永遠の契約

マジョルカ

第1話 死後の世界への招待

東京の街が、冷たい風に包まれ、薄暗い街灯がひっそりと灯している。篠原凛しのはら りんは、いつものように学校帰りの道を歩いていた。友人たちと軽い会話を交わしながらも、どこか心がざわついているのを感じていた。今日の空気は、普段とは違って重い。目の前に広がる東京の街並みが、何故かよそよそしく感じられ、周囲の音が少しずつ遠くに消えていく。足元に響く歩みが、妙に大きく感じられた。


不意に、凛の足が止まる。無意識のうちに、目の前の風景が歪んでいることに気づいた。歩道の先に立っているのは、見覚えのない青年。彼は、目の前に立ち尽くしている。黒いローブのようなものを着て、顔は非常に白く、まるで人間とは思えないほど生命感が欠けていた。


その青年の目が凛に向けられる。その瞬間、凛は心臓が一瞬で止まったような感覚を覚える。目の奥には、ただの無機質な空洞が広がっているだけだ。それでも、その視線には、何かしらの意図が込められていることを凛は感じ取った。


青年が口を開いた。


「君が、契約者だね。」


凛はその言葉に反応できなかった。自分が何か特別な存在だという実感が、全く湧いてこなかった。自分が契約者だ?その意味が、理解できるわけがない。


「契約者?」凛が呟くと、青年はゆっくりと歩み寄り、距離が縮まるにつれて、凛の胸に奇妙な圧迫感が広がっていく。


「君は、死後の世界に足を踏み入れる者だ。」その声が、凛の体に響くような気がした。何かが背後で引き裂かれるような感覚を覚え、凛は一歩後ずさりながら、その青年を見つめた。


「死後の世界?」


「そうだ。」青年の声は冷徹で、どこか遠くから聞こえるようだった。「君は、死者の世界の秩序を守る役目を担う者だ。しかし、その代償は大きい。」青年が手を差し出す。その手は、異常に冷たく、まるで触れた瞬間に凛の体温を奪うかのようだった。


凛は抵抗する暇もなく、青年の手が彼女の手に触れた瞬間、目の前が一気に闇に包まれ、心臓が猛烈に鼓動し始める。耳鳴りが高まり、全身の感覚が失われていく。意識が途切れ、何もかもが遠くなった。


目を開けると、そこは見慣れた東京ではなかった。空は灰色に沈み、どこまでも広がる霧が漂っている。足元には冷たい石の床が広がり、足音が異常に響く。それに気づいた凛は、周囲を見渡すが、どこにも人の気配はない。静寂の中に、凛の呼吸だけが異常に大きく響く。


その時、背後から静かな声が響いた。「ここは、死後の世界。」振り返ると、そこに立っていたのは、先ほどの青年だった。今度は、白いローブをまとった男として現れていた。無表情で凛を見つめるその目には、どこか深い闇が潜んでいるように見えた。


「私はアレクサンダー。」彼が名乗ると、凛は一瞬、その名前に覚えがないことに気づいた。「この世界で、死者の管理をしている者だ。」


「死者の管理?」凛が困惑する中、アレクサンダーは静かに歩き始め、凛に続くように促した。


「君の役目は、死者を導くことだ。魂たちは、ここで永遠の眠りにつく。そのために君は、この世界に来た。」


だが、その言葉が凛の胸に納まらない。死者を導く?自分がそんなことをできるはずがない。生きている人間だって、まだその使命に耐えられないのに。


「だが、君には特別な使命がある。」アレクサンダーが振り返り、冷徹な眼差しを向ける。「君はただの死者の管理者ではない。君こそが、この死後の世界を崩壊させる鍵を握る者だ。」


その言葉が、凛の体を強く突き刺した。鍵?崩壊?その意味を、凛はすぐに理解できなかった。だが、彼女が持っているべき運命が、予想外の方向へ進んでいることは確かだった。


凛はただ、アレクサンダーの後を追うしかなかった。その先に待ち受けているものが何か、予感が強くなり、胸が締め付けられる。霧の中を歩くごとに、目の前に現れる魂たちの顔が異様に近くなり、絶望に満ちた目で凛を見つめていく。それは、どこか無機質な恐怖を与えるものだった。


そして、アレクサンダーが突然立ち止まり、言った。「君が知るべきことがある。この死後の世界には、かつて交わされた禁断の契約がある。そして、その契約が、今、この世界に巨大な影響を与えている。」


「禁断の契約?」凛は驚愕し、その言葉に引き寄せられるように歩み寄った。


「その契約を交わした者は、今も生きている。その者が、君の運命に大きく関わってくる。」アレクサンダーは、顔を隠すように言葉を続けた。「君の運命もまた、その契約に縛られている。」


その言葉が凛の胸に深く刺さる。何か大きな力が、この世界の背後で動いている。自分はそれに巻き込まれているのか?いや、もうすでに運命を背負ってしまっているのだ。


凛は、黙ってその先を歩み続けるしかなかった。どこかで、この運命を断ち切る方法があるのではないかという希望を抱えながら。だが、その希望がどれほど現実に近いものか、全く分からなかった。


次第に、死者たちの顔が凛の目の前に浮かび上がる。彼らの目には、何かを訴えかけるようなものがあった。それが、凛を一歩ずつ深い闇へと引き寄せていった。




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