『月の光に映る心』
Algo Lighter アルゴライター
1月 - 初雪の約束
空はどこまでも灰色に閉ざされていた。雲の切れ間から漏れる陽光はなく、ただ静かに、音もなく、白い雪が舞い落ちている。朝から降り続くそれは、地面を薄く覆い、歩道の隅には淡雪が積もり始めていた。
吐く息が白く曇り、冷たい風が頬を刺す。人々はコートの襟を立て、肩をすくめながら足早に通り過ぎていく。交差点の信号が青に変わり、少女はゆっくりと歩き出した。
歩道に積もる雪を踏むたび、靴底がかすかに沈み、小さな音を立てる。その跡を振り返ると、自分がここにいた証が確かに残されている気がした。しかし、次の一歩を踏み出す頃には、また降り積もる雪に隠され、すぐに消えてしまうのだろう。
見慣れた街並みは雪化粧をまとい、どこか違って見えた。通りの角を曲がると、小さな公園が広がっている。ブランコの鎖が冷たく凍りつき、ベンチの木肌は薄い雪をまとっている。人影はない。ただ、風に揺れる枯葉が、時折、小さな音を立てて地面に落ちるだけ。
彼女は足を止め、視線をベンチに向けた。そこに座っていたはずの誰かを思い出しながら。
ゆっくりと手袋を外し、雪に覆われた木の表面に指を滑らせる。冷たい感触が指先に染み渡る。そのままそっと指をすべらせ、木目をなぞる。思い出が指先から流れ込むように、過去の記憶が心の奥から蘇る。
あの日も、こんなふうに雪が降っていた。
ここに座り、肩を並べていた人の顔は、もうぼんやりとしている。ただ、笑い声と、雪に滲む約束の言葉だけが、鮮やかに残っていた。
来年も、ここで会おう
この落書きをしたのは、誰だったのだろう。
時間が経つほど、記憶は輪郭を失っていく。けれど、雪が降るたびに、心のどこかでその約束を思い出す。果たされなかったその言葉を、繰り返し反芻してしまう。
少女は指先に残る冷たさを感じながら、そっと手を引く。そして、ゆっくりと立ち上がった。空を見上げると、雪はまだ降り続いている。
街の向こうに続く道へと足を向ける。雪に足跡を残しながら、それがすぐに消えてしまうことを知りながら、彼女は歩き出した。
空は、どこまでも白いままだった。
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