1-29.ちょっとした思惑

『悪いことしちゃったかな?』



ダクエスたちが眠りについた後。

見張りを請け負ったウェリオーネは念話でナルルに問いかけていた。


苦笑いを浮かべているがそれは半ば強引に三人に寝る様に促して天幕に押し込んでしまったことを気にしていたからだ。

話し終えた後、三人ともだいぶ疲れた表情をしていた。

ぐっすり眠れていれば良いがむしろ色々と考えてしまってなかなか寝付けないでいるかもしれない。

だから“悪いことしちゃったかな?”と言う言葉が出た。



『あんな方法しか思いつかなくてごめんなさいね』

『ううん、ナルルは何も悪くないよ!』



彼女の肩に乗る魔梟ナルルが謝るとウェリオーネはすぐに首を横に振り、次いで頬をナルルに摺り寄せた。


四つ目の魔物を倒した後、ウェリオーネとナルルは事態の後処理に奔走した。

王国軍への通報と現地への誘導に現場検証。

組合出張所を通した依頼主と組合への報告と関係各所への伝達。

負傷者たちの受け入れ先や重傷者の今後の治療に関する手配。

更には被害を知って慌てふためくタレマスの有力者たちに対する組合からの説明に同席するなど本来彼女がしなくて良い役割まで果たした。

タレマスでの三日間はダクエスの回復を待ったと言うよりも諸々の処理や手配を完了させるまでに二人が要した日数とも言えるだろう。


その間に二人は何度も念話で相談を交わした。

今回の特異体の目的、そして今後の自分たちの対応について。

そこで問題として二人が共有したのは特異体に対応する戦力の不足であった。


大魔嵐から六年。

各地で魔物との戦いが続いていることもあって王国軍にも探索者にも戦力的な余裕がある訳ではない。

何より特異体の存在が公にされていない現状では対応戦力はその存在を知っている者に限定されてしまい、容易に増やすことは出来ない。

それでも今回特異体が現れたからにはまた新たな特異体が何処かで暴れる可能性は十分にあって備える必要がある。

そしてその備えの為には対応戦力の確保が必須。

そこでナルルが提案したのは“今回生き延びたあの三人を巻き込むこと”だった。


ナルルが言う“三人”とはダクエス、ナジエ、ユウィネのことだ。

直接戦い仲間に被害が出た以上、あの三人が特異体の存在に気づくのも時間の問題と言うこともある。

組合はそれを避ける為、そして三人から変な噂が流れない様に口止めを図る筈。

でも十分な説明はしないだろうから三人は例え口止めを了承しても一層気になってしまうだろう。


ならばいっそウェリオーネから打ち明けて三人の反応を見る。

三人が怯え竦むのであれば口止めすれば良い。

でももし、三人が特異体との戦いに前向きな姿勢を示すのであれば。

次に備えて協力を要請することが出来るのではないか。


つまりウェリオーネが特異体の話をしたのは三人を味方に引き込もうと言う二人の思惑があったのだ。

それをナルルが“あんな方法”と言ったのは強引な手法である為で、彼女自身あまり好ましい方法とは思っていなかった為である。



『いつもありがとう、ナルル』

『・・・手間の掛かる妹がいると、姉は何かと考えてしまうのかもしれないわね』

『あははっ。頼りにしてるよ、お姉ちゃん』



ナルルの心情を察してかウェリオーネが感謝を伝えると二人で笑った。

ウェリオーネは三人姉妹の末妹だが、彼女にとってナルルは“三人目の姉”と言える存在だ。

一方のナルルは四人兄妹の二番目であるが長女であり、彼女にとってのウェリオーネもまた“もう一人の妹”であった。

互いに姉妹の様な間柄と思い合うことで二人の絆は非常に強固なもになっていた。



『・・・あの泉、本当に魔淀にするつもりだったのかな?ナルルは他にも心当たりがあるんじゃない?』



しばしの沈黙の後。

ウェリオーネがふと思い出した様に問いかけた。


二人が氷漬けにされた犠牲者たちの遺体を見つけたウェネル山西側の中腹にある泉には報せを受けてマルディフから調査隊が派遣されることになった。

本格的な調査はこれからだが、あの後も二人は何度か泉で特異体が何をしようとしていたのかを考え、意見を交わしている。

その時の様子からナルルが何か新しい可能性に気づいているのではないかとウェリオーネは感じていた。



『・・・まだ憶測の域を出ていないけれど、“魔門ゲート”を築こうとした可能性もあるんじゃないかって思っているわ』



ウェリオーネは目を瞠った。

彼女が口にした新しい別の可能性はそれほどまでに衝撃的なものだったからだ。


放置された人や獣の遺体が原因で魔淀が生じることは既に判明している。

だからこそ人々の葬送は火魔力を用いた火葬である“魔火葬”が一般的だ。

単なる火葬ではなく火魔力を用いることで遺体を隈なく灰にすると同時に遺体に纏わりついていた淀みを燃やし消すのである。


そうした事情から大量の遺体を集めることで魔淀を意図的に生み出してあの泉を魔淀地にしようとしたのでは、と言う予想は現実的な話だった。

それ故に二人がすぐにその可能性に思い至ったとも言える。

しかし、ナルルが新たに挙げた“魔門”は事情が異なる。



『“魔門ゲート”だなんて・・・そうなるとあの泉を中心に“魔帯フィールド”か“魔宮ダンジョン”を創ろうとしていたってこと?』



魔門ゲート”とは魔物の棲み処とされる“異界”や“魔界”、“魔領”などと呼ばれる場所とその場を繋ぐ異質な出入口だ。

魔物の棲み処はこの世界の何処かに存在する場所とする説もあれば別世界と繋がっているとする説もあるが、いずれも憶測の域を出ていない。


ただはっきりしているのは魔門を通って魔物が一定間隔で無限に現れること。

そして魔門周辺は新たな魔物の巣窟と化してしまうことだ。

魔物の巣窟は屋外であれば“魔帯フィールド”と呼ばれ屋内であれば“魔宮ダンジョン”と呼称される。

ウェスタビア王国のあるウェストランデ群島には幸い魔帯は存在しないが魔宮は一つ存在する。

いや、存在


セカルタビア島東部に存在したタログ魔宮は一〇年前に攻略されている。

魔帯や魔宮の“攻略”とは魔門の停止や破壊であり、タログ魔宮の魔門の破壊に成功したのだ。

それをやってのけたのは他ならぬウェリオーネとナルルである。

二人が破壊するまでタログ魔宮は幾度となく大量の魔物をセカルタビア島へ送り込み、多数の犠牲を生み出した元凶であった。


そんなものがもしまた開かれたらとんでもないことになる。

そう思うと流石のウェリオーネも背筋が凍る様な気分になった。



『言ったでしょう、ウェル。まだ憶測の域を出ていないって。私の考え過ぎなだけかもしれないのだからそんなに深く考えないで』

『それはそうだけど・・・なんだか私まで眠れなくなっちゃいそうだよっ』



ウェリオーネの反応にナルルは溜息を吐きながらも嬉しくなった。

彼女が望んだ“冒険”を始めてからもう何年も経った。

今では“一刀のウェル”として王国一の探索者になっている。

それでも自分と会話をしている時の彼女はいつまでも変わらない可愛い妹であった。



『・・・あら。誰か起きたようね?』



ウェリオーネの様子を眺めていたナルルであったが気配を感じ取った。

言われて気づいたウェリオーネと共に気配の方へと視線を動かすと天幕から誰かが出て来る所だった。

その誰かはウェリオーネと同じ緑色の肌の女性であった。



「・・・ユウィネちゃん?」



起きて来たのはユウィネであった。

ウェリオーネが声を掛けると“すみません”と言ってゆっくりと歩み寄って来た。



「ごめんね、眠れなかった?」

「あ、いえ・・・・・いえ、その通りです」



続く問い掛けにユウィネは咄嗟に否定しようとしたがすぐに眠れなかったのだと認めた。

そんな彼女にウェリオーネは優しく微笑むと飲み物を用意して手渡し一緒に座る様に促した。

受け取ったユウィネはウェリオーネとナルルの左側に座った。


しばし沈黙した三人を照らす灯りは揺らめいていない。

灯りの正体が焚火ではなく魔器具だからだ。

魔力関連の技術が発達しているこの時代、野営用品として“灯温器とうおんき”と呼ばれる魔器具が広く使用されていた。

魔石燃料を用いて魔照石の発光による灯りと火温石の発熱による暖が取れる仕組みであり、火起こしの手間がなく煙の発生もないことから屋内での使用も可能である。



「・・・あの、ウェリオーネさん」

「うん?」



沈黙を破ったのはユウィネだった。

呼ばれて視線を向けたウェリオーネからはユウィネが何か思い詰めている様な、緊張している様な表情に見えた。



「私を鍛えて貰えませんか?」

「・・・どうして私にそう言ったのかは聞かないけど、どうして鍛えて欲しいと思ったのかは聞いても良い?」



突然の頼みにもウェリオーネは慌てる事無く穏やかな表情でそう問いかけた。

ユウィネは緊張した面持ちのまま視線を灯温器へと落とした。



「四つ目の魔物・・・特異体を前に、アタシは何も出来ませんでした」



そう言ってユウィネは鍛えて欲しいと思った訳を語った。

犠牲となった二人の探索者が殺される中、自分はただ立ち尽くしていただけで。

その後も四つ目の魔物への対応は仲間に頼りきりになって。

それまで余裕だった筈の三つ目の魔物が連携を始めた途端に倒すことが出来ず。

重傷を負った仲間や相棒のナジエが援護を必要としている時に助けることが出来なかった。

ダクエスの窮地には気づくのが遅れた上に魔物を突破出来ずただ慌てるだけだった。



「たかだか五~六年の探索者生活で得た自信にアタシは自惚れていたんです・・・でも今回の件でアタシはまだまだ弱いんだってことがよくわかりました。だから強くなれる機会があるならしがみつこうと思ったんです。次に特異体とやり合う時、もう足手纏いにはなりたくなくって・・・・・・って言うか、アタシってば急に失礼な頼み事して・・・すみません」



ユウィネは急に自分が失礼なことを言ったのではないかと不安になってウェリオーネの顔色を窺うように見た。

同族の年下の子の様子にウェリオーネは“可愛いな”と思い微笑む。



「失礼なんかじゃないよ。話してくれてありがとう。正直言えば安請け合いは出来ないなぁ」



ウェリオーネの言葉にユウィネは“ですよね・・・”と言って視線を灯温器に戻した。

熟練探索者ともなると指名依頼の打診が多く、その中でもウェリオーネとナルルは貴族からの依頼を受けることもあるし時には王家からの依頼すらあると聞く。

そんな忙しい人、それも有名人が会ったばかりの自分を鍛える為に時間を割いてくれるだなんて期待薄だ。

頼みはしたもののユウィネ自身そう思っていた。



「とりあえず機会を見つけて模擬戦やろっか。それで助言が出来ることがあれば助言するけど、あんまり期待せずむしろ自分で見つけて欲しいかも」



だが、そんな彼女にウェリオーネは予想外の言葉を返した。

模擬戦をしてくれる。

つまりあの“一刀のウェル”が鍛えてくれるのだ。



「っ・・・是非、お願いしまっ・・・!」

「あんま大きな声出しちゃ駄目だよ?」



予想外の嬉しい返しについ興奮して声が大きくなりそうになったユウィネだったが、ウェリオーネに言われて慌てて口を閉じた。

そして恥ずかしそうに頬を赤らめて視線を下げた。

その姿もまた“可愛いな”とウェリオーネは思いまた微笑んでしまう。


ウェリオーネがユウィネの頼みを聞いたのは勿論、三人に特異体対応を協力して貰えたらと言う思惑がある。

だがそれとは別に、ウェリオーネはこの国で出会った年下の同族に好感を抱いた。

自分が調子に乗っていたことを認め、自分の無力さ非力さを受け入れ。

打ちひしがれて蹲るのではなく“強くなりたい”と望むその姿勢を気に入ったのだ。



「あとは機会があれば依頼を一緒にやってみない?」

「・・・えっ」

「あ、ナジエちゃんも一緒にね」



更なるウェリオーネの提案にユウィネは唖然としていたが、ナジエも一緒と言われて“是非お願いします”と喜んだ。

ユウィネがあまりに嬉しそうな表情を見せるのでウェリオーネは苦笑した。

一緒に依頼をこなすことで鍛えることに繋がると思っているのは事実である為、決して騙している訳ではないのだが・・・。



「その時はその・・・ダクエスも誘ってみて良いでしょうか?」



今度はユウィネからの思わぬ言葉にウェリオーネが驚いた。

“勿論”と返しはしたものの、なんだか意図せずして思惑通りに事が運んでしまった。

そのことに妙な罪悪感が込み上げて来る。



『良かったわね、ウェル』

『なんだか悪いことしている気がするなぁ』

『騙している訳じゃないのだから良いじゃない。ちゃんと貴方が鍛えてあげればね』



揶揄う様なナルルからの念話にウェリオーネは苦笑を浮かべる。



『・・・ちゃんと手伝ってよ、“お姉ちゃん”』

『発案者だもの、仕方ないわね』



そんな念話のやりとりをしつつ。

嬉しそうにしているユウィネを横目にウェリオーネは考えた。

これで次に特異体が事を起こした時、三人に自然と声を掛けることが出来る。


しかも期せずして彼女たちを鍛えることが出来そうだった。

それはすなわち次なる特異体対応に向けて戦力の確保だけでなく強化も出来ると言うことだ。


今回の依頼の後処理を済ませたらユウィネを鍛え、ユウィネを通じて他の二人とも親交を深める。

ちょっとした思惑が思わぬ良い事態になりそうだ。

次なる特異体がすぐに騒動を起こすとは限らないのだから、これなら十分に備えることが出来るかもしれない。



『・・・ウェル、そう言うのを“伏線フラグ”って言うのよ』

『あははっ。大丈夫だよ、ナルル・・・・・・たぶん』



そう思って念話でナルルに伝えるとそんなことを言われてしまった。

ウェリオーネは笑って返したが段々と不安になってきた。

そして残念ながら、ナルルの指摘はであった。


“特異体騒動”の第二幕の幕開けに向けて、事態は既に動いていたのである。

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