高校時代にタイムリープした僕を嫁(自称)が未来から追いかけてきた。

西風 隼

第1話 社畜は死んだら治るのか

 温かい朝の光がカーテン越しに射し込んでいる。

 テーブルの上には二人分のマグカップ。片方には紅茶、もう片方にはコーヒー。


 どちらもすでに少しだけ飲まれていて、湯気はうっすらと立ち上っていた。

 キッチンから聞こえる軽快な包丁の音。


 僕は静かに椅子に座り、テーブルの上の新聞を手に取る。


「もう、新聞なんか見てないでトースト焼けてるってば」


 そう声をかけてきた彼女は、エプロン姿のまま、笑顔で振り返る。


 ――その日常が、当たり前だと思っていた。


 けれど。


 **********

 酷い頭痛と、したたかに打ち付けられた全身の痛みが僕を現実へと引き戻す。


 ガタリと何かが落ちる音がして、背中の筋肉が引きつったかと思うとすっと弛緩して僕の体が自由になるのを感じた。

 固い床の上に寝転がっているらしい、ということは分かる。だがここはどこだ?

 天井らしい辺り―つまり上の方だと思うが―を眺めると、古いゲームのポスターが貼られているのが分かる。

 コスミックブレード。90年代発売のシューティングゲーム。お世辞にも売上も評判も良くなかったはずだ。

 でも、キービジュアルが美しくて僕はそのポスターを気に入っていた。


 ん、まてよ。

 僕がポスターを貼っていたのは実家の自分の部屋だったはずだ。広くない部屋だったが、自分の好きなものが詰め込んであることを思い出した。

 見てみるとうず高く積み上げられた漫画たち、造りかけのプラモデルの箱、カセットデッキ、オイルヒーター。

 間違いなくそこは自分の部屋だった。


 しかしどうして?


 思い出そうと必死で頭を働かせるたびに、ずきんずきんと打ち付けるような痛みが襲ってくる。

 うっすらと思い出せたことは……。

 僕は会社の帰り道だったはず、いつものガード下をくぐって家へ続く道、押しボタン式の信号がある。そこで……。

 飛び出した子供を引き戻そうと僕はとっさに腕を伸ばした。

 そこで記憶が途切れている。

 こうして生きているということは、この記憶は想像の産物なのだろうか。

 ノロノロと床から立ち上がり、部屋を眺める。変わっていない。

 僕が大学を出て、一人暮らしを始めるその時までの様子と。


 部屋を出て廊下を見る、記憶の通りの実家だった。

 リビングダイニングへと降りていく。ツルツルの階段が懐かしさを感じさせてくれた。

 壁に飾ってある僕の写真。家族と、親戚と集まったときに撮られた何気ないスナップ。

 日を浴びて色あせつつあるものもあるが、記憶を鮮明に思い起こさせてくれる。


 リビングに入る。大きなローテーブルが置かれている。

 母親がキッチンに立っていた。


「あら。おはよう。早いわね。」

「おはよう。僕っていつの間に帰ってきたんだっけ。なんか記憶が曖昧で。夜中?」

「何言ってるの。学校が終わったら普通に帰ってきてたわよ。その後遊びに行ったかどうかは知らないけど。」

「は?学校?会社じゃなくて?」

「会社?バイトかなんかのこと?何言ってるの?顔洗ってきなさい。」


 何言ってるんだ?働いてるんだから、会社に行ってるに決まってるだろ。

 洗面所へ向かう。

 洗面台の大きな鏡に写されていた僕の顔は。


 若返っていた。


 は?

 どうなってる?

 ひげもまだ薄く、悩みすぎて取れなくなった眉間のシワもなくなっている。

 どういうことだ……?

 学校?

 母の言った事が、おかしいと思っていたが、おかしいのは僕の方か……?

 いやいや、一体全体どういうことなんだ。

 しかし、考えるだけ無駄という気もしてきた。このイタズラみたいな状況については追々考えていくことにしよう。


「新聞ってある?」


 僕は情報収集から始めることにした。


「そんな暇ないでしょ、早く朝ゴハンを食べて学校へ行きなさい。」

「今日は平日か。」

「とぼけてないで早く!」


 実家で死ぬほど食べた朝食を腹に収め、僕は外に出てきた。

 どこの学校へ行ったらいいのか、さっぱり理解できなかったが、かばんの形状からして高校だろう。

 懐かしい制服に腕を通し(コスプレをしている感覚になった)、学校も間違いなく過去に通った学校であることがわかった。

 自転車に乗り、学校へ向かう。


 ……これからどうするか……。


 何もかもが記憶の通りだった。学校も、教師も、クラスメイトですら、過去と一致している。

 いよいよ僕はタイムリープして来たらしいという気がしてきた。

 記憶だけを持って、過去に飛ばされてきたのか。


「おはよう。高梨くん。」

「え。」


 声をかけてきたその方を見ると、結城ゆうき りんがいた。

 高校のときに好きだった女の子。

 しかし、結局、接点はなかったはずなんだが……。


「あ。ああ。おはよう結城さん。」

「結城さんだなんて他人行儀なのね。いつもみたいに凛って呼んでくれていいのよ。」

「いつも?そんな呼び方したことあった?」


 僕の記憶によると結城さんとは結局、ろくに話したことがないまま高校を卒業したはず。

 憧れの君はずっと憧れのままだったんだが。


「いいえ?」

「なんでさらっと嘘言ってきた?そして嘘だとバラすのが早い。神の領域。」

「高梨くんこそ。そんなに喋る方だったかしら。」


 いや、僕はずっと口数が少ないキャラだったはずだ。

 学生時代には、話すのが苦手で本当に必要な場面以外は口を開かないで過ごしていた気がする。


「ふふ。高梨くんって面白いのね。」

「そんなことはないが。」


 結城さんの話し方に違和感を感じながら、返答しようとすると、担任の土屋先生が教室に入ってきた。


「おい、突っ立ってるんじゃないぞ、ホームルームを始めるぞ。」


 本当に僕は、また高校生をやらないといけないらしいな。



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2025/04/24 (改定) 冒頭部分に加筆しました。

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