平原の村③ 舞踏の足取り
一つ、懸念事項がありました。
毎年行われる誓約祭。貴族と平民でその楽しみ方はまったく異なりますが、私たち平民はマーチストーンを行なってその節目をお祝いします。
「アヴェリア様、マーチストーンにご参加なされるんですよね?」
「もちろんよ!」
「振り付け、知らないですよね?」
「ええ! なんにも知らないわ!」
うーん潔い。ここまで自信満々に言われるとなんか大丈夫そうにも思えてきてしまいます。
ですがマーチストーンは村の女性総出で行なうダンスです。和を乱すことがあれば別の人に迷惑がかかってしまうかもしれません。それに知らないよりも知っていた方が、より楽しんでももらえると思われます。
「少し練習してみましょうか」
そういうことで私はアヴェリア様に、マーチストーンダンスの振り付けをお教えすることに相成りました。
まずは最初に、蔓で編んだバスケットを持たせます。
「なにこれ? ダンスをするのよね?」
「ええ、本番ではそこに大量の花びらが入れられています。振り付けのなかで使うんですよ」
というのも、マーチストーンダンスの一番の見どころといえばそれぞれが散らせる色とりどりの花弁に他なりません。鮮やかな色彩が青い空の下で舞い散り、それによって春の訪れを自然と一体となって喜ぶことができているようになります。
このサンチャイルド公国では各地に様々な花が自生していますので、マーチストーンはそれらを使ったこの国ならではの風習と呼べるのではないでしょうか。
「すごいわね!!」
そう説明するとアヴェリア様も、大層目を輝かせて感心してくださいました。
というわけで、早速そのバスケットを持ちながらの振り付けをアヴェリア様に伝授していきます。
「こう?」
「そうです。そしてその次はこう」
「こうね!」
「完璧です」
「全部覚えたわ!」
「習得が早い」
伝授はものの数分で終わりました。一度やってみせるとすぐにそれを吸収し、アヴェリア様はさらに優雅にそれを踊るのです。
一通りの振り付けを覚えたあと、もはやアヴェリア様は私よりもマーチストーンダンスを上手く踊れるようになっていました。
「やっぱり私って大天才なのね!」
「ぐっ……実力をまざまざと見せつけられて否定ができない……」
もう私よりも上手いのです。なにも言えません。アヴェリア様は「おーっほっほっほ!!!」とわかりやすい高笑いをしました。
「それにしてもフィーナ、誓約祭でどうしてこんな踊りをするようになったの? 誓約祭って本来もっとなんかこう……違う感じじゃない」
「違う感じ、ですか」
そもそも誓約祭とはなにか。それはこのサンチャイルド公国の成り立ちから語り始める必要があります。
公国は元々、かつて存在していたマクマミア帝国という巨大な国家でした。このエスティナ大陸の東部を大部分支配下に置くほど、その力は圧倒的だったと言います。
しかしマクマミア帝国は大陸中央北部に古くから根を下ろしているロンブライン教会自治領に戦争を挑んでしまいます。サモイア戦争と銘打たれた戦いは当初こそ帝国の有利が目立つ戦況だったのが、水際で耐え続ける教会勢力に決定打を与えることはできずじまいでいました。両者こう着状態となり、戦争は長引きました。
すると帝国内では税を負担し続けている平民たちが不満を募らせることになり、また政治に関わる貴族たちの汚職や怠慢が隠されることもなく腐敗が明るみになり始めると、教会自治領にそれを焚き付けられ、その不満が反乱へと発展してしまったのです。帝国は二分し、公爵家をはじめとする貴族の勢力地は「サンチャイルド公国」と呼ばれ、反乱勢力である平民たちの占領地は「ハムナス王国」と自らを呼称しました。こうして旧帝国は崩壊し、悪化した戦局から東へ東へと追い詰められていった貴族たちは、この山だらけの地域に閉じこもって未だに教会自治領と、裏切った王国を相手に戦い続けて現在に至ります。
初代国主のサンチャイルド公爵は、諦めと疲労にやつされながらもこの地に逃れてきてこう言ったと伝わっています。
『この地は我らを迎え入れた。いつかまた、この地を背に我らが帝国へと舞い戻らん』
それは彼が自然と共に生きるという、精霊信仰の教えを忠実に守っていたからこそ出てくる言葉だったのでしょう。天を突かんとする巨大な岩山に、百花繚乱咲き誇る花々は公爵の心に希望を灯しました。
それから公爵は旧帝国崩壊の反省を活かし、戦線を維持しながら怒涛の改革を推し進めて現在の公国の基盤を作り上げ、やがて国内でも偉大なる英雄として語り継がれるようになったのです。
そんな公爵がかつて公国の自然に帝国復活を誓ったことにちなみ、大地が長い眠りから目を覚すという春には必ず誓約を行なってその誓いの棄却を戒めるようになったのが誓約祭の始まりだとされています。
「――とまぁ、ここまではアヴェリア様はご存じですよね?」
「そうね、サンチャイルド立国記はよく読んでいたから、おおよそわかってるわ」
どうやらアヴェリア様は詩歌がとてもお好きであるらしいのは、この数日を共に過ごしていてなんとなく把握していました。詩への教養が抜きん出て豊かで、暗記までしている詩もあるほどですからよほど好んでいらっしゃるのでしょう。そういったことから彼女もこの国の歴史を把握しているであろうことは予想していました。
で、本題はここからです。この踊りは誓約祭となんの関係があるのか、という疑問に対して、その答えは意外にもあっさりとしたものです。
「積まれた石が岩山。散らす花びらが花畑。初代国主が愛して誓ったものを象徴として、公国の平民たちも自分たちなりに誓約祭へ参加しようとした結果がこれなんです。社交会なんて優雅なことはやってられませんが、集まって踊るだけならだれでもできるでしょう?」
「そういうことだったのね!」
アヴェリア様は合点して手を打つと、それから空のバスケットに手を突っ込み花を散らす動作をしました。
「そういう背景を知ったら、なんだか踊りにも気持ちが込められそうね!」
「……今よりさらに上手になられるおつもりですか?」
「当然よ! 大天才は決して歩みを止めないわ!」
ぶれない人ですね……これ以上その舞踏の足取りに磨きがかかってしまったらと考えると、いよいよ教師であったはずの私の立つ瀬がなくなってしまうのですけど。
そんなふうに思いながら、私は軽快にその足を運んでいるアヴェリア様を眺めているのでした。
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