九段 苦しみの先㊀

 「ナデシコーっ!!!」


 シュラと名乗る悪霊に昏倒させられたナデシコは、地面の避け目へと連れ攫われた。

 尊、カグラ、クノイチ、おサキは後を追おうとしたが、空間の亀裂はナデシコを抱えたシュラが通り過ぎると、綺麗さっぱり消えてしまった。


 「ひびが……消えちゃった……っ!」


 「ナデシコはどこへ!?」


 カグラとクノイチが何の変哲もなくなった唯の地面を、それでも探りながら言った。

 尊は絶望したように立ち尽くした。


 「異界だ……」


 「!!」


 「ナデシコは……悪霊の世界に連れて行かれてしまった……!」


 恐怖が全員の体を震わせた。


――――――――――――――――――――


 冷たい空気。

 涼しいという感じではなく、文字通りの意味で、清涼感のない張り詰めた空気を肌で感じる。


 「……ぅう……」


 「お目覚めかな? かんなぎナデシコ」


 「!!」


 ナデシコは声を掛けられハッと目を覚ました。

 両手を後ろ手に縛られ、高い場所から吊るされている。中々の荒縄だ。

 

 「こ、これは……っ!?」

 

 ナデシコは焦ったが、目の前にいる男―シュラにやられた記憶がフラッシュバックすると、状況を理解していく。


 「フッ。中々、イイ眺めだ」


 「ち、ちょっと……っ」


 ナデシコは嫌がらせのように、地面から一メートルくらいの高さに吊るされていた。此方を見上げるシュラの目線から、脚をもじもじさせて、どうにかミニスカートの中が見えないように頑張る。

 

 「貴様にも珍しい景色が見えるだろう? 何処までも陰気な、地獄の景色がな……!」


 「地獄……っ!?」


 シュラから目を離し、ナデシコは顔を上げた。

 洞窟のような場所だと思っていたが、視界は遥か遠くまで見渡せる。しかし、空は何処までも暗くどんよりとしており、大地は無機質な黒い氷のようだ。彼方には山肌を流れるが溶岩が見え、それだけがこの暗い世界を焼き焦がしながら照らしている。


 「地獄……。悪霊の棲家にして悪霊となった人間を永劫に閉じ込めておく牢獄……!」


 シュラが言った。


 「だが時折、獄から消える悪霊が報告され、俺は調査をしていた。守護悪霊には監督義務があるのでな。……配下の者どもが何処に消えたのかは直ぐに突き止められた。昨今、地獄と現世うつしよの境に張られた結界が弱まっているらしい。つまり、偶発的に現世うつしよ側に抜け出た者がいた訳だ……」


 羞恥と混乱、そして恐怖の中にいるナデシコの反応を楽しみながら、シュラは近くの岩の上から竿のような物を手に取った。岩は、よく見ると植物の根の塊だ。


 「そこで斥候を送り込み、更なる調査を開始した。すると、現世うつしよには巫なる守り手がおり、皆、極楽浄土に導かれてしまっていた事が判明した……!」


 シュラが竿をクルクルすると、巻き付いていた釣り糸が解かれる。


 「驚いた……。巫は地獄にも語り継がれている伝説の存在……! かの女神アマテラスが残した力を受け継ぐ我らの宿敵……! それ程の相手が、再び現世うつしよに蘇り、我らを待ち構えているとは……! 武士もののふの血が激ったぞ!」


 シュラは釣り竿を手放すと同時に腰の刀を抜き、釣り竿を植物の根ごと滅多斬りにした。その殺気立った行動にナデシコは身震いする。


 「だが……俺の興奮もここまでだな。ご覧の通り、貴様らの戦闘力は伝承程、脅威となるものではない。所詮は小娘という訳だ……!」


 シュラは植物悪霊を通して巫の能力、カラダの仕組みを調べ、怪魚悪霊が見た光景も、特殊な力で観察している。従者のライキリが、送られて来る映像にあたふたする傍、彼は勝利の算段を付けていた。

 ナデシコは恐る恐る聞いた。


 「わ、私を捕まえて、どうするつもりなの……?」


 「あんな事やこんな事……。貴様を捕らえた事で巫の更なる調査もできる。……が、まずはどうしてやろうか?」


 シュラが怯えるナデシコに向き直った。


 「巫ナデシコ。そうだな、簡単な質問から始めようか? 貴様らの戦力。巫の人数は貴様に加え、クノイチ、カグラの三人か?」


 「……」


 シュラが問うがナデシコは答えなかった。


 「陰陽師と使い魔……他に協力者は?」


 「……」


 「女神の力はどのように受け継いだ? 伝承によれば素質は血筋で―」


 「あ、貴方に教えるようなことは、なにもありません!」


 ナデシコがハッキリと言った。


 「フッ、気丈だな。……だからこそお持ち帰りさせて貰った訳だが」


 シュラは、実直な反応をしてしまうナデシコを見て、さぞかし愉しそうだ。正直、調査など、もうどうでも良い。


 「うぅっ!」


 吊るしていた縄が斬られ、ナデシコは冷たい地面に突っ伏す。シュラが刀を一振りしたのだ。


 「地獄に来た女が唯で帰れると思うなよ」


 「……な、なにを……っ」


 「周りを見るがいい」


 シュラに言われナデシコは周囲を見た。

 何時の間にか二人のいる場所を、ぐるりと囲むように悪霊達が集まっていた。かなりの数で、三十は下らないように見える。

 姿形は様々だが、皆、一様に興奮してナデシコを見ていた。


 「オ、オンナダ……!!」


 「ソレニ若イィ……!!」


 「ヒャー! 何年ブリカー!!」


 「シュラサマー! ズルイデッセー!!」


 「悪霊は破廉恥な生き物……。フッ、少し緩い評価だな。我らは飢えている……! 地獄は欲深き者の蔓延る世界だからな!」


 シュラが配下の悪霊達に呼び掛けた。


 「悪霊共! この娘は我らに楯突き、同胞を浄土へと消し去った罪人だ! これより仕置きを与える! 貴様らも見せ物として愉しむがいい!」


 悪霊達はその言葉に更に興奮し、益々、騒ぎ出した。

 ナデシコはその光景に恐怖した。

 此方は知らない世界に連れて来られ、たった一人。そのたった一人を、大量の飢えた悪霊が狙っている。


 「俺は女は斬らない。それは、生かしてたっぷりと可愛がる為だ」


 シュラが縛っている荒縄を掴んで、ナデシコを乱暴に引き起こす。

 

 「あぁっ!!」


 「貴様が何処まで気丈に振る舞えるか愉しみだな」


 狂気に満ちた目が、小動物のように震えるナデシコを捉えた。


 「揉んでやろう……巫ナデシコ……!」

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