第7話 教え下手

 時間を忘れて鍛冶仕事に没頭したことで怒られた次の日。

 流石に連日で仕事場を貸してもらうことは出来ないので、畑仕事の方を手伝っていたのだが……。


「まさかこんなに早く仕事が終わるとは」


 俺の持っていた『農耕』スキルが、他のスキルと統合して『農作業』スキルへと変化していたと思っていたが、どうやらそれだけではないようで。

 まあ、思わぬ暇が出来てしまった事だけは確実であるため、何をして時間を潰そうかと村をふらふらと出歩いていると、


「あ、こんなとこまで来てたのか」


 少し遠くに開けた修練場を発見して、村の外れの方まで来てしまったことに気付く。すぐ村の方へ戻ろうと踵を返そうとするが、ふと思い付いたので修練場へと向かう。

 修練場には大人の姿は見えず、フィルマが一人木剣を持って型を行っていた。

 子供にはまだ重い筈の木剣を、まるで自身の手足の如く自在に軽やかに振るうフィルマを見て、これが剣聖の力かと、感嘆する。


「ふぅ……。ってあれ、セイル!?」


 木剣を下ろし、息を吐いたフィルマと視線が合うと、驚いた彼女は木剣を片手に持ったままトタトタと駆け寄って来た。


「どうしたの、セイル。何か用事があった?今日は自警団のみんなは修練日じゃ無いから居ないよ」

「いや、暇になったから散歩してて。で、気付けばここまで来てた」

「そうなんだ。……って、あ」


 ふとフィルマの動きが止まり、次の瞬間には木剣を放り投げてズササササッ……!と勢い良く俺から距離を取る。突然の事に驚きポカンとフィルマを見ていると、


「わ、私今汗かいちゃってるから、近付かないで!ねっ!?」

「う、うん」


 「近づいてきたのはお前だろ」とか、「汗ぐらいで大袈裟な」とか、いろいろ思ったりはしたがフィルマの気迫に圧されて頷くしか無かった。





「セイル、ごめんねっ。待たせちゃって」

「いや、別にいいけど」


 あの後、すぐにその場から離れたフィルマは修練場にある着替え小屋の隣の井戸で汗を流して着替えてから戻って来た。

 まだ乾ききってない髪をタオルで拭きながら歩いてくるフィルマ。豪快にゴシゴシと拭く姿が見ていられず、フィルマに近付いて「ちょっと貸して」とフィルマの手からタオルを抜き取る。


「えっ、えっ?」

「そんな雑に拭いたら、せっかくの綺麗な髪が傷むでしょ。ほら、こうやって丁寧に優しく」


 戸惑うフィルマを座らせるとフィルマの髪を拭く。気持ちが良いのか、暫くするとウットリとした様子で目を閉じる。

 間近で見たら改めて分かるのだが、やはりフィルマは顔が良い。素朴な村娘って感じの可愛らしさではなくて、キリッとした気品溢れる猫の子猫時代の様な、綺麗さと可愛さが同居しているのだ。

 分かっていた筈の事実を改めて実感すると、少しだけ気恥ずかしくなる。が、一度やると決めているのだから途中で投げ出したりはしない。ドギマギしそうになるが投げ出したりしないのだ。





 フィルマの髪を拭き終えると、俺は修練場へ来る時の思い付きを実践しようとフィルマが投げ出したまま地面に転がっていた木剣を拾い上げる。

 鍛冶の修行の時に持っていた槌よりかは軽いが、それでもまだ子供には重いそれ。こんな物を軽々と振り回していたフィルマの凄さが分かる。が、兎に角やってみるしか無いかと木剣を何とか構えてみると、


「あれ、セイルも剣を振るうの?」


 と、不思議そうにフィルマが尋ねてきた。ので、


「うん。将来的にだけど剣を打とうとしているんだ。少しは剣を使う側の経験があった方が良いかなーって思って。……まあ、これはその為の下準備なんだけどね」

「……?つまり、どういう事?」

「準備の準備って事」


 そう。俺の目的は剣の練習であるが、剣で戦う練習では無く、剣を振る為の練習である。

 自分自身でも剣を振る経験が有れば、剣を打つ時の参考になると考えたのだ。その為振るうのだが……、


「うおっ!?」


 やはりただの思い付きでやったからか、木剣の使い方が上手く掴めず、振り回されてしまう。

 そんな悪戦苦闘している俺を見て居られなくなったのか、フィルマが近付いてくると「貸して」と手を差し出してきた。

 真剣な表情のフィルマに、素直に従って木剣を手渡すと、「少し離れて見てて」とだけ言うと、ゆったりと木剣を構える。

 フィルマに従って急いで離れると、俺が十分離れたと判断したのか、フィルマは鋭い動きで剣を振り始めた。

 流麗な剣舞のように次々と繰り出される剣戟は、木剣で風を切り裂く。そんなフィルマの姿に見惚れていると、フィルマはピタリと動きを止めて俺の方へと歩いてくる。


「とまあ、こんなふうに重さに振り回されるんじゃなくて、重さを利用すれば振れるよ」

「いや、どんなふうにだよ」


 流石に端から見ているだけじゃ分からないのでツッコミを入れると、フィルマは不思議そうに首を傾げる。


「だから、クイッ、ビュンッ!シュッ!……みたいな感じ」

「擬音だけで説明されて理解出来ると思うなよ」

「ええーっ!!」


 俺の言葉にショックを受けたのか、ガックリと頭を垂れるフィルマを見ながら俺は呆れるのだった。



 今日は剣の振り方は学べなかったが、フィルマが教え下手と言うことだけは学べたのだった。

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