逃げられぬ存在

「友だちは大切にしなきゃいけないよ」

 私に蹴られて二、三歩後退りした先生。特に痛そうなそぶりを見せることもなく私にそう言った。

 いや、違う。これは先生じゃない。直感的に理解した私は保健室を飛び出した。

 これは絶対に危ない奴だ、逃げなきゃ殺される。根拠なんてないけれど間違いない。私はとりあえず廊下を走り保健室に一番近い職員室に行くことにした。

 保健室から職員室までは廊下をまっすぐ行くだけだ。間にいくつか会議室や面談室を挟んでいるけどそんなに距離はない。


 職員室に辿り着きドアを勢いよく開ける。誰でもいいから助けてもらおうと思って中に入りかけて気がついた。職員室の中には誰もいなかった。

 どうしてこのタイミングで……

 私は唇を噛み締め、ドアを開けっぱなしにしたまま階段に向かった。本物の里中先生が自販機の側にいるはずだからそこまで行けばきっと助かる。


 廊下を走り切り階段が見えてきた時ポケットのスマホが震えた。電話みたいで無視してもずっと震えている。

 こんな時に一体誰? 空気が読めなさすぎる。しつこく震え続けるスマホが鬱陶しい。

 私は階段の踊り場に差し掛かった時にスマホの入ったポケットに手を突っ込んだ。そんな時だった。




「歩きスマホは危ないよ」




 耳元で声が聞こえた。聞いたことのない低い男の声が。慌てて声のする方を見ようとした時、体に強い力がぶつかってきた。

 何が起きたのかわからない。でも、気づけば私の体は宙に浮いていた。いや、正確に言うと浮いているのではなく、踊り場から階段に向かって体が投げ出されていた。そしてそうなるのが当然のように頭から転げ落ちた。




 第一発見者は保険室の里中先生だった。一階の自動販売機で飲み物を買って戻ろうとした時、高いところから何かが落ちたような大きな音がした。

 何事かと慌てて先生が見に行くと保健室にいるはずの直美が頭から血を流して倒れていた。

 女性教員の悲鳴が校舎中に響き渡った。


 病院に運び込まれた直美は一命を取り止めたものの酷い状態だった。運び込まれてから一週間経った今も意識が戻らない。

 この件についてはいくつか不可解なことがあった。

 一つ目は里中先生の悲鳴が響き渡る少し前、職員室には何人も先生がいた。各々次の授業の準備や事務処理をしている最中、突然職員室のドアが乱暴に開けられた。何事かと先生たちが開いたドアを見ると、血相を変えた直美が立っていた。

 ドアのすぐ側にいた先生が心配して直美に声をかけようとした。しかし、職員室の中を見た彼女は残念そうな顔をして走り去った。


 二つ目は直美のスマートフォンだ。階段から転落した直美が力強く握りしめていたスマートフォンは着信中だった。里中先生の悲鳴を聞いて集まってきた先生の一人が気づいてディスプレイを見ると、表示されていたのは何故か『佐々木直美』という本人の名前だった。


 そして三つ目。事故現場に駆けつけた先生により直美が息をしていることが確認された際、階段の踊り場から声が聞こえたそうだ。低くて不気味な男の声が。そしてその声はこう聞こえたという。




「楽にしてあげたかったのに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る