悪役転生したけど、モブヒロイン全員が重すぎて逃げられません

你是谁

転生悪役、公爵令息は目立たず生きたい

プロローグ

「——え?」


目を開けた瞬間、視界に広がるのは豪奢な天井。金の縁取りが施されたシャンデリアが、朝の光を反射してきらきらと輝いている。

その下に寝転んでいる自分は、ふかふかのベッドに包まれ、やわらかいシーツの感触に身を委ねていた。


だが、それ以上に異様だったのは、自分の体が「自分のものではない」と直感的に感じたことだ。

身体が軽く、視界が広く、そして——妙に整いすぎている。


俺、日向優斗(ひなた・ゆうと)は、ついさっきまで日本のごく普通の高校生だった。

進学校に通い、成績は中の上。友達は少なかったが、いないわけじゃない。

趣味はゲーム、特に乙女ゲームのストーリー分析が好きだった。特別モテたこともなければ、目立つことも避けてきた。


あの日もそうだった。雨が降りそうな曇天の朝、駅のホームで濡れた足元に気をつけながらスマホをいじっていた。

表示されていたのは、乙女ゲーム『スウィート・ロマンス・アカデミア』の新ルート解説スレ。

「あの悪役ルート、やっぱバッドエンド確定じゃね?」

「回避無理ゲー。王子とヒロインにフルボッコやし」

そんな書き込みに頷きながら、俺は思ったのだ。


「俺だったら、目立たずに退場するルート選ぶな……」


まさか、その“俺だったら”がフラグだったなんて。


ふと、視線をベッド脇の鏡に移す。映ったのは、銀髪に蒼い瞳、整いすぎた顔立ちの少年。

この顔、この髪、この瞳——間違いない。


『スウィート・ロマンス・アカデミア』に登場する悪役キャラ、レイ・アルヴァート。


彼は原作の物語で、ヒロインの恋路を邪魔する“踏み台”として登場する。

王子に嫉妬し、卑劣な罠を仕掛け、最終的にはヒロインに告発され、断罪・追放される。

全ルートで救済なし。プレイヤーの間でも「最悪の悪役」「顔だけいい残念キャラ」として有名だった。


そんなやつに、なんで俺が……。


いや、今さら嘆いても始まらない。


大事なのは、ここがゲームの世界だということ。そして、自分がその破滅ルートに乗っているという現実だ。


だったら、やるべきことは一つ——


関わらないことだ。ヒロインにも、王子にも、イベントにも。


俺は目立たず、静かに、断罪ルートに近づかないように生きる。それだけでいい。

モブのように、風のように、壁のように。存在を薄くして、卒業の日を迎えるのだ。


そう、俺の学園生活は「何も起こらないこと」が最高のハッピーエンド。


……のはずだった。


「坊ちゃま、朝食の準備が整っております。お召し替えを」


突然部屋の扉がノックされ、声がかかった。

振り返ると、年配の執事らしき男性が恭しく頭を下げていた。

その表情は落ち着いているが、目元にはどこか温かい光が宿っている。


「……セバスチャン、だっけ?」


記憶の奥にあるゲームデータが再生される。この男は、レイに仕える有能な執事。

彼の忠誠心は本物で、断罪イベントの時も最後までレイを庇っていた。


俺はゆっくりとベッドを降り、そして心の中で決意を新たにした。


目立たずに生きる。絶対に関わらない。


それが、俺の選んだ“平穏ルート”だ。


だがこの屋敷、いろんな意味で居心地が悪い。


廊下には魔法で磨かれた大理石の床、やたらと高価そうな絵画や壺が並び、メイド達は一糸乱れぬ動きで朝の支度をしていた。


「まるでRPGの王城じゃん……」


そんな中でも唯一、懐かしさを覚えたのは、窓から差し込む朝日だった。

それは、あの日、駅のホームで見上げた曇天と同じように優しかった。


——本当に、元の世界には戻れないのか?


そんな一抹の不安を抱えたまま、俺は貴族の子息としての新たな一日を迎える。


レイには妹と弟がいたはず。母親は聖女、父親は軍の上層部。

この家には“設定”と“期待”がぎっしり詰め込まれている。それに潰されないよう、まずはひっそりと呼吸していこう。


きっとこれから先、誰とも深く関わらず、何事もなく静かな日々を送ることになるだろう——


だがその期待は、数日後には完全に裏切られることになる。


誰かの笑顔。誰かの涙。誰かの怒り。そして、誰かの狂気。


すべてが俺という“悪役”を中心に渦を巻いていくなど、この時の俺には想像もできなかった。


——そして、後に語り継がれることになる“バグ級ラブストーリー”の幕が、今ここに静かに上がった。

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