景を一瞬で挿入される。
転がった姿勢のまま、襲いかかる2体のゴブリンを確認。 「グリット」──赤い蛇が2体を薙ぐ。 マンドラゴラの影響を読み、オーグが自動で補正をかけた弾道は素直だった。 1体は胸に焼け跡を残して崩れ、もう1体は──無傷。
「反対属性っ!」 解析されたのか。偶然の火属性対応か。 赤い軌道は弾かれたように、風に舞う藁のようにほどけた。
ゴブリンは戦場で拾った折れたダガーを棒に括った武器を振りかぶる。 転がったままでは避けられない。 そのまま胸に振り下ろされ──
ギィィン!
チェストホルダー下の金属鎧に刃が跳ね返る。 衝撃が体を巡るが、幸い装甲が硬かった。
反射的にゴブリンの腹を蹴る。子供ほどのサイズ、軽い。 のけぞり、尻もちをついたゴブリンに距離を取る。
投射杖を向けて属性を左へ120度回転、雷へ。 照準せずに「グリット」。
一瞬の閃光──眼球から焼けるように、ゴブリンが前のめりに倒れる。
「ジョバンニィ!!!!!」 丘の上からネルラの声が、オーグ越しに響いた。
視界が赤いウインドウで覆われる。 照射警告。
マージ・ゴブリンが詠唱を終え、こちらに狙いを定めていた。
──音はなかった。 閃光。 全身を包む光の中、感じたのは、圧し掛かる衝撃と、痛み。
コンカッション・エアバースト。 至近上空で空気を爆発させる魔法。 幸運だったのは、聖樹を破壊するために放った試射撃とおなじ魔法での“効力射”だったこと。
オーグがすでにさっきの構文を解析し、魔法そのものは無効化してくれていた。 だが、物理的な衝撃波までは防げない。
魔法の発現は無視できても、それが引き起こす現象は無視できない。とくに物理現象は最後のかけ橋だ、戦闘においても。
お互いの世界に存在する以上──完全な拒絶はできない。
『やっぱり、アタマいいんじゃないかな……』
──体が動かない。 まるで巨大なハンマーで殴られたようだ。 放射杖も手元にはない。
グゲゲゲ……
マージ・ゴブリンが笑う。 「3引く1で足らないけれど、足りない分は“お楽しみ”で埋めてやる」──そんな顔だ。 裂けた口から、舌が垂れている。 二枚ある。 補完詠唱のための二枚舌か。
ゴブリンは、ぼくをよく見ようと近づいてくる。 杖を捨て、胸の鎧にまだ刺さってたナイフを引き抜く。
「ジョバンニ! 回復詠唱済んでるよ!! いつもと同じ!! 相対値だけど、HPに変換してオーグに送ったから!!」
ネルラの声を聞き終わる前に──顔を刺される。
「ぶ…不器用だな、器用さ(DEX)がひ…ひくいのか?」 ヘルメットが刺される。衝撃だけが頭を揺らす。
「算数を…しよう」
言葉が通じたのか、ゴブリンが怪訝な顔をする。
「勇者様が王からもらったオーグみたいに…すべてが見えるステータスは、ぼくたちには見えないさ…」
「ギギェ!」 聞く気はない。ナイフを持った手で顔を殴る。
ぼくは胸に刺さっていたナイフを引き抜き、ゴブリンの脇腹に滑らせる。 何度か力任せに突き立てるが──力が入らない。
だが、警戒して距離を取るマージ・ゴブリン。
「ネルラの回復魔法は、体を“健康な時の状態”まで戻すやつだ。ゆっくりとね…」
ゴブリンが自分の腹を擦る。緑の魔法を使って、傷がみるみる癒えていく。
「そうそう、そういう難しい回復魔法じゃない。聖樹の機能を応用してる、ぼくらみたいのでも使えるふつうのやつ。今のはただ、セーブポイントから出た時の状態に戻しただけ」
オーグの音声通信ではひそやかにネルラの詠唱が続いてている。
でも、かすかに鼻をすする音が入っていた。 たぶん、泣いてる。
ぼくはゆっくりと体を起こす。
「回復は1秒で5。ネルラがHPを100としてくれてるいま、比率だと毎秒5回復してる」
自然と笑みが浮かぶ。おそらくオーグの内分泌系が暴走してる。
「きみの攻撃は……1秒で3減らすくらいか。DPS(ダメージパーセコンド)って言うらしいね」
ゴブリンが石のナイフで再び殴ってくる。
「今ので8。やるね」
「さあ、何秒でぼくを削りきれる?」
「今ここは、聖樹の効果範囲内。ぼくは無尽蔵に回復するよ」
「援軍も、そろそろ来る。仲間も、復活する」
1秒ごとに忘れていく。 けれど、ぼくは喋り続ける。信じていないと、自分が自分でなくなってしまうから。
「今、ぼくのHPは30を超えた。ネルラの見立て通り!」
「王国のオーグより、ずっとぼくに合ってる!」
「見立てどおり!ネルラ」
「ぼくにあっている、見立てみたて。さすが」
地面に落ちた折れたナイフを拾う。 1秒ごとに今が、さっきが消えていく。 でも、ぼくは今、元気になってる。回復している。戻っている。
戻らされている。
「さぁ! DPSを超えてみせてよ!」
「ぼくは抵抗する。ネルラの元には行かせない。詠唱どころじゃないはずだ!」
「誰かが来るまで、ここで殴り合うんだ。いつものように!」
いつものことだ。 ネルラはきっと、泣きながら回復魔法を詠唱し続けている。 ぼくは痛みを感じて、そして忘れていく。
誰かが助けてくれるまで。 ここは、ぼくたちの場所。 いつだって、いつも通りだった。
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