天使が死ぬには早すぎた

隣乃となり

第一話 天使が死んだ


「ナントカって芸能人、亡くなっちゃったんだって」


 昼休憩の時間。新田さんはいつもこういうニュースを真っ先に持ってくる。そして私はいつも通り、このミーハーな先輩に「ナントカって誰ですか?」と聞いてあげるのだ。

「いやあ、アタシはよくわかんないんだけどねぇ、娘がねぇ、ほら、最近ドラマとかによく出てる……詩織ちゃんのほうがよく知ってるんじゃない?ほら、若い子のことなんて最近はさっぱり……」

 新田さんの安定のマシンガントークを聞き流しながら、最近は芸能人の訃報をよく聞くなあ、とぼんやり思った。芸能人と言えば、は元気なのだろうか。最近はテレビで見ない日はないくらい人気の女優になっている。かなり多忙だとは思うが、健康には気を遣えているのだろうか。


「あ!思い出した。古坂こさか美織みおりちゃんって子よ。女優さん」


 思わず固まってしまった。新田さんが口にしたのは、今の今まで私が思いを馳せていたの名前だった。

 思い出す。新田さんは亡くなった女優の話をしていた。亡くなった。亡くなった?

「え……亡くなった?古坂、古坂美織ですか。間違いじゃ、ないですか。本当、ですか」

 間違いだと笑い飛ばしてほしい。でもそんなはずはない。わかっている。わかっているけれど。

 私のただならぬ詰め寄り方に、新田さんも少し不安を感じたらしい。そうだけど、とさっきとは打って変わって小さな声で言って、「ファンだったの?そうだったならごめんなさいね。アタシ変に騒いじゃって……」と心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「すみません。少しお手洗いに行ってきます」

 ばっと席を立って、ズボンのポケットにスマホが入っていることを確認しながらトイレへ直行する。頭が真っ白だった。歩いている途中、誰も話しかけてきませんように、と願った。今は、誰かとまともに会話できる状態ではなかったから。


 トイレの個室に入って、ようやく溜め込んでいた息を吐けた気がした。

 うまくコントロールできない手をなんとか動かして、ポケットからスマホを取り出す。パスワードを打つ時間がもどかしい。はやく、はやく。早く知りたいのに、知らなければいけないのに、指はかじかんだみたいにぎこちなくしか動かない。

 数秒の格闘の末、ようやく開くことができた。今日はまだ一度も使っていない検索アプリを開く。

『古坂美織』と検索すると、彼女に関する新着ニュースが山のように出てきた。


 真っ先に目に飛び込んできたのは、『死亡』の二文字だった。


 どくん、と心臓が大きく跳ねる。


『女優・古坂美織さん 自宅マンションで刺され死亡』


 頭が、痛い。いや、もはや痛いのかもよく分からない。熱い。ぐわんぐわんと揺れているみたいだ。

 刺された?死んだ?殺された?


 美織が?


 誰に刺されたのか、なんで、殺されてしまったのか。知りたいことは山ほどあったが、どれだけ調べても「古坂美織が刺されて亡くなった」以上の情報は見つからなかった。まだもう少し、時間がかかるようだ。


 ふーっと大きな溜息を一つ吐いて、ふらつきながらも立ち上がる。これ以上ここにはいられないな、と思った。帰らなければ。


 体調が悪いと言い訳をして早退した。実際、体調は最悪だった。

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