【2-6k】異世界で魔法をキャンセルする体質だったぼく、"所有物"の感情資源を守るため“所有物”になりました
自動ドアを抜けた瞬間、風が吹き抜けた。
高層ビルの外、連結チャリの発着ポート。視界が一気に開ける。
「――わあ……」
そこに広がっていたのは、ぼくが知っているどんな都市とも違う光景だった。
まっすぐに天へと伸びる、巨大な一本の樹。
高層ビルどころじゃない。山を、それもエベレストとかを何個か積み重ねたくらいの高さだ もちろん自分の目でエベレストの実物をみたことはないだろうけども。
幹には白い城が刺さっていて、葉には住宅やビルがぶらさがってる。
まるで木が都市に寄生されているようで、でも逆に、都市がその木に守られているようにも見えた。
「トロイメイアの中心、《聖樹ユグトロス》よ」
リドリーがチャリのロックを外しながら言う。
「この都市は、あの樹の上から下まで、全部で“三層”に分かれてるの。
わたしたちが今いるのは《第一レイヤー》。一番明るくて、市民権を持つ者が暮らす“共生界面”。いわば、表層ね」
視線を上げると、雲の先に金色の人工太陽が見えた。
雲より上に浮かぶ島みたいな建物群――それもこの都市の一部らしい。
そして下へ視線を落とすと――
「……あれが、物流と廃棄の循環を担う《第二レイヤー》。“循環基底”って呼ばれてるわ」
リドリーが指差したのは、都市の中心にぽっかり空いた巨大な縦穴。
その周囲には、闇と光の狭間に飲み込まれそうな、無数の根が絡みついている。
「生活廃棄物、感情、記憶、壊れた夢――全部一度、あそこへ落ちていくの」
「……なんか、胃袋みたいだな。都市の」
「ふふ、案外いい例えかも。で、その穴のふちの影――あのへん」
リドリーが指したのは、縦穴の縁、聖樹の根にすがるように建てられた小さな住宅群だった。
「……あそこが、私の社宅。そのなかに《わたしのばしょ》があるわ。今、回収処理されかけてる」
小さくて、暗くて、でも確かに“誰かが暮らしてる”気配がある。
ぼくは無意識に頷いた。
「今はまだ“自分のもの”として保ててる。けど、感情リンクが切れたら、そこにあった記憶も、居場所も、全部国家の感情資源として再分類されて――」
「じゃあ、急がなきゃ」
言いながら、ぼくはチャリのフレームに手をかける。
「ふたり乗りできる?」
「うん。たぶん。やったことないけど… あの、おとぎ話みたいに素敵なだれかの後ろに乗って海岸とか走ってみたかったんだけど…」
リドリーはちょっとだけため息をついた。
「人生って、前に座らされる側になることも、あるのね」
どこか名言っぽいことを言って、チャリにまたがる。
その横顔を見ながら、ぼくは深く息を吸った。
都市の風は、ほんの少し甘い匂いがした。
チャリがふわりと浮いた――と思った次の瞬間、
ぶつっ、と空気が断ち切れるような音がした。
「おわあああああああああああ!!」
箒の飛行魔法が突如停止し、ふたりはそのまま、勢いよく空から滑り落ちた。
ズドンッ!
立体歩廊の植栽スペースに突っ込み、枝葉に押し戻されるようにして着地。
階段ってもう一段あったよな?いや、なかったわ!!の感じで落ちた二人だった。
どうやら僕の方がちょっと背が高いので、先に足がついてそのままリドリーを受け止 められたんだろう、よかった。よかったのか?
しかし、受け止めたあとに滑ってゴロゴロしてしまった、足を擦りむいてた。
「つっ」
痛みをごまかすようにうずくまると、すぐにリドリーが這いつくばって寄ってくる。
「ちょっと見せて。あー、やっぱり。うわグロっ オーグで視界フィルタしとこ。、皮がべろーんってなってる。……まってね」
彼女はポーチをごそごそ探り、なんかどす黒いカピカピした布を取り出す。
「はい、これ。ハンドメイドのバンドエイド。 兵役の時から使ってるすぐれものよ。きっとすぐ楽になる、洗わずに返してね」
「ありがと……」
そっと患部に貼られる。
じんわりと温かさが広がる――はずだったのに。
「……あれ。ちょっとしか、効いてないかも?」
そう言ったぼくを、リドリーがじっと見た。そして、静かに言った。
「もしかして、ケン。あなた、”キャンセラー”じゃない?」
「え?」
「あなたの中に、魔法の流れを“断つ”何かがある。
さっきチャリが落ちたのも、わたしの魔術回路があなたのせいで無効化されたからなら説明がつく・」
そう言って、彼女は自分の首元を指さす。
そこには淡く光る、蔦のようなタトゥー状の魔術回路。
「これは“感情”を魔力に変換して、魔法を発動させる構造よ。
でもあなたが近くにいると、回路が干渉されてしまうの」
「そんな……知らなかった……」
「無理もないわ。
それ、“転生者”だけが持ってる、とても稀有な能力よ。
この世界の魔法――願いを力に変える仕組み自体を“無効化”する。
恩恵も、癒しも、奇跡も。……すべてに拒絶される力」
魔法をキャンセルする。
それはつまり、この世界の“優しさ”すら受け取れないということだ。
「……ぼく、そんな能力だったんだ……」
ぼくは思わず、貼られたバンドエイドに視線を落とす。
そこには、「いたいのいたいの ここにあれ」と刺繍が入っていた。
「まぁ、認可もされてない、おまじない以下の魔法でもなんでもないただの布だしね!」
しれっと言いやがった!?
「痛みが消えなくてもいいの。
あなたが痛いって言える場所に、わたしがいたかっただけ」
リドリーはにっこり笑って、そう言った。
そして、リドリーは立ち上がると、ポンと手を打つ。
「よし、決まりね。――吊るすわ!」
「えっ、えええっ!?!?」
結果、ぼくはチャリの前方に“豚の丸焼きスタイル”で吊るされることになった。
体をぐるぐるに固定され、まるで荷物のような扱い。
「どうしてこうなった……」
「こうすれば、あなたを“魔術構造から除外”できるの。
つまり、魔力があなたに干渉せず、回路が安定する。魔法の流れも正常になるってわけ」
「物理的にも心理的にも傷つくんだけど……」
「でも、飛べるのよ。吊るされてれば」
「魔法が使えないから、吊るされて飛ぶしかないって理屈……異世界って不条理すぎる!!」
そうして、チャリは空へと滑り出した。
リドリーの魔術回路が輝き、魔法石が安定して脈打つ。飛行は――成功した。
しかし当然ながら、吊るされているぼくは、完全に目立っていた。
市民のオーグが反応し、空中に情報タグが次々と表示される。
【オーグタグ反応ログ】
#吊られた男(キラル体)
#すごい痛チャリ
#首縄の祝福者www
「ちょっと待って!? なんか今、“首縄の祝福”ってタグ付けられてない!? なにそれ宗教的にヤバいやつ!?」
「うん。吊るされながら空飛ぶ姿が、スゥ教団の『受容者』って解釈されてるっぽい。
……象徴的に、完全一致らしいわよ?」
「意味が重すぎるってば!! ぼくそんな崇拝されたいわけじゃないからね!?」
「でも人気はあるわよ。“吊るされ彼氏”ってタグ、今トレンド三位よ?」
「えぇぇ!? なにそれすごいこわい!!」
そのときだった。
リドリーがぼくを一瞥して、にっこり笑った。――でも、その笑みにはちょっとだけ、黒い影が混じっていた。
「……へぇ、吊られてる男の子って、案外いいかも。
上から見下ろせるし。叫んでも逃げられないし。
なにより、“わたしの”って、わかりやすい」 うへへ
「ちょっ、ちょっと待って!? 主従ってそんなすぐ変わるの!? 尻に敷かれるどころか吊るされてるじゃん! ていうか語尾がうへへっ だったんですけど!?」
「ふふ……征服欲って、案外こういうときに目覚めるのね…」
「負けないで!慈愛っ!よみがえれっ!理性っ!!」
………
「……見えてきた。あそこが、わたしのばしょ」
リドリーの声が低くなる。
「社宅の指定区画。収容、まだ間に合うかもしれない」
チャリはそのまま、都市の空をすべるように滑空していく。
都市を吊るさてて落ちていく僕と彼女。
まっすぐに、《わたしのばしょ》を目指して――
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