選ばれなかった側、静かなる反撃

第14話 保健室、癒しと罠のはじまり

午後の授業が始まる直前、レイはふらりと廊下に倒れ込んだ。

朝から立て続けに起きた“意味不明なヒロイン接近ラッシュ”と、情報戦の応酬に完全に疲れ切っていた。


「……あ、アルヴァート様!? 誰か、誰か呼んできて!」


アメリアの叫びが微かに聞こえたが、レイの意識はぼやけていた。

気づいたときには、ふんわりと柔らかく、どこか甘い香りがする布団の中にいた。


「お目覚めですね、レイくん」


優しい声が耳元に降ってくる。

保健室——そこは、学園内でもっとも静かで、安全なはずの場所。


「……ベルナ先生……?」


「あら、名前を呼んでくれるなんて嬉しいわ。体調、どうかしら?」


微笑みながら、金髪を優雅に揺らす美しい女性——保健室の主、ベルナ・シュタイン。

グラマラスな体型に、眼鏡越しの優しい視線。まさに“理想の癒し”を具現化したような存在。


しかしその笑顔の奥に、レイは微かに“何か”を感じ取っていた。


「その……少し、疲れてただけで……」


「うん、全部わかってるわ。あなた、頑張りすぎちゃうものね。

何も言わなくても、私は全部察してあげるから」


そう言って、ベルナは冷たいタオルをそっと額に当てる。


「ここでは、何をしても誰にも邪魔されないわ。……だから、安心して休んでいいのよ?」


その言葉に、レイの背筋がひやりとした。

どこか、逃げられない“檻”に入ったような感覚。


(なんか……この空間、怖くない?)


「先生、俺……そろそろ教室に——」


「だーめ。今日は特別に、保健室で午後の授業を免除しましょう?

必要なら……今夜までここにいても、いいのよ?」


「いや、さすがにそれは……」


「ねぇ、レイくん……一つだけ、お願い。

無理して笑わないで。本当に辛い時は、私にだけ見せて」


その声音に、レイは言葉を失った。

まるで、全部を抱きしめてくれるような母性と、どこか“熱”を帯びたものが混じっていた。


(これ……癒しじゃない。依存されてる……? いや、囲われてる?)


そんなレイの戸惑いをよそに、ベルナは紅茶を用意しながら、微笑み続けていた。


「あなたが静かに過ごせる場所……それが、ここよ。誰にも邪魔させないわ」


その時、保健室のドアがノックされた。声は小さく控えめだった。


「レイ様、いらっしゃいますか……?」


アメリアの声だった。


レイは思わず起き上がろうとしたが、ベルナの手がさりげなく肩を押し戻す。


「だめよ。今は休む時間。彼に刺激は禁物……そう伝えてくれる?」


ベルナがカーテン越しに声をかけると、廊下の向こうで小さく「……はい」と返事がした。


レイはますます混乱する。


(なんで……俺、閉じ込められてる?)


「大丈夫。誰にも奪わせないわ、あなたの休息を」


——いや、それは“休息”じゃなくて、“管理”だろ!?

レイは心の中でツッコミを入れつつ、すでに自分の意思が通らない空間にいることを痛感した。


ベルナはそっと、手をレイの額から頬へと滑らせた。


「昔、あなたが熱を出した時……お母様はどうされたの?」


レイははっとする。幼い頃、寝込んだときに母が手を握ってくれていた記憶——その記憶と、今の手の感触が重なる。


「……母は、ずっと……そばにいてくれました」


「ふふ……だったら、私も、そうしてあげる」


ベルナの目が、どこか陶酔していた。


──そのとき、天井近くに浮かぶナナミが、ひとりごちる。


「開始したね、保護という名の支配が。

……ふふ、ここからが本番だよ、レイ=優斗」


彼女の目の前に浮かぶパラメータが、ひとつ、赤く光を帯び始めた。

【ベルナ・シュタイン:依存度78%→90%】

【専有欲:急上昇中】


さらに彼女はログファイルを開いた。


「このパターン……過去ログ0017番。世界が崩壊したときと、完全一致……」


ナナミは眉をひそめた。


「このままじゃ、レイ=優斗、君が世界の中心から壊れてしまう」


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