策謀
高安たつひろ
第1話 暗躍
1945年8月6日、原子爆弾「リトルボーイ」が広島に投下された。
9日には「ファットマン」が長崎に投下され世界史上初めて原爆が人類に悲惨な被害を与えた。
1993年6月から7月にかけて東京・亀戸のオウム真理教の道場で炭疽菌が噴霧されて異臭騒ぎが起こった。
そして、1995年3月20日地下鉄サリン事件で化学兵器による犠牲者が出た。
教団の撒いた炭疽菌は生物兵器(B兵器、biological weapon)レベルまで達していなかったが、日本は核兵器(N兵器、nuclear)と化学兵器(C兵器、chemical)で犠牲者を出した世界で唯一の国となった。
月日は流れて新しい世紀となって数年が過ぎたとき、日本にB兵器による危機が訪れようとしていた。
真夏の夜、闇の中から始まった一連の動きは日本政府にテロリストとの交渉を決断させた。警察が反撃を開始したとき策動者は再び闇にその姿を隠した。
その企みは、現実だったのか幻だったのか。
太陽は西の地平線に隠れたが、まだうだる様な熱気が大地を覆っている。
人々は真夏の日差しを避けて家屋の中に潜んでいるらしく、通りを歩いている人の数は少ない。
夜の帳がすこしずつあたりに降り始めた頃、成田空港周辺にある雑木林の近くに車を止めた男がいた。
もみ上げから頤まで連なった濃いひげのある大柄な男だった。
男の名は藤堂一という。
藤堂は車を降りると空港フェンスに向かって進んでいった。
時間が過ぎていくにつれて遠くに見える航空障害警告灯の赤い色や航空機誘導灯の緑色が鮮やかになっていく。
フラッシュを発光させて海外へ飛び立っていく航空機や海外から飛来した航空機の着陸する騒音が周囲に響くなか、藤堂はフェンスに近づくとカッターを取り出して支柱の側の金網を手馴れた動作で切り始めた。
通り抜けることのできる大きさまでコの字型に切ると闇にまぎれて空港内に侵入していく。
800mほど先に設置されている小さな装置に向かってフェンス際に沿って音を立てずに進んでいく。
装置の近いところから侵入しては金網を切断した意図を探られてしまうかもしれない。事は静かに水面下で進めなければならなかった。
空港内に設置されている小さな装置に辿りつくと吊るされているナイロン製の網を掴みポケットから取り出したカッターナイフで小さな切れ目を入れた。
続いてポケットから両端にビニールチューブのついた透明なプラスチック容器を取り出すと一方のチューブを切れ目に差し込んでもう片方のチューブから息を吹き込んだ。
容器の中に入っていた僅か数ミリグラムの物体が網の中に移しかえられた。
容器とチューブに何も残っていないことを確認すると力強い低い声で呟いた。
「いよいよ始まるな。斥候は放たれた。後は結果待ちだ」
あたりの様子をうかがい、誰かに発見されていないことを確かめると進入したフェンスへと戻っていった。
ワイヤーを使って穴を修復し、すぐに発見されないように処理した。再び侵入する時はもっと近くに穴を開けることになるだろう。
一度使った侵入口を二度使うことはしない。防犯カメラを仕掛けられたときにトラブルの元だ。
用心に越したことはない。もう一度、周囲の状況を確かめると藤堂は闇の中に消えていった。
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