五段 見せられないモノ㊀

 五月の初め。風間かざま中学校の保険室は女子生徒の「きゃーきゃー」声で賑わいだ。

 身体測定だ。皆、ドキドキしながら、身長、体重、スリーサイズなどを測定する。


 「普通、そこまで測らない気がするけど……。大体、うちの中学、身体測定の回数多すぎ……!」


 常識を考え、さくやは愚痴を零した。


 「思春期は体型が逐一変化します。それを把握しておくのは大切な事です」

 

 などと保険の先生は言うが、皆は教育委員会のお偉さん方が「女子生徒の発育状況を把握したいから」と噂した。

 挙句、正しいブラジャーが選べるようにと、カップサイズまで測る。


 「次の人ー」


 「うぅ、まずい……」


 さくやが自分の体型で、一番コンプレックスを抱いているのはだった。

 二年生のカップサイズは、大体がAかBで、Bの女子はAの女子にマウントを取れる。Cあれば大騒ぎとなるのだが……。


 「木花さくやさん。D!」


 「わぁ!」


 「すごい、木花さん……!」


 何故かサイズは「テスト満点!」のように宣言され、クラス中が沸き立つ。直ぐにこの手の話題が大好きな、うめかとももが囃し立てる。


 「さくやってば、そんなに育まれているなんて!」


 「秘訣はなんですか? さくや様!」


 「やめてよ、もうっ!」


 さくやは口を尖らせた。こんなイベントはさっさと終わらせようと、急ぎ制服を着ようとして、逆に手間取る。


 「やっぱり好きな人のことを考えると、大きくなるんじゃない!?」


 「胸がキュンキュンするって言うし!」


 「そ、そんな訳ないでしょっ!」


 さくやはぷんぷんしながら言ったが、内心では本当に「恋心が胸の成長に影響しているのではないか!?」と不安になった。


 「だ、大体、Dなんてそこまで……。大人なら普通、くらいでしょ……?」


 さくやは非常識な二人に、常識を教えてあげようとする。


 「さくや様。それはオトナの話であってぇ」


 「わたし達、まだ子供なのぉ」

 

 「ぐぬぬ……実際、ちょっとの差なのに……」


 さくやは小学生の頃から、何となく周りの子より早熟なのが悩みだった。


 「でも、二人だって結構あるじゃん……」


 さくやはせめてもの反撃に、まだ下着姿のままの二人をチラリと見て言った。うめかはC、ももはBだった。


 「まぁね〜!」


 「類は友を呼ぶって言うし!」


 二人は、さくやという上がいるので目立たず済むが、そもそも性格的に、セクシーな目で見られるのが好きだ。さくやの反撃は効果がない。


 「初めてさくやと会った時、私達、感じたの!」


 「この、男の子のことばかり考えてるっ! 仲間だわって!」


 「一緒にしないでよっ!」


 羞恥心のかけらもない二人に、さくやは言い放った。

 勝ち組の余裕で、二人は他の女子にもちょっかいを出していた。


 「火宮さんAAしかないの!?」


 「かぁわいい!」


 「小学生みたいー!」


 「退学になっちゃうよ!」


 「ええーんっ。いじめないでよー!」


 合同で測定を受けているC組の千代が、泣かされていた。


 一体全体、何処から漏れるのか、それとも盗み聞きをしているに違いない。測定の結果は男子にも筒抜けだった。


 「おっ、木花だ」


  「D……!」


 「あれが二年で一番……」


 さくやは、やたらと視線を感じるようになってしまった。


 「でも羨ましいなー。ぺったんこ恥ずかしいよぅ」


 「羨ましくなんてないってば……。大きいメリットなんて全然ないんだから」


 千代と一緒に廊下を歩きながら、さくやは互いの体型の悩みを話し合う。


 「運動するにも不利だし……。大和撫子のイメージとも、違う気がするし……」


 「そっかぁ。さくやちゃんの武器にはならないのか……。でも、わたしはなー……」


 「千代ちゃんはあった方が理想なの?」


 「うん。そう言うことでもなんでも、人気者になれるでしょ? だってわたし、かわいさがウリじゃん?」


 「え? あ、うんっ!」


 千代の自信を持った発言に、さくやは不意を突かれた。冷静に考えてもその通りなのだが「普通、自分では言わない」という固定概念が、さくやにはあった。


 「でも、もしもかわいくて、おっぱいも大きい人がいたら、わたしその人に勝てる所が一個もなくなっちゃって、見向きもされないんだよっ!?」


 「そんなことないと思うけど……」


 さくやは否定した。しかし、価値観と悩みは人それぞれだと感じた。


 「そこの貴方!」


 呼び止められたので、さくやと千代は振り返った。

 すると、直ぐに千代が「うわぁっ」と狼狽えた。理由は相手の二人組が、三年生の先輩だったから、ではないだろう。


 「すいか先パイ……。めろん先パイ……」


 通称だ。さくやは二人の事を知っていた。理由は、この二人が男子には勿論、うめかやもものような人が何かと話題にする、学校の二大巨頭だからだ。


 「ご機嫌よう、木花さん。突然ですが、本日から貴方のマドンナ部の入部を許可いたしますわ!」


 「早速、活動に参加して貰いたいから、部室へ案内するわね」


 「えっ、なんですか!? マドンナ部!?」


 さくやは戸惑った。千代が「さくやちゃん入部届け出したの?」と聞いたが、勿論、出していない。


 「あら知らなくて? まぁ、よろしくてよ」


 「それも部室で説明するわね」


 「ちょっとっ、待って下さいっ」


 「付いて来なさい」と二人に言われ、さくやは腕を引かれる。


 「さくやちゃんっ」


 千代が引き止めようとしたが、その貧乳に巨大な影が落ちた。


 「あら、貴方は? ……残念ながら入部は許可できなくてよ」


 すいか先パイの憐れむような目が、千代を見下ろす。

 呆気に囚われたままの千代を、その場に置き去りにし、さくやは連行された。

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