第62話 集めてまとめる
なんとか時間を見つけて、いつものホームセンターにやってきた。すっかり覚えた道順を進めば、ダンジョンコーナーにたどり着く。そして、お目当ての人物も。
「マリアンヌさん、少しご相談が」
「いらっしゃいませお客様。……ふふ、一体どのような?」
うっすらと笑う彼女に、かいつまんで現在の状況を説明する。東京の企業に難癖付けられている。そこが、厄介なハンター集団を雇った。対応の準備をしているが、切り札も用意しておきたい……といった具合に。
「なので、東京からの助っ人をポンと移動する手段が欲しいのですが、何とか都合がつきませんでしょうか。もちろんお礼はさせていただきますので」
俺のかなり無理な相談ごとに対して、魔女は目を閉じてしばし考え込んでいる。ほっそりとした指が顎に当てられているのがなんともセクシーだ。
「……切り札ひとつで、集団を相手取れるとは思えないのですが。あの小僧……失礼、藤ヶ谷といいましたか? あのハンターに全部始末させるおつもり……いやそうすると切り札そのものが不要となる。ふむ?」
「それにつきましては……えーとその、うちの後輩二人。あれの兄弟というか仲間というか。そんなのが多数家に入ってくれることになりましたので。そっちで、ええ」
流石にハガクレ計画の話を大っぴらにすることはできない。歯にものが挟まったような説明しかできなかったが、彼女はしっかりと察してくれた。
「……なるほど、それならば御社の規模も大きくなって何よりですね。となれば、ふむ。よろしいでしょう。一回きりの片道切符程度であれば、都合を付けましょう」
「助かります! ……それで、お値段のほどは」
なんと言っても瞬間移動だ。彼女はポンポンやっているが、本来あり得ぬこと。勝則たち曰く、大変高度な魔法なのだとか。それを使い捨てアイテムという形であっても都合を付けてもらうのだから、要求額は相応だろう。
うっすら冷や汗を流す俺に、彼女は指を一本立てて見せた。
「崑崙マーケットの依頼を一回受ける、それも会社ぐるみで。これで手を打ちましょう」
「……あそこの? マリアンヌさんのお手伝いではなく?」
「今のところ、お客様のお手を借りたいような問題は抱えておりませんので。御社の労働力一回分、マーケットに売る方が便利なのですよね」
うう、む。言わんとするところは分かる。我が社は弱小企業……から一歩踏み出そうとしている程度の勢力。一樹さんという規格外はいるが、それ以外で目立ったところは特にない。ハガクレが参入した後は分からないが。
出来ることも、動ける範囲も、行動時間も限られている。対して、崑崙マーケットは何でもありだ。さぞかしいろんな事態に対応できるだろう。俺らという札よりも、よほど使いやすいに違いない。
だが流石にすぐ、分かりましたと首を縦には振れないぞこれ。
「えーと、どの程度の労働になるのでしょうか。流石に生活や生命に支障があるようなものは受け入れがたいのですが」
「もちろん、そこは弁えています。マーケットには十分言い含めておきますので。あくまで今回の支払い分の労働だけです」
……そう言われたら、もはやこちらから言葉はない。あとはあの濃い皆々様が無茶苦茶いってこないのを祈るだけだ。
「分かりました。ではそれでお願いします」
「はい。それではこちらをお持ち下さい」
そう言って彼女は、右手を上にしてみせる。そこには何もない。首をかしげてその傷一つ無い手のひらを眺めていると、するりとそこに一枚の紙が滑り込んできた。
どこから!? と驚き周囲を見回すが、不思議なものはなにもない。いつも通りのホームセンター。誰も俺たちに注意を払っていない。
「こちらの札を、使用したいときに破いて下さい。一分間、一方通行のポータルが開きます。出口は貴方のダンジョン、一階に指定しておきました。……おまけの安全処置も。ポータル移動中に時間切れになっても、残った部分が多い方に弾かれます」
「何から何まで、ありがとうございます」
通っている最中に、空間の繋がりが消失。身体がバッサリ泣き別れ……とか、何かの映画であったような。まったくもって、ゾっとする。俺が通るわけじゃないが、安全なのは良いことだ。
「コレで、なんとかなりそうですか?」
「はい。後はウチの頑張り次第で。……おっとそうだった。今日は買い物もあったんだ」
「何か消耗品でも?」
「いえいえ。俺の目的地は、あそこです」
指さす先は防具コーナー。そこには多種多様な現代的装備が並べられてある。マリアンヌさんを伴って向かった棚にあるのは、極めて重厚なつくりの一品だった。
ヘルメット、肩パット、ボディアーマー、レッグアーマー。札のような鉄板が何枚も埋め込まれた黒い強化プラスチック。重く、かさばり、分厚い。
「
「本当ですね-。98万8千円って、売る気あるのかしら」
税抜きって書いてある。消費税入れたら100万超えるぞ。
「実はそれでも、かなり勉強している価格なんですよ」
「マジですか」
「やはり生産数が少ないですから、どうしてもその分のコストが上乗せに。それはそれとして、こちらを使用するのですか? 見た目通り、かなりの重さがありますが」
「ええ。今の俺ならこいつを着こなせる……らしいので」
俺のアビリティ、
ともかく、回避が成功ばかりすると考えるのは甘い。素直に防御力を上げておく。もちろんこれだけで銃弾は防げないので、本番ではここに魔法を重ねがけする予定だ。
「では、盾はどうなさいますか? ……と、いけない。このお店にはコレに見合う大盾は」
「あ。ご心配なく。そっちはフジくん……ウチの社員がコレクションを出してくれるという話なので」
「コレクション。なるほど、では装備は問題ないと」
「あくまで俺だけですけどね。今度まとめて社員の防具を注文しに来ます」
「あまり数が多いと、取り寄せになりますからお早めに」
……確かに。二十八人分の防具は、流石にすぐ取り寄せとはならないだろう。集まり次第、サイズを申告してもわななきゃ。
「装備を新調して、あたらしいチャレンジ。お客様はなかなか珍しい道を進んでいらっしゃいますよ?」
「そうなんですか?」
「ええ。ダンジョンが出来て、皆が危険から逃げ出した。それにあえて挑むものは本当に一握り。その一握りも大半は、財宝だけを求めるハンターです」
まあ、そういうものだろう。生活があるし、命だって惜しいのだから。
「対してお客様は、人を集めて少しずつダンジョンの奥へと向かっている。そういう試みをしている者は本当に少ないのです」
「まあ俺はそもそも、スタート地点からして一般の人とは違いましたからね」
ほかに居るなら会ってみたい……いや、案外いるかもな。ダンジョン付き物件を騙されて押し付けられた人間。世知辛いことが頭をよぎる。そうとは知らず、マリアンヌさんは機嫌よくこう語る。
「昨今のフィクションでは、迷宮に挑むものを冒険者と呼ぶのだとか。お客様にはぴったりかもしれませんね」
「……肩書が増えていくなあ。社長でハンターで、今度は冒険者か」
悪くはない、と思った。ブラック企業勤めの消耗品サラリーマンよりは、よほどマシじゃないかと。名残惜しかったが、雑談はここまで。別の店員さんを呼んで、ボディアーマーの購入を告げた。目をまん丸く開いて、二度も聞き返してきたけど。
流石にこの金額なので、請求書を書いてもらった。後日銀行で振り込みである。物品は持ち帰り。いつも通り軽トラで来てたからな。店長さんたちに見送ってもらい、店を後にする。いつも通り、マリアンヌさんの姿はいつの間にか消えていた。
さて、とにかくここ数日俺たちはとても忙しく過ごしていた。住居確保が、とにかく手間と時間を取った。我が社がお世話になっている老夫婦のアパート。開いている全部屋を確保させてもらってもまだ足りない。
他のアパートはだいぶ遠い。うちの車で送迎するにも、人が多すぎる。どうしたものかと社員と額を突き合わせて考えていた所、ダニエラさんが知恵を授けてくださった。
『出て行った人たちと連絡を取って、近所の家を借りましょう』
どれもこれも、売りに出されている。連絡先は手書きの看板が合ったり、不動産屋のそれがあったり。つまり話を付けることができる。やらない手はない。そして、そこでもダニエラさんの働きが光った。
もと教師、そして地元おばさま方からの信頼が厚い。そんな彼女からの電話というのは、相手側にとってとても受けやすいものだった。見ず知らずのダンジョン屋社長がかけるのとでは、雲泥の差だ。
いや実際、そういう対応だったのだ。俺が電話しても不審がられてろくに話が出来なかった。そこでダニエラさんに変わってもらって、あれよあれよという間に話がまとまった。
名声と信頼の差である。あとは、タイムリーな事件のせいもある。つい最近起きた放火事件。それでなくても、家を手放したいという思いが強くなっていた。それが出来なくても、せめて管理くらいしっかりしないと、また同じことが起きたらたまったものではない。
家を借りたいという申し出は、相手側のニーズにきっちり適合したというわけだ。おれたちは近隣の家を借り受けて、シェアハウスとした。放棄されて半年近く。少々傷んでいた所もあったのでそこはこちらで大工を手配。もちろん家主の了承は得ている。
ついでに、社屋建設予定地の買取も同時に完了した。予定より早かった理由については、語るまでもない。……連中に感謝などしないぞ。いまだに、周囲には焦げ付いた臭いが残っているんだからな。
こんな調子で、家はなんとか準備できた。しかし箱だけあれば過ごせるかと言えばもちろん違う。家電がないのだ。テレビ、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、エアコン。家主たちが引っ越し先に持って行ったから、これらがない。
これらはリースでまとめて借りた。丁度伝手もあったし。
「毎度ありがとうございます! マジ助かります!」
「いや。こっちも無理に数揃えてもらったし」
「そんなことないっす! 店長もめっちゃ喜んでましたよ!」
テンション高く語るのは、一時期うちで働いていた青年。東松の仲間である。彼の働いていた家電量販店の系列にリース会社があった。なのでその伝手で、まとめて注文したのだ。例の事件で、店長さんと顔見知りでもあったしね。悪縁も縁である。
もちろんリース以外の家電もあるので、その辺は彼のお店で購入した。数が数なので、それなりの売り上げになったようだ。支払った金額は分かるが、実際どれほどの利益になってるかは店側じゃないと分からないし。でも喜び具合をみれば、手間を取らせた分くらいはプラスが出たようだ。よし。
こんなふうに家を借りたり家電を揃えたりできるのも、手元にしっかり資金を残しておいたからだ。やはり、現金は突発的事態に強い! 融資を受けて、口座に金を残しておいたからこそできた行動。あの時の決断は間違いじゃなかった。
まあ今回のこれで結構使ったから、後々借りた所から質問が来そうだけど。その時は真摯に対応するだけ。人件費であり、設備投資でもある。後ろ暗い所は何もない。
さてそうやって急ピッチで住居を用意していると、来訪者が次々とやってきた。年のころは勝則達と同じ。背丈も体格もバラバラ。体調も服装もくたびれていて覇気がない。だというのに、容姿は人一倍優れている。
ハガクレ計画の脱走者達、二十八名。プラス、それぞれのパートナーが七人。総勢三十五人が到着した。いや本当、生活の準備が間に合ってよかった。
全員揃った所で、改めて集まってもらった。時間は早朝、場所はこの地域の公民館である。正直、ここでも狭い。この人数にプラスうちの社員である。だけど我が家にはとても入らないし、話題が話題なので駐車場でやるわけにもいかない。妥協は必要である。
この人数だと椅子も無理。床にシートを敷いて、ありったけの座布団を並べた。種類を揃えるとか無理だったから、ファンシーなクッションがかなりある。これも妥協だ。
人の熱で蒸れるので、エアコンのスイッチを入れる。一通り落ち着いた所で、俺は立ち上がった。
「えー、それでは始めます。おはようございます」
「「おはようございます」」」
少しだけ、元気の戻った声が響いた。短い人は先日のみ、一番最初に到着したものは数日間。ゆっくり休んだ結果だろう。まあ早く合流した人たちも、色々雑務を手伝ってもらったけどな。
「改めて自己紹介をさせていただきます。自分は入川春夫。ダンジョン屋ミナカタの社長を務めております。皆さんの仲間である、御影兄妹とは大学時代に先輩後輩の間柄でした」
最初は面倒だった。二人とも偽名だし、兄妹というのも関係性を誤魔化す方便だったというし。二人の話すると首をかしげる人が少数ながらいたのだ。本人たちに説明してもらう必要があった。
「皆さんの事情については、二人から聞き及んでいます。こちらの事情で集まっていただいたことにあらためて感謝いたします。本当にありがとうございます。また、こちらのトラブルが原因で皆さんの生活に影響を与えた件につきましては、謝罪をさせていただきます。本当に申し訳ありませんでした」
申し合わせておいたので、社員一同で頭を下げる。けじめはつける。戸惑う気配が感じられたので、長くはやらないが。
「さて、事前にお話をさせていただいた通り我が社はひっ迫した状況にあります。皆さんには社員となっていただき、ダンジョンで働いていただきます。報酬は支払いますし、働きや特殊スキルによっては増額もあり得ます」
集まってもらう時に、雇用条件については兄妹からあらかじめ伝えてもらった。衣食住の用意などもその時に。最初はずいぶん疑われたと勝則が苦笑していたのを覚えている。
条件が良すぎる、騙されているんじゃないか。人質を取られて、言わされているんじゃないかなどなど。スパイ的な訓練をしていただけに、その辺は本当に疑い深いのだとか。
「その分、危険はあります。モンスターは言わずもがな。ダンジョンブレイクの対処に出動することもあります。そして今回、敵対的ハンター企業からの攻撃まで受けています。一般人には到底務まらない仕事です。皆さんの特殊な出自に、期待させていただく所でもあります」
俺に向けられる視線の多くはまっすぐだ。値踏みされている。俺を推し量ろうとしている。当然だろう。この人たちにとっては、人生の大きな選択となるのだから。失敗すれば、更なる窮地に陥りかねない。
「どうか皆さんのお力を貸していただきたい。その分、会社として社長として働きに報いていきます。よろしくお願いします」
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