(1-1.7r)わたしのチャリが中央ストリームに吸い込まれた件について【2-1K】Wicked Withouter's Wonderland
ハーネスを引き絞ると、わたしの“場所”の扉──社宅のベランダが静かに開いた。
朝の湿った空気が、すぐ顔を撫でる。薄い風。
落ちないように、流れから振りほどかれないようにと、そのためのハーネス。吊りズボン型の国民制服の後ろの×に組まれたところから出てる 万が一の時に全体重を支える紐。安全紐のハーネスをチャリ本体の輪っかにに取り付けて、ゆるやかに浮き上がる。
背中に取り付けたチャリ(通勤用箒)は、低く唸るように浮き始める。ゆっくり、ゆっくり。
暗い天井の下、鈍く光る薄青い“風のレール”を捕まえる、ストリーム。今日も無事にのれました。今日も今日が始まります。ゆったりと今日も上へと向かう。
くすんだ薄青のストリームが、地の底からゆるやかに上昇している。
その風の“ながれ”に乗って、今日もチャリは進む。チャリと言っても、もちろん“ほうき”のこと。レンタルの通勤箒。
乗っている姿は箒というより、馬の鞍にまたがるようで、はた目にはちょっと笑える光景だと思う。でも、この街では誰も笑わない。それが、当たり前だから。
ストリームの中をゆっくりと滑っていくわたしの横に、音もなく二人が並んだ。
「今日、ちょっと冷えてない?」
「でも風がやわらかいから、たぶん天気はいいと思う。気象管理局のとおり昨日とおなじよ」
“よき隣人たち”だ。
名前は知らない。お互い聞いたこともない。でも、同じ時間、同じストリームに乗れば、自然とこんなふうに隣を飛ぶようになる。
「制服の上、ちょっとほつれてない?」
「えっマジで? やだ、鏡の使用期限回数制限きちゃってさ…よく見えてなかった……」
「あー いつも配給前に足らなくなるよねー ただの呪物じゃなくて、わたしたちには使い道があるのにねー」
「それな! で、きょうはスカートなの?」
「ん、うん。…あああ!?」
しまった、いつもの癖で正面にまたがってた。まぁ全員正面を向いているから見られるわけではないけれど。
私はすい、足を開かないで乗れるように前に進んでいる箒に対して横に向き直った。
そうすると、寄ってきた彼女たちも私に背中を向ける。
そうすると、そうなるから、彼女の横にいた方も背中を向ける。
しましまった!!!!
誰かが最初に右のナプキンを持ったら、全員が右を取らざるをえない。もし左ならすべて左。そうせざるを得ない。
いつかの転生者が持ち込んだ、あちらの世界の哲学者の寓話だったが、すっかり私たちの世界にもなじんでいた。哲学者だっけ?大統領だっけ?
通勤中のストリームに乗るときはみんな正面を向く。視線を感じたくないから。みんな背中をみてる。でも、視線を感じ最初のひとりが横を向くとその後ろが全員横を向いてしまう。ああああ、これは人様が舌打ちしてオーグの共有匿名落書きスペースの「ツイットリ(旧χ)」に晒されてしまうかもしれない。
こんなのするのって観光で来て、はしゃいで王都中心を見ようと横にする「おのぼりさん」くらいだわ…
まぁ、雨の時はみんな横か、大体後ろ向きに乗るストリームになってるから反社会性の高い行動ではないのが救いだけど… 「まだ」市民プロトコルの「ふさわしくない(マナー)」に記載されてないだけかもしれないけれど…
やがて、地下をなぞるように滑っていたストリームが、一瞬だけぐっと揺れた。
視界が急に開け、わたしたちは――
地上へ出た。
厚い岩盤の天井を抜けると、空があった。
管理された空だけれど、今日は雲が散っていて“青い”。
王国の景色が一気に広がる。
中央にそびえる白の大樹「世界樹」、そしてその根元を絡め取るように建つ三本の大樹に宿る三省構造物:
「真理省」
「愛情省」
「平和省」
整然と並ぶビル群と環状線。ぽつりぽつりと四角くまばらにある緑は貴族たちの荘園。
その上を、無数の通勤用チャリと浮遊艦艇が飛んでいく。
ストリームの軌道は、天に向かう二重らせん。
下から登ってきたチャリたちが、列を成して天に昇っていく。
やがて話題は、日常の“端っこ”に滑っていく。
「旗艦『イザーク』が見えてきた……」
「ほんとだ。艦影、昨日より多くない?」
「魔王倒したっていうのに、また“再構築”かしら」
「また一つ、どこかが燃えるのかもね」
「……平和省の人員再編(リストラクチャー)、あるかもって噂も聞いたよ」
二人のよき隣人の会話を聞きながら、私は黙っていた。
王都の空に浮かぶ艦艇。その影が風の流れを乱して、チャリが微かに揺れる。
慣れてるけど、ちょっとだけ怖い。
「あー。またね」
「またねぇ~」
一人目の隣人が、夢想庁に吸い込まれていった。白と青の塔に、小さく吸い込まれるように。
残った“よき隣人2”は、いつものように笑ってこう言った。
「……で、朝ごはんは?」
「え、なにそれ……ばれてる……?」
「どうせまたフードの中で食べてるでしょ?」
くすくす笑いながら、私はフードを深くかぶった。
さっと、パンを一口。肉と野菜。戦闘中の魔女たちがすぐに、片手でも食べられるようにと作られたこの料理(料理かな?)はサドンウィッチと言われている。
いつかはたっぷりのバターとジャムのサドンウィッチを食べたいものだ…でも、過剰な脂質と糖質が「ふさわしくない」と思われるこの国ではなかなか配給も来ない、いつかたっぷり食べたいものだ。
そして、これもよろしくないといわれる発酵させた茶葉を濾したもの (の通称:泥水)茶葉に異常な覚醒作用のある毒が含まれるとのこで配給停止になってしばらく飲んでいない。せめてそれでこのバサバサした黒パンを流し込みたいものだ。それなら、白パンがいいな。泥水にもたっぷりの白い「アレ」を入れて。そこがジャリジャリしたのが残るくらいので。
「プロトコル改訂されたんだよ。通勤中の食事は“効率的”だってさ」
「そなの?……でも周囲の目がね。まだ気になる」
「SO RE NA!」
それでも周囲に文化のアップデートがいきわたるまではなかなか堂々とできないし。もうこうれがスタンダードなんです!と口論する気もリドリーにはない。
そもそも、更新が多すぎるんじゃないかしら? おっと、これは口に出せないわね…
なんとなく察したのか、ふたりで静かに笑った。
風は軽やかに、世界をなでていく。
そして、ふと――
よき隣人その2の乗るチャリが、突然ストリームを外れる軌道になった。
「えっ、あれ……中央ストリーム?」
「うん。ちょっとティアの関係でね……」
「……そっか。またね」
たぶん、この「またね」はこれが最後の「またね」なんだろうな…
通勤先が変わるまでの、1クールの良き隣人。今期のは結構すきだったのにな。通名くらいきいておくべきだったかな。
少しだけ遠ざかっていく隣人の背を見送りながら、わたしのチャリは再び、高度を上げつつ流れてゆく。
わたしの降りるべき次のストリーム接続点が近い。
でも――なぜか今日は、“降りるべき”ポイントを通過してしまった。
「あれ?」
チャリが自動的に次のレールに沿って進んでいく。
違和感。
普段なら、そろそろ吸い込まれるはずの建物が、後ろに流れていく。
「おかしいな……誘導情報のミス?」
思うより先により高速の外周ストリームにチャリはスライドしいった。
そこに私が乗るようなチャリはいない。形こそチャリに似ていても、まったくの別物。自己動力の魔法を積んだ“浮行具”──風受け水避けの加護はもちろん、にヒーティングの熱魔法、果ては空力設計までついてるももあるようなやつだ。
そもそもに風を物理的に遮断しているエリート階級のオムニバスや、個人用のオムニバス、貴族用の豪華な装飾な空飛ぶ「別室」まである。
速度が速く、風が強く、私のチャリなんて吹き飛ばされそうなレベル。
「うわ、ひょえええぇ……!」
慌ててフードをかぶり直し、体勢を立て直す。
高く、速く、そして少し……怖い。
でも、そんな中でも、向こうに向かっていく人たちは平然としている。
ティアが高いストリームの風が気持ちいいとか言ってた週末箒ライダーがいたけれど、とんでもない。受ける風に飛ばされそう!
わたしは、自分の胸のプレートに目を落とした。
min pax(平和省) 本部・戦略局(東)
私の勤務地は変わってない。「まだ」変わってない。
それはつまり――
“もっと上層”に、同じ勤務地、同じ建物でも上層に導かれようとしているということ。
わたしが選んだわけじゃないのに。
でも、誰かが“選ばせた”結果が、いま、ここにあるような[ SYSTEM LOG FRAGMENT // SECTION SPLIT // CODE: XII-ORB ]
NOTICE OF NARRATIVE STRUCTURE AND COGNITIVE SUPPORT
Issued by: Department of Unified Governance – Bureau of Cognitive Facilitation
Co-signed by: Ministry of Peace – Agency of Expression and Cultural Regulation
This narrative has been dynamically reconstructed, localized, and translated to align with the linguistic, emotional, and cognitive frameworks of the recipient.
All content presented herein is subject to augmentation via the integrated visual-assistive system (AUG), which may utilize emotion-tag data and perceptual feedback for enhanced comprehension and immersion.
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This work does not intend to advocate, affirm, or imply adherence to any particular political, ideological, or religious belief system. All expressions and terminology utilized are selected solely for the purpose of experiential optimization.
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PAIN age, SCAR age,VOID age,FAKE age,LOSE age,DENY age,MOID age,BINDage.
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mini TRUE,mini PAX,mini LUV
AND: HER
Record Identifier: XII-ORB
Document Authentication: ORBs Observation & Retrieval of Broken systems
[ SYSTEM NOTE: This log entry may be overwritten at any time. ]
【2-1K】Wicked Withouter's Wonderland
──「かしこくありたかった。いいや、頭がよくみられたかった。たぶん、やっぱり、それって………」
「新しい世界に持ち込みたいものは、ありますか?」
声がした。
やさしいようで、どこか機械的。
祈りのようでいて、儀式めいていた。
わたしは、目を伏せるようにして応える。
地面も空もないこの空間で、どこを見ればいいのかわからなかった。
だけど、声は待ってくれていた。
わたしが答えるまで、きっと永遠に。
何かひとつ。
願いでも、能力でも、知識でも、
この世界に持ち込んでもいいという。
たったひとつ、か。
「うーん……“現代の英知”……とか?」
わたしの言葉が空に溶ける。
ほんの少し、光の粒が舞った。
風は吹いていない。音もない。
なのに──“笑われた”気がした。
「それは……あなたのものではないでしょう?」
その言葉は、とても優しかった。
まるで、何でもないことを伝えるように、当たり前のように。
……あまりにも自然すぎて、反論する隙さえなかった。
声が、喉の奥で止まった。
「あ……」
何か言おうとして、やめた。
思い返せば確かに、そうだった。
わたしが“持っている”と思っていたものは──
ネットで読んだ解説、授業で書き写したノート、テレビの特集、知識を詰め込んだ誰かの本。
どれも、“誰かのもの”だった。
わたしが生み出したものじゃない。
借り物の知識を、ただ集めて、それだけで自分が賢くなったつもりでいた。
「……じゃあ、本も……ダメ、ですか?」
一度だけ、聞いてみた。
わかってる。だめだって、きっと思ってた。
「そうですね。ごめんなさい…あなたが作ったものではないのですから…そういった“他者の知”は、あなたのものではありませんよ…」
やっぱり。
「でも、ちょっと待ってくださいね…ううん… あ、やっぱりだめだわぁ~」
なんで急に砕けたの?実はいい人。人?なのかな?なのかもしれなかった。
「その知識が欲しいだけなら、そもそもほかの人をお呼びしますので…」
それは、あたりまえのように言われた。
でも、わたしにはずっと、誰にも言われたくなかった言葉だった。
そんなの、はじめからわかっていたのに──
どこかで、“これなら”って思ってたんだ。
せめて、わたしの世界くらいは。
わたしは、静かに思い出していた。
どうして、こんなところに来てしまったのかを。
わたしは、勉強ができなかった。
方法がわからなかった。
何を覚えればいいのかも、どうやったら身につくのかも、
誰も教えてくれなかった。
でも、頭は良くなりたかった。
誰かに認められたかった。
バカにされたくなかった。
だから、教科書を──ただ、きれいに書き写した。
解けなかった問題も、わからなかった言葉も、
とにかく、写した。
何百ページも。
何冊も。
そうすれば、きっと頭がよくなるって。
誰かが褒めてくれるって。
思っていた。
褒めてなんて、もらえなかったけど。
わたしの部屋の引き出しには、
真っ黒になったノートが山ほどある。
何の意味もなかったのかもしれないけど、
あれだけは、全部わたしが書いたものだ。
だから、わたしは言った。
「……教科書。わたしの教科書を、持っていきたい」
沈黙。
やさしい気配だけが漂う。
「………それは、あなたのものですね」
その言葉に、わたしは少しだけ救われた気がした。
はじめて、「自分のものだ」と言ってもらえた気がして。
腕の中に、ふと重みが生まれる。
見慣れた黒い表紙。
消えかけたタイトル。
わたしが、誰にも言えないまま写し続けたノートだった。
「ようこそ、あなたのすばらしいせかいに」
新しい世界が、光の向こうに広がっていく。
ここには誰も、わたしを馬鹿にする人はいない。
誰もが、わたしの知識を知らない。
わたしだけが、何でも知ってる。
きっと、英雄になれる。
きっと──
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