玉こん
衝撃の事実が俺を襲ったが、冷静に考えれば藩主が城下でぶらついているほうが悪いと考えて気にしないことにした。こちとらただの町民でい。
それにしても、約束の四〇〇文はいつもらえるのだろうか。お金ないからこっちの時代で買い物ができないんだけど。そこらへんがどうなのか田蔵さんに訊いてみる。
「支払いまで半月はかかりますよ」
「そんなにですか!?」
「市井への金払いなどその程度ですよ。他の藩ですと踏み倒されることさえありますから」
うーん、このクソ封建社会。
「食事の当てがなければ今日も食べていかれますか」
「いえ、毎日世話になるのは……そうだ、この店に台所はあります?」
「確か裏手に
「あー……ま、どうにかしますよ。最悪、一食程度抜いたって死にはしませんからね」
「そうですか。耐えきれなければ一本向こうの通りの煮売屋でなにか買われてください。木島屋のツケで構いません」
煮売屋という聞いたことのない単語に首をかしげると、田蔵さんが出来合いの料理を売ってくれる店だと教えてくれた。現代で言うところの総菜屋のようだ。
……ん? 総菜屋があるなら小銭はささっと稼げるんじゃないか?
「煮売屋ってのは、なにかお上の許可がいるんですか?」
「いいえ、大工や薬屋と一緒で名乗ればその瞬間から煮売屋です。なにか面白い料理でも御存じで?」
「夕飯代ぐらいは稼げそうなのがありますね。田蔵さん、少しばかり銭を借りてもいいですか?」
「ええ、いくら必要でしょうか」
「とりあえず五〇文借りていいですか?」
のちのち不審に思われないように田蔵さんから銭を借りる。不審さはもう手遅れかもしれないが……。
◇
案の定、店の中には生活雑貨はなかった。持っていったか質に入れたのだろうとは田蔵さん談。鍋やらは嵩張るし銭に換え、江戸で揃えなおすわな。
「では、ワシは店に戻りますので」
「ありがとうございました。料理ができたら持っていきますね」
俺の言葉に「楽しみにしております」と田蔵さんは笑って隣の木島屋に帰っていった。
というわけで、リュックサックをもって俺の家となった店の二階にあがり、現代へタイムトラベルする。体が慣れてきたのか、もう酔うことはなくなった。
懐中時計のつまみを回し、店内に帰ってきた時間は夜の九時過ぎ。近くに二十四時間営業のスーパーがあるのでオンボロの軽自動車に乗って向かう。
骨董商という職業柄現金は結構手元に置いているからまだ大丈夫だが、そろそろ江戸時代の工芸品を手に入れて売りさばきたいところだ。まずは伝手だな。徳田様が何代目かの藩主だか知らないが贔屓にしてくれよな。
手早く人のまだまだいたスーパーの店内で色々と食品を購入し、それらをリュックに詰め込み、俺がいつも使っている大振りのアルミ鍋を脇に抱える。そして、懐中時計のつまみを回す。
一瞬の浮遊感と共に新居の二階へ降り立つ。とりあえず足元に地面があればそこに飛んでくれるらしい。
地味な発見をしつつ、俺は店裏手の竃へ。竈の上に鍋を置き、リュックにしまっていたスーパーの袋を取り出した。その袋の中から業務用の玉こんにゃく一キロ入りを手に取って中の水気だけを鍋の中に突っ込む。もう一袋あるのでそちらも同様にだ。
鍋の半分ほどに満ちたその水を残されていた甕に注ぐ。これだけは売れなかったみたいだ。後で近くの下水に流しに行こう。
水気を切れた玉こんにゃくを空になった鍋にぶちこみ、持ち込んだ卓上サイズの調味料で味付けしていく。
醤油適量! みりん適量! 砂糖適量! 顆粒和風だし適量! 水は薄くならない程度! いえい。これが男飯だ。
と、ここまでやったところで、薪も火種もないことに気づいた。失態だ。急いで現代に帰還してホームセンターに車を飛ばす。車一杯の木炭とお徳用マッチを入手して江戸時代に戻る。実に疲れる。
そこまでやって、またしても問題発生。マッチじゃ炭に火がつかない。着火剤買うの忘れた。面倒なので十本のマッチを竈にくべた薪の下に置いて放置する。これでダメなら一〇〇本で着火するわ。
しかし、意外とうまく炭に火が通ったので竈内の温度も上がり始めた。思ったより火が強いけど大丈夫かこれ。
「あ、駄目だこれ。信じられんほど強火だわ」
煮えたぎる鍋の中を確認して、薪を一緒に買っておいた火ばさみでホームセンターブランドの金属製のバケツに突っ込む。四本同時に燃やしていたが、一本でも十分な火力だ。次からは考えて炭に火をつけよう。
火さえ安定すればこっちのものだ。ときおり鍋の中を見ながら玉こんにゃくたちの上下をひっくり返す。
そんなことをしていると、背後から視線を感じた。台所は店の裏手にあり、家の本体の両側部分に袖が生えている形になっている。つまり、一辺は外から丸出しの状態の台所というわけだ。
その丸見えの部分から子供たちが三人こちらを覗き込んでいた。察するに六歳前後だろうか、鼻たれの小僧が三人だ。仕切り用の柵に体を預けて俺のほうを見ている。
「なんだガキンチョども」
「おじさんだぁれ?」
「今日からこの家に住む男だよ。あとおじさんはやめろ」
「なに作ってんの~?」
「玉こんにゃくの煮物だ」
「こんにゃくって高いやつ? おじさんお金持ち?」
「おじさんはやめろ。こんにゃくはそんなに高くないだろ」
田蔵さん曰く一丁で八文らしい。だいたい二〇〇円ってとこだ。
「そもそもオマエら、なんでこんなところにいるんだ」
「オイラたちはお寺の掃除帰りだよ。仕事でいけないかか様たちの代わりに行ってきたの」
「ほぉ、信心深くて結構結構」
呵々と笑って、三人の子供を褒める。
せっかくだから味見をさせてやろうと玉こんにゃくを三つ菜箸で掴んでスーパーの日用品コーナーで買った木製の椀に入れて爪楊枝を刺す。それを三人の目の前に持っていった。
「食っていいぞ」
「いいの? お金ないよ」
「ガキから取るかよ、さっさと食っちまえ」
言うが早いか、三人はひとり一個ずつ手に取って口に運んだ。
感想は……
『あっつい!』
だろうな。ハフハフと冷やしながら子供たちは涙を浮かべて玉こんにゃくを味わう。
しかし、多少冷めてきて味の美味しさに気づいたのか次第に表情が笑顔へ変わっていく。
「美味しい!」
「ちょっと甘いのがいい」
「も一個頂戴!」
しかたないので全員にもう一個ずつくれてやる。再び三人の子供たちは笑顔で玉こんにゃくを頬張った。
「おじさんはこれ売るの?」
「お兄さんな。ま、銭をある程度稼ぐまでは煮売屋の真似事するしかねーかな」
「そのまま煮売屋になればいいのに」
「そりゃ、オマエが玉こんにゃく食べてぇだけだろ」
全員でわははと笑う。
「これいくらで売るの?」
「一玉一文だな。砂糖使ってるから、ちと高い」
「でも親父なら買いそう……」
甘辛こんにゃくだから米には余り合わないんだよな。つまみには向いてるんだが。
「御馳走のお礼に周りの家に宣伝しとくね」
「おう、頼んだわ」
じゃーねーと去っていく子供たちに気をつけろよと返して鍋の様子を見る。いい感じに煮えてきたので、鍋を火から遠ざける。煮物は冷めるときが一番味が染みるのだ。
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