戯れの小噺

平原の村① マーチストーン

 アヴェリア様がこの村にいらっしゃってから六日。誓約祭までは十三日と、残り二週間を切っています。

 この短い期間のなかで、私の暮らしはこれまでの静けさがまったくの嘘のように変わっていました。


「うう、またこの黒いパンなの……?」

 

「美味しいじゃないですか黒パン。いらないなら私が食べますけど?」

 

「もう!」


 お湯でシャバシャバにしたお粥にパンを浸して口に詰め込みます。アヴェリア様のお口に合うよう一応野草を入れてはいますが、どうやらもっと濃い味付けがお好みのようです。釈然としないような表情で咀嚼していました。

 つい先日に密耕地を手に入れた私たちですが、それはそれとして目の前の食糧問題を解決したわけではありません。当然領主家への税は減らず、手に入る食べ物には限りがあります。わざわざ加工して作るこの黒パンだって私たちにとっては贅沢品なのです。


「そういえばアヴェリア様、先ほどシーナおばさんになにか頼まれてましたよね」

 

「鶏小屋の掃除をちょっとね。風魔法の掃除が便利ってことで時々みんなのお手伝いしてたんだけど、言ってなかった?」

 

「聞いたこともありませんでした……」


 壁にかかった赤い頭巾に目をやりながらため息をつきます。

 当初はできるだけ隠そうと思っていたアヴェリア様の正体も、本人が堂々と名乗ったりあちこちで勝手に交流を持つせいで、どうやらその存在は村中に広まってしまっているようで。駐留してる公騎士連隊の人たちには黙ってくれているみたいですが、この調子ではいつバレてもおかしくないのではないでしょうか。

 何度もそのことについてアヴェリア様にお話しているというのに、当の本人は「それはいけないわね! 次から気をつけるわ!」と宣言した直後にダンおじさんの猫を撫でに行く始末です。もはや隠す意味もないくらいアヴェリア様の顔は知れ渡っていることでしょう。


「そうだわ。あとシーナから『アヴェリア様もぜひマーチストーンにご参加くださいな』って言われたんだけど。これってなんのこと?」

 

「マーチストーンですか? 村でやる誓約祭での恒例行事みたいなものです。積み上げられた石の周りを輪になって踊るっていう」

 

「誓約祭で? へぇ、おもしろいことやってるのね」

 

「そうは言っても、貴族の人たちは公爵殿下のお屋敷で品評会をするんでしょう? 美味しいものとかもいっぱい食べれて楽しいんじゃないですか?」


 なんの気なしにそう聞いてみた私に対して、しかしアヴェリア様のひたいにはシワが寄っていました。


「嘘よそんなの。あんなのただの悪口大会よ。他の領地の悪口をそれとな〜く公爵殿下に聞かせて、結局自分たちが一番素晴らしいでしょ? ってやるだけのやらしくてつまんない英雄譚の恋愛パートみたいなもんじゃない!」

 

「英雄だって恋愛してもいいでしょうに」

 

「嫌よ! 無駄に長いんだもの! はやく魔王と戦いなさいよ!」


 アヴェリア様の個人の感想はさておき、どうやら今年もマーチストーンの準備を始める時期になってきたようです。

 そうですね……せっかくですから、私たちもやりましょうか。


「アヴェリア様、このあとにだれかのお手伝いのお約束なんかはありませんよね? 一緒に石を拾いにいきませんか?」

 

「……フィーナって意外と子供みたいな遊びもするのね?」

 

「違います、マーチストーンのための用意ですよ。積み上げるための石は各家庭から一つずつ持ち寄ってくることになってるんです」


 この歳で石拾って喜んだりしませんし。美味しい石なら喜んで拾いますけどね。

 私の説明にアヴェリア様もだいたい正しく理解なされたようで、「つまり私たちはもう家族みたいなものだから一緒に石を拾ってくるってことね!」と合点して手を打っておられました。家族ではないですね普通に。

 とはいえこうして一つ屋根のした暮らしている同居人というのは事実。わざわざ二人で分ける必要もありませんし、せっかくなら二人でという考えがなかったわけではありません。言ったらまた無駄に距離詰められそうなので絶対に言いませんけど。


「いいわ! 拾いに行きましょうか! マーなんとかトン!」

 

「マーチストーン」



 威勢の良いアヴェリア様とともに、食事を終えた私たちは早速河原へと足を運びました。

 河原には水で削られた平たい石がよく落ちているため、積み上げるのにちょうど良さそうな石がよく落ちています。


「こんな感じのでいいんじゃないでしょうか」

 

「ダメよそんなちっちゃいやつ! もっとおっきくて強そうなやつがいいわ!」

 

「なにと戦われるつもりで……?」


 マーチストーンに使う石は積み上げられるものならなんでもいいのです。決して石同士で決闘し最強の石ころを決める石ころコロシアムは行ないません。石に強さも大きさも求める必要はないのです。っていうか強そうな石ってなんなんですか。


「あ、これとかどうかしら。ちょっと見てみなさいよ」

 

「はあ、いったいなにを……」


 しっかり川に足を踏み入れて川底を漁っていたアヴェリア様は、なにやら水面から両手で抱えるサイズのものを持ち上げて見せました。は?

 

「おっきいし強そうだわ!!」


「アヴェリア様、それ貝です。貝殻です。石じゃありません」


 普通の貝殻と比べてあまりにも大きく棘の生え揃ったそれは、おそらく貝の魔物の殻なのではないでしょうか。渦を巻いている形のそれは鋭く尖っていて非常に危険です。

 森の中で捕食されたのがここまで流れてきたとか……? まぁいずれにしても魔物の死骸をマーチストーンに使うことなんてできません。


「こっちにしましょうアヴェリア様」

 

「嫌よ!」


「……」


 嫌みたいです。

 どうやらアヴェリア様は相当この貝殻に惚れ込んでしまったらしく、まさにこの二つでの石ころコロシアムでさえも辞さない覚悟を示して見せました。冗談じゃありません。こちらの手のひらサイズの石ころなんて、あの攻撃力増し増しの装甲で木っ端微塵に決まっています。


「村長が許してくださるなら構いません……」


 圧倒的強者の前になすすべを持たなかった私が膝を折り、こうしてアヴェリア様は嬉々としてその貝殻を掲げるのでした。

 ちなみに村長はそれについて、とても良い笑顔で快諾してくださいました。正気ですか。

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