39:月見湖への移動

 私達はボタンの用意した場所で揺られて月見湖へ向かっていた。


 進行方向に背を向けて座るボタンに腕をつかまれたままの私。

 右隣では静かに座るノア。

 対面にレイラが悔しそうに、エリは困ったような顔でこちらをみている。


 レイラも流石に深い付き合いのあるエリみたいに、ボタンとは接しないようで馬車の中は静かである。


 しかし、この馬車、めちゃくちゃに早いな。

 ラビルンでも初めて乗った馬車は早かったけれど、それよりも大分……


「ぼ、ボタンさん、この馬車相当早いですね」


「えぇ、そうでありんしょう?ホースエの血統付き黒馬でありんすから。この子なら1時間と少し走らせれば到着しんしょう」


 1時間と少し……

 正確には分からないが時速30kmは超えていそうだ。


 自動車で時速30km以上を出している時と同じ様な風景の動き方だからな……

 その速さで1時間も走るって結構な距離じゃなかろうか。


 しかし、時々道の具合で揺れはするけれど、クッションや背もたれがあるお陰で大分楽ではありそうだ。


 「それで、ボタンさん、腕はいつ頃離していただけますか?」


「え?どういう事でありんしょう?」


「え?」


 どういう事でありんしょう?

 それはどういう事なんでしょうか?


 「腕を離して欲しいと言う事ですが…...?」


 「どういう事で、あ、り、ん、しょ、う?」


 おぉ、これはすごい……

 美人の圧力をひしひしと感じてしまう。


 腕の力も更にギュッと……や、柔らかさと温もりが……


 駄目だ。これは危険すぎる。

 エリ達とは違い、男のくすぐり方が上手すぎる……


 ど、どこかでタイミングを合わせて、腕を引き抜かないと……


 困り顔でボタンに言う。

 「はははは、ボタンさん。そんな、困ったなぁ。はははは」


 「困る事ないでありんす。ただ握っているだけでありんすから」


 ぐにゅ、と腕にあたっている物が押し出され盛り上がる。

 胸元が隆起し、和服の襟がちらり、ちらりと白魚のような肌を見せてくる。


 「そ、それで! これから向かう月見湖だけど、日帰りで良いんだっけ!?」


 エリが私やボタンの意識を戻すかのように大声を出していった。


 エリの声で腕が緩んだ隙に腕を引き抜く。


 やっと自由になったな。

 流石にこちらにきてから誘惑が多すぎる。

 まだまだ私は優先すべき事があるから、気を付けないとな。


 ボタンは腕が離れてしまった事を残念そうな顔をして私を見たが、その後にエリの顔を見て言う。


「日帰り、がよろしいんでありんす?宿泊施設もありんすし、夜中の月明かりに照らされた月見湖も幻想的でありんすよ……?旅館には連絡すれば問題ないでありんしょ」


 促されるままに馬車に乗って向かっちゃったからなぁ。


 旅館には悪いけれど、現地で商事の連絡手段を借りて連絡するしかないな。


「ボタンさんの言う様にしないか?折角出しな」


「レイラはどうする?」


「構いませんわ。ラティアではジヒト様に付いていく予定でしたもの」


 よし、これで決定だな。

 後は、個人的な相談も夜中に2人でできればベストだな。


「じゃぁ、今日はそれで行きましょう」


 こうして、時々揺られながら、馬車で月見湖を目指した。


 馬車に揺られて1時間程経過したのだろうか。

 うとうとしだした頃合いに馬車が動きを止める。


 窓から外を覗き見れば、山の手前の木々がぽつりぽつりと生えている場所に居た。


 周りには柵が建てられており、ここは月見湖への関所になっているように見える。


 この先に月見湖か。

 どんな感じなんだろうな?


 そう考えていると話し声が外から聞こえてくる。

 恐らく、管理している商事の者が御者に確認を取っているのだろう。


 コンコン、と馬車の扉がノックされた。


「どうぞ」


 ボタンの返事を聞いて扉が開かれる。

 1人の女性がお辞儀をすると言う。


「失礼致します。搭乗者の確認をさせて頂きたく思います。ラティア領主ボタン様でよろしいですね」


「えぇ、そうでありんす」


「今回、お連れになられた方々は、レイラ王女殿下、ヘルアタック家子女エリシア様、ジヒト様、ノア様ですね。人数、人相、問題なし。以上でお間違えはありませんか?申告に漏れはございませんね?」


「無いでありんすよ」


「承知致しました。それでは我々が馬を走らせ並走しますので、もう少々馬車にお乗りのまま、お待ちください」


 そういうと再びお辞儀をして出ていくと、御者と話している様な声が聞こえると再び馬車が動き始める。


 今度はゆっくりと進んで行く。


 流石に一部にしか公開していないだけあるな。

 しっかりと搭乗者の確認を顔も含めて行い、か。


 商事が秘匿してきた湖がどんな絶景であるのか、楽しみだな。


 今も晴れてはいるが、夜中も月に雲がかからないままだと良いもんだ。

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