第30話 ヤッファ(テルアビブ)
ムラーとピティアス率いるアフロダイテ号、アルテミス号は、21世紀で言うベイルートの北のムラーの港から出港して、ゆるゆると北に進んだ。沖に出ず、沿岸をつたいながら、日暮れには港に入る。今は、テルアビブと呼ばれているが、古代では、ヘブライ語で「美しい」を意味する「ヤッファ」と呼ばれている港に寄港した。
ヤッファの街の歴史は比較的新しい。とは言え、紀元前数千年に遡るメソポタミア文明、バビロニア文明、エジプト文明に比較してであって、紀元前に作られた街である。
新バビロニア帝国(紀元前625年~539年)は、メソポタミア南部のバビロニアを中心に建国され、地中海沿岸地域に至る広大な領土を支配した帝国だ。今で言うイラク西部、シリア、イスラエル、ヨルダン地方などを領土とした。バビロンという地名から、チグリス・ユーフラテス地方の国家を想像するが、地中海沿岸まで支配した帝国だ。
だから、新バビロニア帝国に隣接するエジプト(第26王朝)のネコ王と新バビロニアのネブカドネザル王とがその覇権をめぐって激しく対立したこともあった。新バビロニア帝国とエジプト王国に挟まれたパレスチナのユダ王国はエジプト側に付いた。
ネブカドネザル王は、たびたびユダ王国に圧力を加え、自陣営に引き寄せようとした。ユダ王国の王は、バビロニア・エジプト両国の優劣を図りながら王権の維持を図った。紀元前601年頃、新バビロニアのネブカドネザル軍がエジプト侵入を試み、エジプトのネコ王に撃退されたのを見たユダ王国の王ヨヤキムは、新バビロニアに叛旗をひるがえして貢納を停止した。態勢を整え直したネブカドネザルがパレスチナに迫ると、ユダ王国の王ヨヤキムは国内の親バビロン派に暗殺された。
紀元前586年、ネブカドネザル王は、ユダ王国の首都エルサレムを攻め、ヨヤキムの息子の王エホヤキン、その母、その家来、侍従たちと共に出て、バビロンの王に降服した。ネブカドネザル王は彼らを捕虜とし、貧しい者のみをこの地に残して、王たち数万人をバビロンに連れ去った。これがバビロン捕囚である。
ネブカドネザル王は、ソロモンの神殿を破壊せず、またユダ王国を属州とすることもなく、属国としてエジプトとの緩衝地帯としようとした。
やがて、彼らは、50年の捕囚生活の後、新バビロニアがアケメネス朝ペルシアのキュロス2世によって滅ぼされた前538年に解放されてパレスチナの地に戻ることが許された。
この地に残されたヘブライ人、バビロンに連れ去られ捕囚されていたヘブライ人が共同居住地として住まわされたのが、テルアビブである。むろん、元々の「ヤッファ」は四千年前以上から続く古代都市だ。この当時のヘブライ人はユダヤ人かもしれないが、現代のユダヤ人とは、全く違った民族である。
バビロン捕囚から開放されたヘブライ人は、地中海沿岸の港町を開発し、ムラーのフェニキア人に対抗した。商売敵なのだ。しかし、宗教のせいなのか、民族の器質によるのか、フェニキア人は、アフリカ沿岸を植民地として、カルタゴの町、イスパニアの町などを創建したのに比べ、地中海世界ではフェニキア人に比べ、ヘブライ人の影は薄かった。
フェニキア人とは商売敵とは言え、金儲けなら同じ、ヘブライ人商人だ。ムラーはヘブライの商人と鹵獲した女奴隷たちの値段交渉をした。彼が交渉し、ピティアスの手下に売った金を山分けさせる。もちろん、マージンは取る。それでも、ピティアスの手下が直接売って買い叩かれるよりは、名のしれたムラーの方が高い金で売れたので、手下たちに文句はない。
アフロダイテ号は5人のギリシャ女、アルテミス号は3人のギリシャ女に6人のアラブ女を鹵獲した。ピティアスと相談して、ギリシャ女4人、アラブ女2人をヤッファで売った。180アウレウス(約900万円)ほどの売上だ。マージンを取って手下共に山分けさせた。
残ったアレキサンドリアでもっと高値で売れそうなギリシャ女4人とアラブ女4人は、2隻の船で均等にわけて、手下共に与えた。アレキサンドリアで売るんだから、手荒にするなよ、商品なんだぞ!と手下どもに注意する。手下も心得ていて、奴隷女の機嫌を取りながら、毎日順番待ちをしている。絵美がブーたれる。20世紀の道徳観念を紀元前に持ち出すな、といつも言うが、その癖が抜けない。
21世紀の日本の学校教育で習う奴隷制度は、英国、スペイン、ポルトガルが行なった西部アフリカ人のヌビア人系黒人奴隷のことを主に教える。紀元前の奴隷は、金髪碧眼のコーカサスの白人、ギリシャ人、ローマ人、カルタゴ人などの白人奴隷も多い。それに驚いていた時期がある。
ルネッサンス前後では、イタリア人奴隷もかなりいたはずだが、日本人は、奴隷というと、アメリカ大陸に連れてこられた黒人奴隷のイメージが強いんだろう。後世のシェイクスピアのリア王は黒人だよ、と指摘したが、人類に刷り込まれたイメージというのはなかなか抜けないようだ。
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