第4話 次のステップ

閑話休題

俺は一つの銅板を取り出し、手のひらの上でクルクルと回した。すると、銅線ができる。

……何故って聞くなよ? 何と言うか、俺の意識が勝手に動く感じだ。説明しろと言われても、そうなっているとしか答えられん。

それと鉄板を一枚、サンドすると緑色の基礎基盤だ。面積と生産効率の兼ね合いで、たいていのプレイヤーは簡易工場では基礎基盤を作らない。ひと足先に構造の雛形を作って、そこで製造を始めるのがセオリーだ。

とは言ったものの。


「リアルでやるってなると……キッツ」


そう。最低要件の簡易精錬所だけで炉が12個、インサータはそれぞれに搬入と搬出で2個の合計24個必要だ。ゲームではUIを何度かクリックして後はその辺をほっつきまわってれば良いが、こちら側だといちいち部品を床にばら撒く必要がある。炉はアバウトでも配置されてくれるが、インサータは複雑だからなのか手作業のウェイトがかなり大きい。

サイズ的にもちょうど中腰で組み立てる事になって、大変肉体に悪い。


「頑張れー、私は見てることしかできませんけど」


リディアちゃん、君は見てるだけで良いんだ。欲を言えばもう少し手前に来てほしい。

しゃがんで作業をしていると、ちょうどその、彼女もまたしゃがんで居るもんだから……

……いや、この話はよそう。


「何ですか?」


視線に気づいたようで、彼女は俺に疑問を投げかけてきた。サッと目を逸らす。すっと彼女も目線を追いかける。布切れに目が止まったようだ。どこに着いてるかは、ノーコメントとしておこう。


「……っ、さ、最低ですっ!バカ!変態!」


罵り言葉をニコニコで受ける自分を放逐し、自己防衛用の自分を引っ張り出す。


「ご、誤解だ!見てなんかいない!」

「へー、そうですか。見てなんかない、んですか」


だめだ、この自分埃かぶってるわ。

こうなっては、開き直るしかあるまい。


「しかし待ってほしい、俺は工場の制作で疲れている」

「……それはそうでしょうけど」

「……労働には対価が必要だ」

「あー、認めましたねっ!」


認めてなんぼじゃっ!

仕方ないじゃん、チラチラ縞模様が見えたら健全な男子諸君なら誰だって目で追うって。普通そうだって。


「だいたい、一段落もしてないうちから対価って何ですか」

「そこを突かれると弱いんだよなあ」

「そのまま倒れてください」


最後のインサータを設置し終えた俺は、言われた通りそのまま横になる。


「うあー」

「何ですか、上は通りませんよ」


リディアちゃんが自分を抱き寄せるように後退りした。その動きもまた、いや、だめだ。脳みそが疲れから、あと彼女の魅力から完全に腐り果てている。これ以上行くとまずい。


「いっ、しょっ、と!」


動くベルトコンベア(恐ろしい事に、こちらの世界でも無動力で回り続けている)に足をかけ、強引に立ち上がる。危険? 工場長は設備に裏切られることなどない。

さて、あんなくだらない話をしつつも実は炉とメインバスは組み立て終わっているのだ。

後は鉄と銅と石炭を流すだけ、鉱床は幸いにも近い場所にあるから、その辺に掘削機を並べて引っ張って……掘削機?


「あ、え?」

「……どうしたんですか」


リディアちゃんの声に応えたいが、それよりもこの思考の方が優先度が高い。そうだ、The factoryの中だと鉱床と言えば地面にのペーっと転がっている資源の絨毯だったが────


────こっちの鉱山って採掘機で掘れるのか?」


そう、単純明快かつ純粋な疑問である。



─────────────────



「よお、坊主。建物の方は順調か?」

「いえ、そうにも行かなくてですね……ちょっと、いい感じの広めのスペースってありますか?」

「おお、それなら」


と言うことで、ジェーンが案内してくれたのは坑道内の拠点。排水ポンプや魔石を設置している地点で、土精ノームで支えられているらしくそれなりの広さがある。


「それで、坊主、今度は何が居るんだ?」

「端的に言うなら……鉱石。大体日間数十トンは欲しいですね」

「ほー、数十トン……日間!?」


ジェーンが白目を剥いてそう声を上げた。


「あー、異世界人さんよ……悪いが、アンタの世界は兎も角、こっちじゃその生産量はだよ……」

「知ってますよ、流石に俺もそこまで馬鹿じゃない」


俺はポケットから一つのアイテムを取り出し、ジェーンの前にずいと差し出した。


「これです」

「……なんだ、こりゃ」


地面にアイテムを置く、と、なぞるように空間を白い枠線が駆け回り、ワンテンポ遅れて機械が本来の大きさを取り戻した。錆びついた外観に、幾つもの機械に繋がれた無骨なドリル。

工場長なら誰しもが知っている序盤御用達の採掘機械──


「──燃料式掘削機ですよ。……動くかは分かりませんが」

「こいつぁすげえな、坊主のスキルか」

「まぁ、作るところまでは。石炭とかありますか?」

「石炭か、ちょっと待ってろ」


ジェーンのおっちゃんが坑道の奥に消えていくのを見送り、それから改めて自分の持ってきた装置を見渡した。


「んー、どうだろうなー、動いてくれるとありがたいんだが……」

「これ、この下しか掘れないんじゃ無いですか?」


そうなんだよなぁ、見た感じそれが問題……

……ん?


「リ、リディアちゃん!?……居たの?」

「逆に居なくなるタイミングありましたか?」

「いや、てっきり宿舎にでも戻ったのかと……」


俺の困惑に、何を言っているんだと言わんばかりにリディアちゃんは首を振った。


「と言うか、さっきまでそこに居たじゃないですか」

「え、どこ……そこ?」


リディアちゃんが指差した先は、坑道を支える木の骨組みの根本、ちょうどすっぽりおさまるサイズのスペースだ。

確かに記憶をひっくり返せばその辺りで何かいた気がしなくも無いしなぁ……


「てか、居たなら話に入ればよかったのに」

「貴方にだけは言われたくないですね」

「グロい、鋭い……」


僅かな沈黙の後、リディアちゃんは少し俯き加減でこう言った。


「私、嫌いなんですよ」

「え゛」



「……ああ言うガテン系の人」

「ああ……いや、割と失礼だな!?」


安心して吐く息よりもツッコミの方が先に出てくるのは、俺の悲しいサガというやつか。


「仕方ないでしょう、怖いじゃないですか」

「恐怖とかあったんだ……」


いや、何となくどんな状況でも飄々としてそうだなと思ってたが……まぁ、そりゃそうか。

俺はそう一人納得し、リディアに……


「リディア?」

「……ああ、ありますよ、当たり前じゃないですか」

「まあそりゃそうだよな……」

「むしろ、貴方の方に恐怖心があるのかの方が疑問ですね。分からないものには恐怖も出来ませんから」

「……今暗に俺バカにされた?」

「さあ」


リディアは何も変わらぬ様子で軽口の刃を振り翳してきた、その姿に元気の無さや怯えなどは全く見えない。

が、しかし……あの一瞬の表情は……




「おーい、石炭だぞ!」


俺の思考はジェーンさんの声によって遮られた。まあ、後回しだ後回し。


「よし、リディア、石炭を入れ……あれ?」


俺はあたりを見渡したが、誰一人いない。骨組みの根本にもいない。

いくら嫌いだからってそこまで徹底して隠れるか……?

ま、まあ置いておこう。


「坊主、リディアってのはあの神官のコか?」

「あー、まあ、まあ、とりあえずこの機械を動かしましょう」


ジェーンの問いかけを曖昧に濁しつつ、俺は燃料式採掘機に石炭を流し入れた。

弾み車をぐるりと回すと、ドリルが唸り声を上げて回り出す。

ガリ、ギャリ、ガリゴリゲキガキッ!

けたたましい音と共に硬そうな岩が粉砕され、その先端から(見ていても何が起こっているのかはよく分からないが)鉱石が回収されているらしい。排出口からコロコロと岩が転がり出てきた。

どうやらドリルは入れ子構造になっているようで、リディアの危惧したような事態は避けられていて、むしろかなり深くまで掘ることができそうだ。


「おお、こいつあすげえ。 おーいお前らっ!ありったけ石炭持ってこいっ!」


ジェーンがそう叫ぶと、さらにガタイのいいおっさんがゾロゾロとやってきて石炭を放り込んでいった。当然、口々に驚嘆の声を上げつつ。

そうして動き続けること数十分、ガキンと言う音と共にドリルが止まった。


「おろ」


俺は慌てて見に行くと、何とドリルが全て出切ってしまっていた。ゲーム内ではもっと長く掘り続けられたのに……とは思うが、やはり何事もそううまくは行かないようだ。


「……すみません、っぱ無理そうです」


俺がドリルを引き戻しながらそう言うと、ジェーンは困惑を露わにして


「何言ってんだ坊主、こいつぁ大したもんだぞ!」


と返した。しかし、実際これほど早く止まるとなると直ぐに動かす必要がある。俺はここにはかかりっきりになれないし……


「……つまり、これを動かしゃいいんだろ?」

「そうですけど……」


そう俺が肯定すると、ジェーンはすぐさま採掘機の四脚をがしりと掴んだ。


「よいしょ、っと。これでどうだ?」

「いや、いえ、ええ……?」


明らかに自分よりも大きい鋼鉄の塊を軽々と持ち上げるジェーンの姿に、俺は困惑し、そしてその鬼神の宿った背中に尊敬の念を抱いたのだった。

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