第36話
「お嬢様、出待ちしている者は居りませんでしたか?」
「声を掛けて来たけど無視したわ。相手にしなければいいんでしょ」
チュウ市の都市門の前。
ログイン早々ワープして来たメリーに大丈夫だったかと尋ねたアリエスだが、彼女はまるで気にしていないように平然と答えた。
(その通りだけど、普通は出待ちに出くわしたのなら少しは怖がったりするもんなんだけど、肝が太いな......)
アリエスことミナミも昔に別のゲームで姫プのためにネカマを演じたことがあり、その際には出待ちされることも少なからず経験している。
一体いつから自分を待ち続けていたのだろうかと毎度恐怖でしかなかったが、メリーはどうやらこの程度のことで気を揉むことは無いようだ。
「今日は何方へ向かいますか?」
「まずはローゼに会いに行くわ!」
「かしこまりました」
行き先を聞いたアリエスは軽くしゃがんで彼女に手を差し伸べる。
察したメリーはぴょんと飛び乗るように彼の胸へ身体を預けるといつものお姫様だっこのスタイルとなった。
「【アクセル】」
《時計兎の懐中時計》の隠しスキルを使いメリーを抱えたまま超加速で門から離れるアリエス。
もしこの場面を見ていた者が居れば一瞬で視界から消え去ったことを門番で第一都市に転移したか、別のサーバーへと移動したように錯覚した可能性が高い。
監視されているかもしれない事への念を入れたアリエスの偽装工作だ。
懐中時計の耐久値が尽きる前に出来るだけ離れた所へと走り、耐久値が一桁になったところで止めた。
「すごい! 一瞬でこんなところまで移動したのね!」
「はは。残念ながら私はしっかり全力疾走した感覚がありますよ」
懐中時計のスキルは装備者にのみ影響があるので、運ばれていたメリーにはその間の感覚はないらしい。
不思議な仕様だがとんでもないGが掛かって彼女の身体が押し潰されるようなことが起きるよりはマシだ。
そのまま農場に向かうと農場の入口に人影があった。
警戒してメリーを降ろし庇うように前に出るアリエス。
「そう警戒しないで欲しい。こちらに危害を加えるつもりはないよ」
そう言って両手を挙げて出て来たのはボロ布を纏った小柄な浅黒い肌の森人のプレイヤーだ。
だが名前の横のクランのシンボルマークを見たアリエスは一層警戒を強める。
「そのシンボルはEXtremeの方ですね? お名前から察するにクランマスターのE様では? 一体我々に何の御用でしょうか? 攻略法の件でしたら既にお断りを伝えたはずです」
「ああ。うちの連中が失礼したようだね。申し訳ない。うちは基本的に誰が何をしても自由なんだ」
EXtremeのEはまとめサイトの有名プレイヤーデータの情報では森人の呪術師がメインジョブだ。
呪術師は単体に対する闇や状態異常の魔法が得意で、コンセプトがブードゥー系ではなく中華系の設定の為、よくあるゾンビではなくキョンシーや幻影などを召喚出来る。
威力を上昇する代わりにスキル発動毎にHPを代償にする強制パッシブスキル【
アリエスの言葉にクランマスターのEは両手を挙げたままぺこりと頭を下げて謝罪した。
その仕草には敵意や騙そうとする雰囲気などは一切感じられない。
メリーも同様に怪しいと感じた時は何時でもアリエスに伝えて魔法で牽制するつもりだったが今は警戒を解いて相手を観察している。
「攻略法ではないのだけど、いや、正確に言えば攻略法に当たるのかな? 報酬アイテムについて聞きたくてね」
「報酬アイテムの何をお聞きしたいのですか?」
Eの言葉にアイテムを狙って襲撃するつもりなのかと身構えるアリエスだが、それを見たメリーが彼の袖を掴んで首を横に振り警戒を解かせた。
「ヴァルゴの持っていた剣は手に入ったかい? それだけが気になってるんだ」
「どうして剣が気になるの?」
「キミたちも戦ったのだから見ただろう? 夜空の星々を吸い込んだようなあの美しい剣を! 一振りする度に流星の如く煌めく軌跡を! あぁ! 思い出すだけで胸が高鳴る! ボクはどうしてもあの剣が欲しくなってしまったんだ!」
剣が手に入るかどうかが気になるというEからは《星乙女の剣》に対する並々ならぬ熱意が伺える。
「手に入るわよ。報酬では無くドロップアイテムだったけどね。ほらこれよ。特別に近くで見ることを許可してあげるわ」
「おお!! ボクが恋焦がれているのはまさにこの剣だ! 《星乙女の剣》というのか良い名だ。フレーバーテキストも実に美しい」
メリーが剣を持った状態で見る許可を出すと、森人の呪術師の癖にどれだけAGIに振っているのかと言いたくなるような早さで剣に近寄り、目を輝かせながら間近で観察していた。
「でも残念だけど女性限定の装備よ?」
「装備出来ないのは本当に残念だけど、蒐集家であるボクは手に入れて飾っておくだけでも十分満足なのさ!」
「そ。じゃあドロップできることを祈ってるわ」
そう言ってメリーが剣をインベントリに戻すと、恋人と離れることになってしまったかのように「あぁ......」と力無い声を漏らし後退るE。
「改めて交渉させてくれないかい?」
「私の剣を譲る気はないわよ?」
「ああ、それは分かってるさ。ボクもプロゲーマーの端くれだ。素晴らしいアイテムは自分で手に入れたい。交渉したいのはどうやってドロップさせたかという条件の情報だ。ボクらはその剣が確定ドロップではないだろうと予想していてね」
「条件?」
ゲームに疎いメリーがEの言う条件とは何のことだろうかと首を捻ると、アリエスが言葉を引き継ぐ。
「我々がボスとの戦闘中に行った剣のドロップに関わると思われる行動ですね。幾つか思い当たる項目がありますが、攻略に絡むものもあるので交渉なさるかはお嬢様次第です」
「じゃあ、交渉してあげる。貴方にはちょうど頼みたいことがあるわ」
「分かった。ボクに出来る範囲の事なら引き受けるよ」
Eが笑顔で自分に出来る範囲でならば望みを聞くと答えたことに、満足したメリーは一つ頷くとアリエスに剣のドロップに関わりそうな条件のみを話すことを許可した。
下記はアリエスが伝えた剣のドロップに関すると思われる項目である。
・戦闘中に剣を落とさせる
・スキルを使ってボスから剣を盗む
・ボスの身体から闇を祓った状態でトドメを刺す
・ボスを彼女の剣でトドメを刺す
「落としたり盗んだり、剣でトドメを刺したり、キミたち一番手の癖にとんでもないことをしてたんだね?」
「あくまで貴方に教えたのは剣のドロップに関する情報だけよ。アリエスのまとめたボスの攻略法はてぃん☆くるの所に独占で売りつけたもの」
条件に関する情報を聞いて目を丸くしたEに、メリーはこれでも剣に関する部分だけだと伝えると、流石の大手クランのクラマスかつ現役のプロゲーマーと言えども言葉を失っていた。
「分かった。有益な、非常に有益な情報ありがとう。次はボクがキミの頼みを聞く番だ」
「すいません。その前に1つお聞かせください。どうして私たちがここに来ると予想出来たのですか?」
Eがメリーの頼みを聞こうとする前にアリエスが疑問に思っていたことを尋ねる。
アリエスからすれば追跡対策には出来る限りのことをして万全を期したはずで、追い付かれるのではなく先回りされるなんてことは全く予想出来なかったことだ。
「いいよ。気前良く剣を見せてもらったお礼に教えてあげるよ。うちの仲間には優秀な推測屋が居てね。キミたちのこれまでの目撃情報から、キミたちの両方もしくはどちらかが日本在住のティーンエイジャーあるいは公務員で、このサーバーに農場を買ったのだろうと推測したんだ」
「「!?」」
Eが話した鋭すぎる推測に驚愕を禁じ得ない2人。
あまりのことにどちらも言葉を失ったがEは話を続けた。
「食材系をよく集めていたそうだし、最近は餌の購入も始めたようだからメスモーウでもテイムしたんだろう。それで自分たちの現実のタイムラインと比較して、午前の時間帯になるように第15サーバーを選んだ。テイムモンスターや作物は午前の世話が大事だからね。まあ日本に住んでるってのはDOが日本産のゲームだからユーザー比率の問題が大きいらしいけど、本当に来たってことは正解なんだろうね」
(ログアウトしたサーバーとこれまでの動向で既にそこまで推測されてたのか。いくら監視や追っ手を警戒しても、向かう行き先が押さえられてるんじゃ逃れようがないな......)
答えを聞かされたアリエスはどうしたものかと考え込む。
彼が黙ってしまったことで、再びメリーが口を開いた。
「でもその情報を脅しに使ったりはしないようね。それに知っているのもその推測屋と貴方だけのようだし」
「お! 鋭い。その通りだよ。ボク自身は脅しなんて嫌いだし、推測屋は推測するのが好きなだけで本人はただの面倒臭がりだからね」
アリエスに聞かれるまでその情報を黙っていたことから、それを使って自分たちを脅す気は無いようだという結論に至ったメリー。
Eが笑顔のまま肯定したことで今の一瞬で一段上げていた警戒を緩めた。
「ま、いいわ。どうせ頼みを聞いてもらえるならその件も解決するし」
「ふむ。ということはうちのクランで嗅ぎ回っている連中に手を引かせればいいかな?」
「今後もずっとね」
「うーん。剣が確定で手に入る情報じゃないしそれは難しいな。それにキミたちはこれからも何かを成し遂げそうだし、ボクらの敵になることだってあるかもしれない。そういう時に相手を調べないというのは無理な話だよ」
自分たちを詮索するなというメリーの頼みを聞こうとするものの、今後ずっとというのは難しいと首を振るE。
ただし頼みを聞くと言った手前、断るわけにもいかず妥協案を申し出た。
「こんなのはどうかな? ここの事は他言しないし、リアルに関わることは今後も詮索しない。そして今キミたちに差し迫ってる面倒事を1つ取り除いてあげるよ」
「面倒事と言いますと?」
妥協案を聞き、思考の海から帰って来たアリエスが尋ねる。
「うちのクランのAC、あー。
「下衆ね」
「それだけ我々が得た物が大きかったということですよ」
面倒事の内容を聞かされて溜息を吐きたくなった2人。
メリーは強い言葉で一蹴し、アリエスはメリーを宥めつつも実際に襲われた場合はどうするべきかを考えていた。
「キミたち自身でもコネを使えば解決出来るかもしれないけれど、こないだのトラブルみたいに大規模なことがまた起きると、てぃん☆くるはしばらくアカウント凍結されちゃうかもしれないよ?」
「む......」
POP☆STARには今回の攻略法を教える情報料として、金銭やアイテムだけでなく自分たちの保護も頼んでいる。
PKクランに狙われていると知れば助けないわけにはいかないだろう。
その場合、相手が手段を選ばず他のプレイヤーを巻き込んだ全面戦争のようなことになれば、責任はクランマスターのてぃん☆くるにも向けられる可能性がある。
短期間に2度も大きな問題を起こしたとなれば運営も多少は重たいペナルティを科さざるを得ないはずだ。
てぃん☆くる達がDOのトップクランで居続けるためにどれだけ頑張っているかは、2人がログインしている間はフレンド欄がほとんどずっとログイン中となっていることからもよく分かる。
そんな彼女たちに約束事とはいえ、過度な負担を掛けさせるのはメリーたちにとっても望むところではなかった。
「それぐらいが妥当なところかしらね。いいわ。そっちの内々で解決してちょうだい。貴方を信用して契約書は作らないけれど、もし破ったらその時に貯めこんでる貴方のコレクションを全て差し出してもらうから」
「え。なにそれ。こわっ。 いや、破らないけどさ!」
Eの提案に妥協したメリーは再びインベントリから《星乙女の剣》を取り出すとEの喉元に剣先を突きつけ破った際の要求を突き付けると、これは私のモノだと妖艶な眼差しを剣身に向けてからインベントリへと再度収納する。
その様子を見たEの背筋にゾクリとした寒気が走る。
自分の方が圧倒的にゲームの実力は上だと分かっていながらも「この女ならきっと本当に全てを奪い取ってしまうだろう」と、先ほどの妖艶な笑みを浮かべたメリーに底知れぬ恐怖心を抱いた。
「じゃ、じゃあこの辺りで失礼するよ。面倒事は2~3日中には解決しておくけど、出来れば終わるまでは巻き込まれないようになるべく人気の無い所で居てもらえると助かるかな」
「はぁ。しばらくは都市に戻らずレベル上げに専念するのが良さそうね」
「もう我々は『神罰の処女宮』ダンジョンには入れないようですので、今のレベルですとマイ湖畔の左回り浅~中層のモーウやマタンゴ狩りでしょうか」
「それならマタンゴ狩りをオススメするよ。まだプレイヤーがあまり来ていないから、マツマタンゴが比較的見つけやすいんだ」
2人の会話からEが美味しい狩場を紹介する。
マイ湖畔の左回りの中層は浅層の長閑な草原から一変し、じめっとした暗く湿度の高い森でキノコ型のマタンゴ系モンスターが多数生息している。
その中で特に経験値が美味しいマツマタンゴは倒されるとリポップまでの時間は長いが、フィールドのプレイヤー数が少ないほどリポップまでの時間が早くなるという仕様がある。
連絡用にアリエスとフレンド登録をしたEが去ると、メリー達は農場の中へと入った。
「お嬢様、あのEというプレイヤーは只者ではありませんね。常に私のスキルの射程を気にした立ち位置を取っていました。流石プロゲーマーです」
「推測屋とかいうヤツもとんでもないわね。まあ彼らの事は信用はしても信頼はしないわ」
Eが最初に出てきた位置や剣を見た後にアリエスの近接戦闘スキルの間合いから半歩下がった場所に離れたことなどを思い返し、油断ならないと諫言するアリエス。
ジャージメスモーウのローゼの頭を撫でながらメリーも自分の所感を述べた。
「彼は自分で剣を手に入れられなかったら、きっとアタシのを奪いに来るわよ」
「どうしてそう思うのです?」
「素晴らしいアイテムは自分で手に入れたいって言っていたけれど、どうやって手に入れるかまでは語らなかったでしょ。交渉で譲ってもらう気は無くても奪う気はあるのよ」
常識的に考えれば話の流れ的にメリーから手に入れることは諦めているように聞こえたが、これまで何度も社交の場で汚い大人たちの建前で取り繕った言葉を聞いてきたメリーはEの言葉の裏に隠された真意を嗅ぎ取っていた。
「それと彼が言ってた狩場には今は絶対に近付いちゃダメよ? きっとAngryClawとかいうヤツを誘い込む罠のついでに、ソイツらにアタシたちを襲わせるつもりだろうから。危ない目に合わせた所で恩着せがましく助けに入るつもりよ」
「なるほど。本当の情報しか言っていなかったので、てっきり親切心からの助言かと思っておりました......。EXtremeのクランマスターは一筋縄では行きませんね」
メリーに忠告されて初めて先ほどの話が罠だと気付かされたアリエス。
攻略サイトでもβ時のマツマタンゴについては書かれており、狩場として美味しいことは本当のことだったので完全に狩りに行く気になっていたのだ。
(メリーさんの罠を見破る嗅覚が凄いな。それに今日Eに釘を刺す時に見せたあの表情も大人な感じだったし。外見は10~12歳くらいで普段も子供っぽい事が多いから中の人も中学生くらいなのかと思ってたけど実はもっと大人なのかな? っと、詮索はマナー違反だな)
「でも一先ずはアタシ達も都市に戻らないって話は実行した方が良いわね。万が一釣り出す相手に先に見つかったら困るもの。って聞いてる?」
「あ、っはい。申し訳ありません。少々考え事をしておりました」
これまでは気にしてこなかったが、ふとメリーのリアルが気になり想像していたせいで話を聞き逃してしまったアリエス。
そんな彼の様子を見て、おそらく現実での自分について考えているのだろうと分かってしまったメリーは少しの落胆と今の2人の関係性が壊れるのではないかという恐れを抱いた。
「アイツらに見つからない所でレベル上げがしたいわねって話よ。他に良い狩場を知ってる?」
「あー。単体の経験値としては微妙ですが、魔法に弱く数が多いので、多少の危険もあるものの今まさに絶好の狩場となっている場所がありますが、お嬢様には向かない場所かと……」
「なによ。魔法に弱い敵ならアタシの出番でしょ! 【プディングマジック】のスキルレベルも25を超えたのよ!」
先ほどリアルについて想像していたであろうアリエスが自分に対して機嫌を伺うような態度を取ったことに腹を立てたメリーは、御託はいいから案内しろとせっついた。
二人は農作業や懐中時計の魔石の交換が終わり次第すぐに都市門前に戻ってサーバーを移動すると、深層側から夕方のキュウソの森へと進入した。
「ねぇ。貴方が言っていた狩場ってコレのこと......?」
「はい。先日の通称ウシノコク地獄詣りの際に大勢のプレイヤーが死亡したことで爆発的に増えたウォークスペクター達です。掲示板ではこの状況を満員霊者や、死霊の盆踊りと呼んでいますね」
青い顔をしたメリーが震える手で指差す先には森の至る所に大量の幽歩が彷徨っている。
そして先ほどの彼の言葉はメリーの機嫌を伺っていたのではなく、幽霊が苦手な彼女を心配してのものだったと気付き、疑った自分が恥ずかしくなった。
啖呵を切った手前、引くに引けないメリーがあわあわとしていると、見兼ねたアリエスが発破を掛ける。
「今後も死霊系のモンスターは何度も現れる事でしょう。その度に震えていてはお嬢様の目的とやらにも手が届かないのではありませんか?」
「アリエス......」
「それにあれらはプレイヤーの死の間際の顔を模しているので、よく見ればたまに間抜けな顔の者も居ますよ。ほらアレなんてとても驚いた顔のまま......」
メリーの目線の高さまで腰を屈め、諭すように話すアリエスが一体のウォークスペクターを指し示す。
そのウォークスペクターの模した相手は、罠でも踏み抜いたのか下を見ながら大きく口を開けて驚いた表情をしており、その顔のままゆらゆらと彷徨い歩く姿はシュールに尽きた。
「ぷふっ! ちょっとやめなさいよ! そんなこと言われたらどれもこれも間抜けな顔に見えちゃうじゃない!」
先ほどまで恐怖に震えていたメリーが、今は笑いを堪えるために肩を震わせている。
もう彼女にとってウォークスペクターはぼんやり透けただけの間抜け面のモンスターという認識になってしまったようだ。
「戦えそうですか?」
「ええ。お陰様で。アイツらが間抜けな顔が張り付けてある的にしか見えなくなったわ」
アリエスの問い掛けに、ニッと獰猛な笑みを浮かべると、シープシーフへとジョブを切り替えた純白の彼の胸に抱き抱えられた。
森を走るアリエスに抱えられながら白い扇子を振りかざすメリーはすれ違う幽歩の群れに揺れる光の玉を次々と放っていく。
一撃では3分の1程残ってしまうものの、2発目で余裕を持って仕留めている。
さらに器用なことに敵が集団で居る時などは、なんとか2体が光玉に触れるというギリギリの位置目掛けて飛ばし、複数にダメージを与えることも出来るようになっていた。
「お見事です。
「ふふっ。放ってるのは魔法で、乗ってるのは羊だけどね。だから
2人には戦いながらもくだらない雑談をするほどの余裕があった。
技の連発で声を出し過ぎたメリーがアリエスの紅茶で喉を潤し休憩する場面を何度か入れつつ、夕暮れの森の中で順調にモンスターを処理し続けている。
普通はいくら動きの鈍いウォークスペクターとはいえ、これだけの数が居れば全てを相手するのは大変だがそこはアリエスが走り回り、時には木々を利用して3次元に飛び跳ねることで常に安全圏を確保していた。
また途中でウォークスペクターのレアモンである冠を付けた幽歩のウォークキングスペクターや、キュウソトレントやファングウルフなどの別のモンスターに遭遇することもあったが全て苦戦することなく倒しきった。
「ねえ? たしか多少の危険があるんじゃなかったの? アタシ達2人でも簡単に倒せてるし、かなり順調だから普通は他にもいっぱい狩りに来るプレイヤーが居ると思うんだけど?」
「えーっとですね。大量に倒していると寄って来るのです......アレが」
「アレ? っひゃ——むぐもご!」
事前に危険があると聞かされていたメリーは、そんな雰囲気を微塵も感じないくらい順調に狩りが出来ていることを疑問に思いアリエスに尋ねると、ちょうど彼が指差した先にソレを見つけてしまい悲鳴をあげそうになる。
咄嗟にアリエスが右手で彼女の口を塞いだことで視線の先に居たモンスターにはバレずに済んだ。
彼らの視線の先に居たのは2m程の大きさがある上半身のみの死霊だった。
透けた人骨のような見た目のそのモンスターは周囲に青白い人魂を浮かべながら何かを探しているように彷徨っている。
ゲーム開始初日にアリエスたちが遭遇したキュウソの森のフィールドミドルボスであるオウマガトキだ。
キュウソの森ではウォークスペクターを倒すほど霊魂の残り香がプレイヤーに染みつき、オウマガトキやウシノコクの幽鬼に遭遇しやすくなるという仕様があるのだ。
アリエスから今その話を聞かされたメリーは、恐怖に震えつつも「そういう大事なことは先に説明しておきなさい!」と小声で彼に怒った。
フィールドボスであるウシノコクすら多数のプレイヤーが人海戦術で本体を見つけ出し、集団で掛かれば倒せないことも無かったのだが、オウマガトキはそうはいかない。
光属性以外の物理攻撃ダメージが10分の1になる死霊系という種族でありながら、転移と範囲即死技を持っているこのミドルボスは後衛殺しが得意なのだ。
前衛が囲んだところで一瞬のうちに転移され、魔法職や回復職が潰される厄介極まりないモンスターである。
対策としては即死確率軽減装備を手に入れるか、蘇生スキル持ちを複数人用意するなどしっかりとした準備が必要だ。
ちなみに即死確率軽減装備は第三都市にある砂漠で取れる鉱石から作られる指輪のため、そこまでいけるレベルならオウマガトキを魔法のゴリ押しで倒してしまったほうが早い。
以前はレベル差が大きかったせいで簡単に見つかってしまったが、今の2人はアリエスが36、メリーが37レベルでオウマガトキの推奨レベルである40に近い為、気付かれずに済んだようだ。
慎重かつ性急に距離を取り、事なきを得た。
「前は逃げるだけで瀕死になる位ダメージを受けたけど、今のアタシ達でも倒せないの?」
「障害物が何もない平坦な場所で他の邪魔が一切入らない状況であれば、あるいは。ですが前回即死技を避けられたのは殆ど直感と運のおかげでしたのでそれでも過信は出来ませんね」
その後も幽歩狩りを続けてはオウマガトキの姿が見えると離れるということを繰り返しているうちに、オウマガトキとウシノコクが現れない空白時間となる。
この空白の1時間のみ『神罰の処女宮』が現れることを思い出し、アリエスたちはてぃん☆くるたちがダンジョンをクリア出来ただろうかと気になり、一旦農場へと引き上げることにした。
「あ! ヴィルだわ!」
農場へ戻ると入口にはVirūḍhakaが待機していた。
メリーが手を振ると、ぺこりと頭を下げて応える。
「無事にこっちに来れたようね!」
「お待たせしましたメリー様。ですがそろそろ夕食の時間ですので一度ログアウトなさってください」
Virūḍhakaは会うや否やそんなことを告げ、先にログアウトしてしまう。
メリーは愛想が悪すぎた彼女の対応を申し訳なさそうにアリエスに謝罪し、後を追うようにログアウトした。
(リアルを詮索する気は無いけど、あの2人は本物のメイドと主って感じだなぁ。流石にお母さんと娘って関係性では無いと思う)
アリエスは以前、夕食の時間だと煩いメイドの話を聞いた時に想像したお母さん説をVirūḍhakaに当て嵌めて、あまりにも似合わないと苦笑する。
そんな失礼なことを考えていた彼の元に、てぃん☆くるからメッセージが届いた。
『貴方たちのおかげで攻略の糸口が見えたわ。ありがとう』とダンジョン攻略の目途が立った事への感謝の言葉が書かれており、それを読んだアリエスはおめでとうと口からお祝いの言葉が漏れていた。
しかし、続く追伸が彼の頭を悩ませた。
『P.S.あのお嬢様のとこのメイドは本当に何もせずにキャリーされたみたい。最初と最後の挨拶以外は会話も無かったってキャリー担当のクラメンからすごく評判が悪いわよ。同行した生産クランの2人は協力的で愛想も良かったみたいだからそっちは気にしなくて良いわ』
「これはどうしたものですかね......」
てぃん☆くるへの返信としてお祝いの言葉を書き、忠告には謝罪と感謝の言葉を綴って送る。
恐らくメリーにも同様の文面が届いているかと思うが、追伸の方の内容は念のためメリーへと転送しておく。
(キャリーしてもらう側だから別に間違っちゃいないんだけど......)
Virūḍhakaの行動に多少モヤモヤしつつも、今日も色々あったので一旦頭を切り替えるためにログアウトし、夕飯と風呂を済ませることにした。
アリエスたちがキュウソの森で狩りに勤しんでいた頃、EXtremeのクランハウスの一室。
ソファに腰掛けるEと、対面のソファで寝そべる
「ターゲットに会えたー? どうー? アーシの推測は当たってたー?」
「ああ。だがしばらくは詮索禁止だ。取引したからな。数日は内部の寄生虫の駆除に時間を割く」
「わー。剣ドロップしたんだー。すごいねー」
Eの言葉に間延びした声で察するCommon。
ボスの持つ剣が確定報酬の可能性もあるが、Eの取引したという言葉でドロップ品の可能性の方が高いと判断した。
ドロップ入手の可能性も推測出来ていたが、実際にそうだったと知って驚いたようだ。
「入るぞ。どうだった?」
「面白い奴らだったよ。兄さん」
やや乱雑な音を立て2人の居る部屋の扉が開く。
室内に入って来たのは軍兵のような迷彩服でアサルトライフルを肩に背負ったジョブ自由傭兵の男。
紫の肌で額からは一本の黒い角が生えている。
EXtremeのサブマスターでEの兄であるXだ。
「どいつだ? 羊か? 姫か? メイドか?」
「会えたのは姫と羊の2人だったけど、羊はかなりのゲーマーだね。どこかのランカ―じゃないかな。近付いた後に攻撃範囲から半歩外れた所に距離を取ってみたら、範囲ギリギリまで距離を詰めてきたよ」
「ほーう。で姫は?」
「化け物だね。ゲームがどうとかじゃなく人間として底が知れない」
弟の人物眼を信頼しているXはその評価を聞いて「会うのが楽しみだ」とニヤリと笑った。
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