第5話 Thirteen

バルザはおもむろに一つの紙片を取り出すと俺に手渡してきた。


その紙の上部にはデカデカと『本人証明書』と書かれており、その横には任務の時に何度か見たヴァルドダルド国の印が押されている。


その下には、俺も知らないくらいの個人情報が事細かに記載されており少し気味が悪かった。


一通り目を通し最後の行に差し掛かったのだが……。

なんだこの意味深な二箇所の空欄は……?


そう不思議に思っていると、バルザがその問いに答えてくれた。


「ここの空欄だが、マツリのサインと提出者のサインがいるんだ」

「あぁ、なるほど。提出者の際が必要なのは偽造防止ってとこか?」

「流石だな。後はそれを俺が提出してくれば、これが『本人証明書』として正式に受理されるってわけだ」

「そっか……」

「どうしたマツリ? 」

「あぁ、ちょっと……実感がなくてさ」 


がむしゃらに2年間頑張ってきた結末にしては、あまりにも呆気なさすぎるのだ。


もっと苦心を重ねた先にあるものとばかり思っていたから、心が全然追いついてこなかった。


「まぁ、それもそうか……」


そういうと、バルザは自分の顎に手を当て「……ふむ」と考え始めた。


出た……いつものバルザの癖。

これには何度も見覚えがある。


こう言う時は大体、言い辛いことが沢山ある時だ。


「もしかして……何か他にも色々あったりするのか?」

「あぁ……ただ、これ以上聞かせるとマツリがパニックを起こすかと思ってな」


で、相変わらず面倒見はいいんだよなぁ……時々空気は読めないけど。


「……大丈夫だよ。 ちょっと心の整理が中々つきそうにないから、逆に一緒に聞く。 むしろ聞かせてくれ」

「そうか……。 じゃあまず一つ目になるが、この『本人証明書』が受理されれば『入国許可証』も同時に作成され、認可される」

「……マジか」

「そして、二つ目……は、今から見に行くことにしようか」


今から!?

あまりに突然すぎる提案に俺は狼狽する。


「ちょっと待ってくれない?」

「何か別件か?」

「心の準備! あと、俺まだ風呂入ってないんだよ!」

「なんだ、そんなことかそれなら……」




「マツリお兄ちゃん?」





突然バルザの声を遮るように、冷たく、そして鋭い声が聞こえた。


「エ、エミルちゃん?」


気づけば、ヒタヒタとこちらに近づいてきている。

ホラー映画かよ……。


「お風呂で思い出したんだけどー、さっきのお返事まだ聞いてなかったなーって思って♪」


声は先ほどに比べて、もはやあざといレベルで可愛いのだが、目は完全に笑っていなかった。


「お風呂? おねんね? それとも、わたし?」

「なんか選択肢増えてませんかねぇ!?」


い、いかん……。

答え方次第では、今日から始まるはずのウキウキ異世界ライフが終わりを告げてしまう。



ドクドクと心臓が早鐘を打ち、1秒がまるで1時間、2時間のように感じていると……。



「なーんてっ!」


は? え? どういうこと?



「えへへ、マツリお兄ちゃんびっくりした? 私のお母さんがお父さんによくやってたから真似しようと思って!」

「……な、なるほどねー」


冗談だったのか……。

マジでびっくりした……心臓に悪すぎる……。


そして、エミルちゃんがグイグイくるのはお母さんの遺伝なんですね……ワタクシ完全に理解しましたよ、えぇ。


「あとあと、マツリお兄ちゃん。『本人証明書』の発行、本当におめでとう」

「あ……ありがとう。 聞こえてたんだね」

「もちろんだよ!」


エミルちゃんは先ほどの暗さを全く感じさせないような笑顔でそう言った。


「お兄ちゃんの頑張りは私が一番近くで見てたから、自分のことのように嬉しいんだ。でも、これからは、少し、離れ離れになっ……ぢゃうかも、ぞう思うと……うえーん!お兄ちゃん!」


先ほどまでの笑顔から一転、エミルちゃんが急に泣き出した事で俺はびっくりしてしまう。


「離れ離れって、そんな事……」

「だっで……仕事がわっぢゃっだら……わだじ……お兄ぢゃんの横に……いられなぐなっぢゃうよ……」


そっか……エミルちゃんが横にいることが当たり前すぎて、全然気にもしていなかった。


でもエミルちゃんは、先に気付いていて……けど、わざと気付いていないフリをしてくれていたのだ。


「エミルちゃん、その……色々とごめん。 俺……鈍感だからさ」

「じっでる」


そう言うとエミルちゃんはギュッと抱きついてくる。

そして、俺の胸に頭をぐりぐりと擦り付けてきた。


俺はその可愛らしい頭を、大事な宝石を磨くようにゆっくりと撫でる。


「時々会いにきてくれるよね?」

「会いに行ける時はなるべく行くさ」

「お兄ちゃんには、私しかいないもんね」

「……そうだね」

「ぐす……えへへ……」


幸せそうな顔をするエミルちゃん。

普段は気丈に振る舞っているけど、やっぱり彼女も年相応の……13歳の女の子だなと思った。

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