第7話 夜明け
臨時の作戦指令室は、公民館の一室を貸し切っただけの粗末なものだった。でも、吹雪と寒さを凌げるだけでもありがたい。
部屋の中では、既に氷室准将と仲間たちが、長机の上に広げられた地図を指差し何やら議論している。俺が入ってきたことに気が付かないほど集中して……。
ずかずかと近づき、地図を覗き込む。北海道の南西側が描かれた地図。そこには二種類の印が付けられていた。一つはネビュラーの推定現在地を表す大きな矢印。石狩平野から東進し山岳地帯に、そこから渡島半島に入るように示されている。
もう一方の細い線は、ネビュラーの矢印を避け、先回りして函館から本州へ脱出する経路を示す細い矢印……自軍の進路だ。
逃げる。それが今のところの方針らしい。
ごもっともである。ここまで敗走に敗走を重ね、多くの損害を出したのだ。一旦退き、万全の準備をしてリベンジ戦を挑むのが合理的なのは目に見えている。
でも、ここで逃げたら。軍が撤退し体勢を立て直す間、一般市民たちはどうなる?敵が増殖して手が付けられなくなる可能性は?
合理的。それは時に、全くの非合理なこともある。どちらをとっても我々に勝ち目は薄い。悲劇は避けられそうにない。
「我々なら。」
俺の呟きに皆が顔を上げた。
無意識の独り言だった。俺は静かに笑みを浮かべた。自分でも思う。この危機的状況の中、作戦会議の場で薄ら笑う不審行為であった、と。しかしこれは絶望に駆られて狂乱した笑いではない。確かな希望と信念を内蔵した……いたずらっ子の「笑み」。
「岩崎大佐、何が言いたい?」
准将が怪訝そうに尋ねてくる。俺は顔を上げた。数分前までの絶望感はもう捨てている。あの焚火の中に放り込み、焼き尽くしている。これから俺たちが議論するのは、逃げ方でも負け方でもなく「戦い方」だ。
ハリウッド映画通りのセリフを、俺は口走った。
「我々が団結すれば、奴に勝てる。」
通信不良。補給は無し。弾薬も燃料も底を尽きかけている。兵士たちの疲労もたまり、少なくない者が負傷。食料も薬も足りない。守るべき国土は焼き尽くされ、数えきれない尊い命が巻き添えとなった。そして敵の侵攻は止まらない。日本を、世界を征服し、地球全土を我が物とするその時まで。そうなった後、そこに人間はいない。「ネビュラー」を除いて、命はない。
絶望的な状況の中で、それでも戦おうとする原動力は何なのだろう。それは人それぞれ何かしらあるのだろう。俺も、本当の意味での「戦う意味」をやっと見つけた。
見つけたから、ここに居られる。
ホワイトボードに描いたのは、渡島半島の簡単な地図とネビュラーの最新の予想進路。俺の予想通り、奴は南下する構えらしい。勢力圏を拡大するためだろう。ならばなおさら、ここで食い止めねば。
丸形磁石でネビュラーの写真を張り付けると、俺は話を始めた。
「これから説明するのは、敵性宇宙生物群……通称ネビュラーの勢力圏拡大を阻止する、津軽海峡を絶対防衛線と想定する作戦案であります。」
相変わらず物寂しい部屋には10名ほどの指揮官(各部隊のトップ。階級は大佐か中佐だろう)と、その後ろで聞き耳を立てる一般の隊員たちが、こちらに視線を集中させている。こういう場で話すのは不慣れで、少し……いや、かなり緊張する。
「さてさっそく、いかにしてネビュラーに打撃を与えるかでありますが……」
ネビュラーの体表は、未知の宇宙重金属「ネビュリウム」が中心に構成されている。その純度は95%とされ、圧倒的な防御力を有すると判明している。現に、88式戦車4両での砲撃(弾種:対戦車徹甲弾)や多目的ロケット弾の直撃、甲殻怪獣ザリラの近接打撃にもあらかた耐えて見せた。これらの事象から推察するに、いくら貫通力に優れ、または高火力を発揮できる武器でも、生半端な攻撃では全く歯が立たないと断言してよい。
それだけではない。撃破した群生型ネビュラーの解剖調査によると、ネビュリウムには自己再生能力があることが確認された。これが生化学的な反応なのか、金属自体の反応なのかは現時点で不明である。しかしながら、この結果から大型ネビュラーも「多少の傷は短時間で回復できる」能力がある可能性が高い。
「……要するに、我々が現時点で保有する武装では、大型ネビュラーを撃破するのは困難です。」
聴衆たちが小さく囁き合っているのが聞こえる。やっぱり駄目じゃないか、逃げるべきだろう、などと。
しかしここからが本番なのである。
「困難だ、というのは“今のままでは”です。我々が本州に退却するために通る函館……たしか軍の実験・研究施設がありますね。そこにはアレが置いてあったでしょう。」
そう言って張り付けたネビュラーの写真を叩く。
俺は部屋中を見渡した。皆黙り込んでいた。しかし氷室司令官だけは、静かに頷いていた。彼は気が付いたのだ。
「ネビュラーに張り付けるのです。これを。」
そう言って、丸形磁石を手に取って見せた。支えを失ったネビュラーの写真が、音もなく床に滑り落ちた。
吸着地雷。150年以上前、第二次世界大戦の頃に、主に枢軸国側で開発された対戦車兵器である。種類にもよるものの、基本的に円盤状の形をしているそれを、歩兵が戦車に接近して張り付ける。吸着地雷には永久磁石が内蔵されており、その名の通り敵戦車に「吸着」、そのまま爆発するのだ。
生身の人間が敵の戦車隊に接近せねばならず大変危険なうえ、上手く設置できたとしてもほぼ確実に爆発に巻き込まれる……事実上の特攻兵器と言えるかもしれない。実際、この兵器による戦果は(公式には)確認されていない。
この危険すぎる武器はやがて廃れ、「歩兵の対戦車兵器」の座はRPGのようなロケット弾に取って代わられた。
しかし数年前より、国防陸軍と海軍は合同で、「水上艦艇に対する吸着地雷の有効性」の研究を開始した。なかなか実地テストまで漕ぎ着けず、試射用の弾薬が多数保管されていると聞いている。それも函館に。
「時代に忘れられた兵器を使う。パワードスーツにこれを搭載し、ネビュラーに敷設。有線コードで全弾同時に遠隔で起爆させる。いくら強固で修復能力も有るとはいえ、広範囲を同時に損傷させられれば、再起に時間がかかるはずだ。」
パワードスーツはカスタマイズ性の高い作りをしている。このロボットアームに、銃ではなく吸着地雷を握らせれば良い。そしてそのままネビュラーに肉薄し、地雷を設置する。戦車やヘリコプターより機動性に優れるPSが最適であろう。
一人が手を高く上げた。氷室准将その人だ。俺が促すと、准将はゆっくりと立ち上がりながら意見を述べ始めた。
「たしかに面白い案だ。しかし、ネビュラーの方も黙ってPS隊の接近を許すとは思えない。接近中に気づかれれば命はないぞ。」
彼らしい思い付きだと思う。だが、俺がそこまで考えていないというのは間違いだ。
「それに関しては……」
そう言いつつ、俺は右手を上げ手招きの動作をする。部屋の入り口からこちらを窺っていた――おそらくは最初から見ていた――人物を招き入れた。彼女は戸惑いつつも、しかし俺の横まで来てくれた。左肩の包帯は痛々しい。でも、彼女自身は気にするそぶりも見せなかった。
「桂木 悠さん。俺の親友で、そして……」
彼女……桂木さんがこちらに目を遣る。「本当に?」と言わんばかりの不安そうな瞳。俺は頷いて答えた。桂木さんは不安気ながらも相槌を打つ。これで決定だ。
彼女は深く息を吸うと、静かに、しかしはっきりと言葉を綴った。
「ザリラは私の代弁者…というか……心がつながっているというか……。つまりその、ザリラがネビュラーと殴り合っている間に地雷を……」
途端に会場が沸き立った。「2年前の怪獣出現に一人の少女が関与していたのは本当だったのか」「怪獣を一般人が制御するなんて」「危険だ、軍の監視下に置くべきだ」。人の数だけ意見が噴出し、それは外の吹雪の如く止む気配がない。
驚きから来ていた声たちは、やがて先の尖った槍に変容していく。「なぜそんな人を呼んだ」「岩崎大佐も同罪だ」「そんな非科学的なものは信じられん」。
悲しそうにため息を吐く桂木さん。想定内とは言え、ここまで怪獣への強い反発があるとは。2年前の怪獣大戦で軍は多くの損害を被り、そしてそれ以上の屈辱を味わった。
……言い方はよくないが「根に持っている」隊員は多かったのか。特に大佐クラスなら、部下を失った負い目を感じている者も少なくない。そう、氷室准将のように……。少し浅はかな行為だったのかもしれないが、引き返すことはできない。
「待て。俺はさっき“我々が団結すれば、奴に勝てる”といった。“我々”には彼女も、そしてザリラも入る。そうじゃないと勝てないんだ。」
俺は説得に入るが、反発の声は収まらない。仲間を失った悲しみ、傷の痛み、何もできずに味わった屈辱と後悔……。みんな同じなのだ。口々に反対する代表者たちも、黙って腕を組んで動かない氷室准将も、桂木さんも、そして俺も。みんな苦しかった。各々の後悔や無念を晴らしたい。皆そう思っている。
なのに。見えない壁のようなものが、俺たちの間にはあった。ミサイルでも、怪獣のタックルでも壊せない、高く頑丈な壁が。
「あのっ!」
その声が辺りを静寂に引き戻した。桂木さんだった。彼女の目から悲しみの表情は消え、代わりに何かこう……決意したような、燃えるような目があった。
「根拠は無いかもしれませんが、信じてほしい。私はアイツを信じているんです。守りたいものがある。それはみんな同じじゃないですか……。私も、岩崎さんも、ザリラも…」
声はやがて弱々しく、涙声に変わっていく。ボロボロになった民間人の女性が、涙を溢しながら、屈強な軍人たちの前で必死に訴えている。ただでさえ小柄な彼女がより一層小さく見えた。同情を誘いたいのではない。立場が違えど、その思いは同じ。それを訴えるために。彼女は自らの内なる声を表に出したんだ。
目に見えない壁は、力では決して壊せない。それを砕く方法は一つ。人の言葉だ。
「ザリラも彼女も敵じゃない。一緒に戦う用意はある。あとは我々が過去を清算して、差し伸べられた右手を握るんだ。強制はしない。反対の者は撤退してもらって構わない。でも、もし過去の苦痛を乗り越えて力を合わせられるなら、ここに残って一緒に戦ってほしい。」
部屋の中が静まり返る。呼吸すら躊躇わせるような静寂が支配する。空気が抜けてしまったかのような状況の中、無音の時間は永遠のように長く感じられた。
沈黙は不意に止むこととなる。
一人が手を上げた。戦車隊長だ。額に包帯を巻いた彼は、泥で汚れた迷彩服を手で払いながら立ち上がる。
「うちの部隊は札幌突入作戦で半分の車両と人員を失った。2年前の戦争でも、怪獣の戦いに巻き込まれて……。彼らの仇を撃ちたい。死んでいった者たちに恥じない選択をしたい。だから、自分は大佐の意見に賛成だ。」
「戦死した仲間たちは、この世界を守るんだと意気込んでいた。その思いに応えるのが筋じゃないか。」
「我々は国防軍だ。国を……国民の命も含めた『国』を守る為に戦うのは当然だ。この状況下で協力してくれる者が居るのなら、躊躇う理由はないだろう?」
戦車隊長の意見に賛同する者たちが立ち上がる。戦車隊だけじゃない。普通科部隊も、工兵も、PS乗りも。その多くが賛同してくれた。後ろで聞いていた多くの隊員たちが拍手をし出した。
目頭が熱くなった。でも、もっと喜んでいるのは桂木さんだろう。彼女の方に目を遣ると、桂木さんは気づいて視線を合わせてくれた。そして目いっぱいの笑顔をこちらに向けたのは言うまでもない。
俺の脳裏に、桂木さんの言葉がフラッシュバックした。十数分前、俺の心を動かした、彼女の涙が……。
◇◇◇◇◇
ひと際強い北風が、焚火の炎を大きく揺らした。
親友失格。軍人としての心構えもない。俺は桂木さんの前から逃げようとした。
桂木さんを、俺の一方的な贖罪、自分を慰めるための対象にしてしまっていた。そんな“幻影”である彼女にこれ以上情を注いでも、お互いに苦しくなってしまうのは見え切っている。
でも、今思えばそれもまた、俺の勝手で浅はかな独りよがりだったのかもしれない。
俺の肩を掴んだ桂木さんは、荒い呼吸のまま、話し出した。白い息が拡散するその様子は、どこか幻想的でもあった。
「岩崎さん。」
何でそんなこと言うんですか。あなたは私を助けてくれたじゃないですか。何回も、何回も。それなのにそんな悲しいこと言わないでくださいよ。
私たち親友じゃないですか。少なくとも、私はまだそう思っていますよ。
幻影だろうが何だろうが、どうだっていい。でも「私を助けてくれた」「傍にいてくれた」という事実は変わることはない。
人の愛情なんてそんなものですよ。自分の心を慰めるために、何か重ねて見てみて、情を注いで、それで満足する。でもそれで私は救われた。それもまた事実です。だから。
「親友失格なんて言わないでください。勝手にどこか行ったりしないでください……。」
そう言い切った彼女は、俺にしがみ付くと、決壊したかのように涙を溢した。その涙の温かさが、体温が、分厚い防寒着越しにも感じられた。
俺はやっと理解した。友情に理由なんて要らないんだ。どんな理屈があれ、背景があれ、何を思っているでもあれ、そこに愛があれば「親友」なのだ。
俺は決して、桂木さんに愛情を傾けていなかったわけじゃない。むしろ、今までできなかった分、後悔していた分の愛を傾けまくっていた。その愛が彼女に伝わっていないはずがなかった。
結局これは、自分勝手な贖罪、行き場のない愛情を傾けていたことへの言い訳なのかもしれない。でも。それを認めて、愛情のお返しをしてくれる人が居る。その関係はやはり、「親友」と呼ぶ他ないのだ、と思う。
そんなことを考えながら、桂木さんの背を、優しく撫で続けた。彼女がこれ以上傷つかないように。その気持ちを理解しようとしてるんだと分ってもらうために。
◇◇◇◇◇
この作戦は、桂木さんが居たから思いついた。彼女が撮った写真にあった「吸着地雷」。親友との思い出の記憶が、俺たちを、地球を救う最後の希望となった。
かくして、津軽海峡を絶対防衛線と想定する敵性宇宙生物殲滅作戦――通称『星屑作戦』――の実施が決定された。
結局、賛同してくれなかった者たちも居た。少なからず。彼らは事前の撤退計画の通り、北海道の地を去ることとなる。しかし彼らに非などない。どちらが正しいとかじゃない。むしろ、本州に脱出して、ここで起こっていることを伝える役も必要なのだ。
その中に氷室准将も居た。撤退派が部屋を後にするとき、最後尾は彼だった。振り返った彼と視線が合う。准将は何を思っているのだろう。そう考える間もなく、ドアは閉じてしまった。
「どうかご無事で。」
そう呟かずにはいられなかった。
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