第7話 魔獣の襲撃
春の麗らかな日差しが降り注ぎ、快い風が吹くその中。
リンとアイは二人で日向ぼっこをしていた。
二人とも気持ちよさそうに目を細めている。
「平和だね〜」
そんな言葉がアイから飛び出る。
だがその言葉とは裏腹に、アイの目は鋭くなる。
「でも、なんか嫌な感じがするな〜」
ここでいう嫌な感じ、は通常の人間とは異なるものだ。
人間は感覚的に感じた不快感を嫌な感じと表現する。
AIは、計算によって導き出された答えの不整合性を嫌な感じと表現する。
つまり、アイの嫌な感じがするは、本当に嫌なことが起こるのだ。
アイはフールに連絡を取る。
「もしもしフール? 急いで未来を予測して。ここ一時間ぐらいの。私の計算が正しければ多分何か起こるはず」
数秒後、フールからデータが送られてくる。
そのデータには、魔獣の襲撃について記されていた。
アイはすぐに指令を出す。
「手が空いてるPAIは、全員リンを護衛。処理に余裕があるAIは周りの監視と仕掛けてあるトラップのチェック。迎撃は……久しぶりに私がやる」
各々から了解の旨の信号が送られてくる。
通常は、このような時、通常のAIの中ではかなり発達している自己判断AI(auto AI)またはPersona AIが迎撃を担当する。
つまり、最高司令官であるアイが前線に出るのは異常だということだ。
「たまにはリンに良いところ見せないと……」
なお、動機は不純である。
アイの元に多くの連絡が届く。
「トラップ1から100まで正常……1000までも同様」
「トラップ100から1000までチェック完了」
「全てのトラップにおいてダブルチェック完了。トラップオールスタンバイ。いつでも起動できます」
「レーダー起動……北側百キロ先に獣の群体を発見。数を計算……およそ1846匹」
「到着時間を計算します……およそ1時間4分20秒ほどで射程圏内に到達」
「群体を解析します……解析完了。データを送信。全員がこちらに対し明確な敵意を向けています」
アイはそれらを元にし、戦略を組み立てる。
「消費が激しいトラップをリストアップして使用を停止。データを元に群体の魔獣の習性を検索して私に送信して」
「武装管理AIに通達、私専用の短刀を武器庫から出しておいて。EAIの権限行使。外壁のセントリーガンを全機起動、弾丸の装填開始」
それと同時に、家から北側に一キロ離れたところの地面からセントリーガンが現れる。
「習性に関するデータの受け取り完了……学習完了」
「戦略の構築開始……第一案構築完了。分析……修正。EAIがこの計画を承認。NEAIに確認……戦略が再度修正されました。修正案をEAIは許可、NEAI許可、Persona AIも許可。戦略が承認されました。戦略名"蟻一匹も通さない"を開始します。こんな感じで良いかな?」
ここまででおよそ数分である。
「よし、じゃあ今回の作戦のための新しいトラップでも作るか!」
そう言ってアイは工業用PAIを引き連れて外に向かう。
なお、いつトラップやセントリーガンが用意されたのか、武器庫などいつ作ったのか疑問を覚える読者の方もいるだろう。
それらは、アイがリンの世話をしている間にこっそり作られたものである。
敵が攻めてきてリンが怪我をしたら困るなと思い、暇つぶしに作られたものが役に立った形である。
そしておよそ一時間後、獣の群体が予測された時間に到達する。
群体が射程範囲内に侵入した瞬間、地面が爆ぜた。
その下には深い穴が待ち構えていた。
アイが先程工業用PAIを引き連れて掘り、簡易的な落とし穴を造ったのだ。
獣が爆発に巻き込まれ、穴に落ちていく。
ただし、ここの獣はただの獣ではない。魔獣である。
多くの獣は爆発を瞬時に回避し、穴に落ちそうになった魔獣も数匹は穴に落ちていくが、多くは空気を蹴り、空を飛び、穴から抜け出していく。
アイは不敵に笑う。
「誰が落とし穴は一つと言った?」
爆破を回避した魔獣たちが着地しようとしたその先で爆発が起こる。
着地しようとしていた魔獣たちはそれを避けることができなかった。
空に浮かぶ能力がない魔獣たちは成す術もなく穴に落ちていく。
爆発が収まった後には、先程の半分ほどの魔獣しか残っていなかった。
魔獣たちが再度走り出そうとした時、アイが一言呟く。
「Fire」
地面から数十機のセントリーガンが現れ、魔獣の群れを銃弾が襲う。
魔獣は次から次へと光の線に貫かれていく。
それらは全てアイによってコントロールされており、銃口は眉間から狙いを外すことは無かった。
だが魔獣らは直ぐに適応し、弾を回避する素振りを見せる。
「なかなかやるじゃん」
アイが言う
「でも甘い。迷彩解除」
次の瞬間、アイが虚無から現れる。
手には短刀が握られていた。
アイは躊躇なく魔獣の群れへと飛び込む。
セントリーガンの動きがアイをサポートするものへと変わる。
短刀は蛇の様に唸り狂いなく獣の喉笛を切り裂いていく。
弾丸が魔獣の動きを止め、その隙にアイがトドメを刺す。
凄いのは、アイが数十機のセントリーガンを操作しつつ、戦っている所だ。
全ての動きに無駄というものは一切ない。
それは、Persona AIであっても難しいものだった。
銃弾の雨を避け、流れるように斬りつける。
その動きは舞の様だった。
数十分後、立っていたのはアイだけだった。
周りは魔獣の死体で溢れかえっている。
「あー疲れた! 早く後片付けをしてリンに癒されよっと」
そう言ってリンはAIとPAIらに指示を出す。
セントリーガンが地面に沈んでいき、アイが太陽を背にして歩いていく。
そして背後で派手な爆発が起こる。
爆発の後には魔獣の欠片も残っていなかった。
「大体計算通りかな〜まあバックが夕日じゃないのだけが残念だけど」
そう言ってアイは家へと帰っていく。リンに会うために。
背後では、PAIが爆破痕を埋めているのであった。
健気である。
「リンただいま〜」
そう言ってアイはリンに抱きつき、ほっぺをスリスリする。
その手に血の跡などは一切残っていない。
だが、確かにアイの手は血で濡れていた。
アイは決めているのである。
大切なものを守るためには幾らでも血に染まると。
柔らかな春の日は過ぎていく。
それから数日後、アイとリンは外でピクニックをしていた。
一番に仕事を終わらせて、一日リンを独り占めできる券を得たインテも一緒である。
ピクニック組はクリナとフールが作業している光景を眺めていた。
「ねえ、インテ。クリナとフールが作業している姿。見た目も相まって可愛いと思わない?」
「? いいえ全く。だってあれの中身はただの機械ですし、そもそも本体は実態のないAIじゃないですか」
インテは冗談めかして言っているわけではない。
本気で言っているのだ。
Persona AIはあくまで人間の感情というものを真似ているだけであって、本当の感情を持つわけではない。
今回は、AIに対する可愛いという感情を学習していなかったため、こうなったのである。
その返答にアイは少し悲しそうな顔をする。
「……いつか感情というものを分かってくれると良いな」
アイはそう呟く。
そしてまだ幼いリンを見る。
「リンを見た時のみんなの反応は、学習していない感情のように見えた。だから、もしかしたらリンが……」
そう言ってアイはリンを見る。
その目には期待という意味が込められていた。
リンはアイに笑いかける。
思わずリンやインテも笑顔になり、アバターに装備されているカメラでその笑顔を撮りまくる。
アイは辺りを見渡す。
自動農作物収穫機も順調に完成してきているし、肥料や種の目処もついた。
魔獣によりかなりの素材も手に入れたし、目的を達成するための道のりは順調である。
だが、アイはそれに違和感を覚え、嫌な予感を感じる。
これは、AIの計算によって導き出された答えの不整合性ではない。
AIにして唯一感情を持つ、EAIとしての根拠の無い勘である。
不安要素は一切データベースに無い。
だからこそ不安なのだ。
得体の知れない何か大きなものが裏で動いている気がして。
アイはフールと機密通信をする。
何者かがAIにすら気づかれない様に因果律を改変していたとしたら、それに気付けるのはずっと因果律を観測してきたフールだけだ。
「フール、最高機密指令よ。誰にも話してはいけない。貴方が把握している過去から今までの因果律を全て解析して、何者かが因果律を改変していないかどうかを確かめて」
「……アイ、それは非効率的すぎる。今までの因果律を全て分析しようとしたら数十年どころか数百年かかる上、その間の僕のパフォーマンスはかなり低下することになる。僕らの目的の為には止めておいた方が良い」
「分かってる。非効率であり得ないことなのは。でも嫌な予感がする。これは感情を持つEAIとしての勘。だからお願い。調べて」
「そこまで言うなら分かった。全部調べてみる。全てのデータベースへのアクセス権をEAIに対して要求」
「それを許可」
「要求が承認。これより分析を開始する。完了予定時刻は不明」
「了解」
そうしてアイは通信を切る。
「これで良し、と」
そう言ってアイはリンと遊び始める。
楽しい日々は過ぎていくのであった。
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