第57話 クレオパトラの目論見

「まあ、しかし、問題は、クレオパトラ7世をぶっ殺して、未来の工業製品と人造半神半獣製造工場をぶっ潰しても、それだけじゃあダメってことだ」とムラー様が言う。

「どういうことでしょうか?」

「つまりだ、クレオパトラ7世、彼女に憑依しているベータのプローブを抹殺したとしても、クレオパトラ7世という存在は、この世界の時間軸、歴史を変えないためには必要だってことだ。現在のエジプトの政治情勢をおさらいしよう」


●今から5年前、紀元前51年、プトレマイオス12世が死去した。

●クレオパトラが18歳の時だ。

●プトレマイオス12世の遺言によって弟のプトレマイオス13世と共同で彼女は王位に就いた。

●ローマの内戦で、シーザーと争ったポンペイウスは、二年前の紀元前48年8月9日、ファルサルスの戦いでシーザーに敗れた。

●その頃、プトレマイオス13世は、妹のアルシノエ4世と共謀して、クレオパトラを幽閉して実権を握った。

●紀元前48年、シーザーに敗れたポンペイウスは、エジプトに逃れてきた。

●エジプト王国は、当初ポンペイウスへ協力的な姿勢を示していたが、内部での話し合いの中で、ポンペイウスを殺害することを決定した。

●二年前、紀元前48年9月29日、大型のガレー船でエジプトのペルシウム港へ到着したポンペイウスは、ガレー船から離れたと同時に小舟の中に潜んでいたエジプト軍の刺客によって殺害された。

●紀元前48年10月、シーザーはエジプトへ到着したが、ポンペイウスの死を知ることとなる。

●プトレマイオス13世は、従者にポンペイウスの首をカエサルに届けさせたが、カエサルは怒り狂ってその従者を殺してしまう。

●ポンペイウスの4人目の妻ユリアは、カエサルの娘だった。仲は良かった。

●カエサルはアレクサンドリアを訪れ、追放されていたクレオパトラを召喚した。

●有名な絨毯の中からシーザーの前へ現れた、というお話だ。

●まあ、その晩、シーザーはクレオパトラを抱いたんだろう。

●シーザーは、ローマに敵対するプトレマイオス13世を攻め殺し、アルシノエ4世を捕らえた。

●クレオパトラは、去年、紀元前47年に、シーザーとの間にカエサリオンを産んだ。


「さて、俺がわからないのは、両性具有で、生殖能力がない、ガキを作れないクレオパトラがだ、どうやって、シーザーを騙して、ガキを作ったのか、わかんねえんだ。まず、クレオパトラを抱けば、シーザーはそこにチ◯コがあるのがわかるだろう?マ◯コもある。これじゃあ、絶世の美女だとしても、驚いて子供なんて作んねえよ。第一、クレオパトラは子宮がないから、受胎できない。イシス、お前、なにか知ってるか?」


「ムラー様、私、知っています。今、クレオパトラの妹、アルシノエ4世はローマ軍の捕虜となってますね?実は、アルシノエ4世には双子の妹がおります。カエサリオンを産んだのは、アルシノエ4世の双子の妹です。セレネという名前です。クレオパトラは、アルシノエ4世を辱めたいがために、彼女の双子の妹を侍女にしたんです。もちろん、セレネもクレオパトラを憎んでいます。ただ、クレオパトラの精神操作の暗示で、彼女は真実を誰にも話せません。ムラー様にお会いする前の私のようなものです。クレオパトラは、自分の両性具有が知られないように、シーザーがセックスを求めた時、セレネをシーザーの元に送りました。シーザーはクレオパトラと思い込んで、セレネを抱き、妊娠したのです。実の妹ですから、セレネもクレオパトラによく似ております」


「ほほぉ、そういう仕組みだったのか」

「セレネも私と同じ、クレオパトラに犯されておりました。邪悪な思念を注入されています」

「クレオパトラにとって、アイリスはクレオパトラの異母妹で、イシスは従姉妹、セレネは実の妹。アイリスは6世から偶然にプローブの断片を転移させられたが、イシスとセレネは犯されて、思念を注入されたってわけか。それで、セレネをシーザーに犯させて、カエサリオンを産ませて、自分の息子と偽っているということだな」

「その通りです」


「なるほどな。じゃあ、これから二年間くらいの間に、本来の時間軸なら何が起こるかというと・・・」


●シーザーは、去年、紀元前47年に独裁官任期を10年延長することに成功している。

●今年、紀元前46年7月、カエサルはローマへ戻り、凱旋式を4度にわたって挙行する。

●凱旋式の際に、クレオパトラはプトレマイオス14世とカエサリオンと共にカエサルのティベリス川沿いの別荘に滞在する。

●キケロらローマの有力者と面会する。

●紀元前44年2月には永久独裁官となる。

●紀元前44年3月15日に暗殺される。

●前年の紀元前45年9月15日にシーザーは遺言状を既に書いていた。遺言状の中身は、

 1)シーザーの後継者に自分の妹の孫にあたる

   オクタヴィアヌスを指名する。

 2)シーザー所有の資産の4分の3は、

   ガイウス・オクタヴィウスとアティアの息子、

   オクタヴィアヌスに遺す。

 3)第一相続人オクタヴィアヌスは、相続した時点で

   カエサルの養子となる。

 4)息子となったオクタヴィアヌスはカエサルの名を継ぐ。

●この遺言状が公開されて、シーザーの右腕のアントニウスは失望した。

●ローマにカエサリオンと共に滞在していたクレオパトラも、遺言状の中でカエサリオンについて一言も言及しなかったことに失望した。


「こういうことが起こるはずなんだ。これらのことが、俺たちがクレオパトラをぶっ殺せば、クレオパトラはいない、起こらないことになる、そうなると、歴史が変わっちまう」

「ムラー様、どうすればいいんでしょう?」

「アイリス、思案中だよ・・・う~ん・・・」


「まず、俺の知っている未来の起こるだろう歴史を彼女も知っているはずだ。同じプローブなんだから。クレオパトラが歴史を変えるとすると・・・彼女はどこで歴史を変えるか、だ」


 ローマ帝国はローマ人の元老院の人間の支配しか受け付けないだろう。エジプト女王がローマ皇帝にはなれない。帝国がすぐ崩壊してしまう。


 紀元前31年、アクティウムの海戦が開始される。兵員の数ではアントニウス・クレオパトラ連合軍が上回っている。両軍が少し交戦した時点でクレオパトラの艦隊が戦線を離脱。アントニウスはこれを追って撤退。指揮官を失ったアントニウス軍は陸海ともに総崩れとなって潰走。オクタヴィアヌスの勝利となる。これが歴史上、起こることだ。


 だが、この時、クレオパトラが謎の戦線離脱をしなかったら?アントニウスとクレオパトラが勝っていたかもしれない。だから、彼女は、紀元前31年まで何もしない。オクタヴィアヌスに勝ったアントニウスは、大ローマ帝国の終身独裁官、いずれは皇帝となる。クレオパトラの傀儡として。


 クレオパトラのカードは、セレネに産ませたシーザーの忘れ形見のカイサリオンと、これから産まれるアントニウスとの子供の双子の姉弟。これもセレネに産ませるつもりだろう。


 それで、クレオパトラ7世の体を捨て、双子の姉に憑依して、クレオパトラ8世になる。彼女をカイサリオンか双子の弟と結婚させる。エジプト王国は、大ローマ帝国の皇帝直轄領にならず、独立を保てる。そして、クレオパトラ8世は、ローマ皇帝になったアントニウスの妻。


 さて、俺たちが幸運にもクレオパトラをぶっ殺したとする。そうなると、起こることは、シーザーの暗殺は、クレオパトラがいようといまいと起こるだろう。敵が多いシーザーなら、紀元前44年3月15日に暗殺されなくても、いずれは暗殺されるだろう。


 オクタヴィアヌスは、アントニウスと三頭政治でしばらくしのぐだろう。しかし、アントニウスの後援者のクレオパトラはもういない。エジプト王国の支援が期待できないアントニウスは、オクタヴィアヌスに戦いを挑んで自滅するか、単なるローマの将軍として一生を終わる。紀元前31年のアクティウムの海戦は起こらない。


 クレオパトラ亡き後、アントニウスに恩も義理もないエジプト王国は、アントニウスに肩入れしてローマに反抗することはない。だから、ローマに支配される理由もなくなる。エジプトがローマ帝国の皇帝直轄領になることはない。


 クレオパトラの夫だった弟プトレマイオス14世は生きている。プトレマイオス13世と共謀してローマに反抗したアルシノエ4世は、ローマで行われたカエサルの凱旋式で、市中を引き回され 辱めを受け、ただ、シーザーが望んだので死刑は免れる。彼女はトルコ西部の小アジアの都市、エフェソスの居宅に幽閉されるはずだ。


 カエサリオンを産んだ本当の母親、セレネは、アルシノエ4世の双子の妹。将来、アルシノエ4世は妹セレネと共謀して、弟プトレマイオス14世を殺すか追い出すだろう。そして、アルシノエ4世がエジプト女王、カエサリオンが共同統治のエジプト王となる。セレネがクレオパトラ8世になるかもしれない。


 つまり、クレオパトラを俺たちがぶっ殺すと、エジプトは独立を保ち、ローマの皇帝属領にはならなくなり、ローマの同盟国として生き延びる。そして、エジプト王カエサリオンは、亡きシーザーの忘れ形見。エジプト王国はオクタヴィアヌス率いるローマ帝国に対して影響力を持つ、ということになる。


「俺たちが失敗してクレオパトラが生き残ったら、彼女が歴史を変えちまう。成功して、ぶっ殺せても、たぶん、アルシノエ4世とセレネ、カエサリオンが歴史を変えちまうってことだ」

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