心配


 翌朝も同じように頭には靄がかったままだった。やる気はあるのに気力が湧いてこない。サボりたいわけじゃない。頑張れば頑張るほど、あれもこれもとやるべきことが山積みで頭と体がついてこない。


「食べないのか」

「うん」


 朝、食卓でレイムと向かい合って食事をする。けれど食が進まなかった。焼きたてのパンを手に持ったままぼんやりとしている。


「やっぱり具合でも悪いのか」

「違うけど、お腹いっぱいかも。昨日の夜食べるの遅かったから」

「そう」


 お腹いっぱいに食べたら、また勉強をしながら寝てしまう気がした。

 結局、朝はパンを一口食べただけだった。

 食器を片付けて二階の部屋に戻ろうとすると、ローブの首元をレイムに掴まれる。


「待て」


 ノアが振り返るとレイムは、ノアの額にそっと手を当てる。


「熱は無いな、なら……」


 レイムは難しい問題でも解くように、ノアの顔を窺うように見下ろしている。ノアは、ゆっくりと離れていくレイムの手を視線で追う。

 そのまま吸い寄せられるように手を握りそうになる。


「どうした。痛いところでもあるのか?」

 すんでのところで止まった。危うく手を握って抱きついてしまうところだった。

「な! なんでもない。どこも痛くないし、元気だから!」

「……たしか猫は、具合が悪いのを隠すと聞くが」

「違うってば!」

「そうか」


 ――一日中、レイムさんの膝で寝ていたい。甘えたい。優しくして欲しい。そうすれば元気になるかも。

 そんな甘えたな思考が湧いて来た。


(俺、一体どうしちゃったんだろう。そんなこと考えてる場合じゃないのに) 


 レイムからローブを貰い、魔法使いの弟子候補にはなれた。けれど本当の弟子にしてもらえるかは、まだ分からない。

 魔法使いの杖もない。

(いつまで、レイムさんは俺をここに置いてくれるんだろう)

 魔法使いの才能、資質。もし、それがなかったら? レイムはノアと過ごした時間を無駄だったと思うだろうか。どんどん不安が押し寄せてくる。


「部屋、戻るね」

 甘えたな思考で頭がいっぱいになる前に、目の前の課題に集中しようと思った。けれど、階段の前で再び引き止められた。


「ノア、待て。今日は街へ買い物へ行って欲しい」

「え」

「勉強は帰ってからでいいから」

「わ……分かった」


 レイムは店舗部分にあるカウンターテーブルのところへ行き、紙に走り書きをする。それをノアに渡した。


「日が暮れるまでに帰ってきたらいい」

「――うん。じゃあ行ってくるね」

「あぁ」


 レイムは何も言ってくれない。だから、些細な頼まれごとでも嬉しくなってしまう。

 買い物カゴを持って、ノアはレイムの家の外へ出た。


「何だか久しぶりだな、出かけるの」


 王都までの道のりの地図は頭に入っている。けれど、地図は当てにならない。ここが魔法の森だから。

 ノアが考えごとをして歩いていると、あっという間に森の外へたどり着いていた。


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