31:拐われる私に接触するボク
ジヒトは気持ちを落ち着かせようと庭に出て散歩をする。
ジヒトとて男である。
当然、そういった欲、性欲はあるが、今までは理性で抑え、落ち着くまではと耐えてきていた。
しかし、いざゆったりと落ち着いてみれば女性陣からの猛烈なアプローチが待っており、このままではジヒトからオオカミに種族替えしても可笑しくない。
そんな気持ちを落ち着けるように暗くなった空を見て思う。
《前世では、こんな事を考えてもボクは全てを諦めて邁進したんだろうな……だからこそ、今の私がこうしていられる……私はボクに感謝すべきなのだろう……その誠実な心に、一欠片の心に》
そう思って空を見ているジヒトだったが、後ろから掴みかかられうつ伏せとなり、焦るように声を出す。
「な、なに!? うぐぅ! うぅ! あぁ!」
腕を捻られ、背中に体重をかけられた事で体が動かせず、声も漏れるようにしか出せなくなるジヒト。
それでも喚こうとするジヒトに囚人用魔具である拘束魔具が付けられる。
すると口、手足、首に蔦のような物が張っていき動きを拘束され、目だけで何が起きているかを確認しようとするジヒトにフードを被る相手がジヒトを仰向けにし告げる。
「僥倖……王女が少人数で御旅行に来たと思ったら、我々の仇敵、タダヒサが名を変えて生きていたとは。衰えたか、タダヒサ……10年前であれば、我々の魔力にも抗う術を持っていただろうに」
そう言うと、ジヒトに更に用心して
「……」
ジヒトは尚も目で男に訴える。
「ふふふ、そうだよなぁ。お前には加護があったな…今なら効くと思ったが、加護は戻ったのか、タダヒサ」
そう言うと、拘束魔具で頸動脈を締め上げていき、ジヒトは失神をしてしまう。
「こいつを使えば、我々は確実に復活できる……」
フードの男はそう言うとジヒトを担ぎ、自身とジヒトの体を
そのまま屋根伝いに飛んで消えていった。
一連の事態が起きた後にアニマの女性もジヒトの姿が立っていたはずの周囲に見当たらず不審に感じる。
偶々、監視していた位置から死角へとジヒトが向かった。
その為、移動をして監視を続行しようとしたが、その隙にジヒトが消えたのだった。
「しまった!? 争った痕跡に魔力の痕跡!?
激昂してアニマの女性も飛び上がり、魔力痕跡が消えない内に追える範囲を確認していった。
……
「……」
薄暗い空間で目を覚ます。
気絶してしまった事でここがどこかも分からない。
目の前には男達がひとどころに集まって話し合っている。
この男達はここで何をしているんだ?
そもそも、レイラを狙っていて、私を見つけて僥倖と言っていた……
こいつらが例の人族至上主義者の集まりか!?
今は何のためにここにいるんだ……私を連れて来てどうするつもりなんだ!?
逃げ出したいが未だに拘束をされたままで、体の向きも変える事もできない。
「潜伏期間は長く、最近は奴等の追求も危険度が増していた。だが俺はやった! 俺達はやったんだ!」
「おぉ! 遂に、悪魔に組みした聖女の洗脳によって歪められた教典が、我等が主バニタスの教えが、守られるのですな!」
「そうだ! 通信を繋げろ! 各領地の仲間と本国へ! これは我々の時代を復活させる好機となる!」
「はっ!」
そこまで言うと、私が視線を向けている事に気付き声をかける男。
「なんだ、もう起きたか。もう暫くは寝ていれば良かったものを。それに5年前よりも大分元気そうだ」
「……」
「おっと、すまないな。拘束してちゃ喋れねぇもんな? 良いぜ、首と声は許してやるよ」
そう言うと口に覆われていた蔦が無くなる。
「貴方達は誰だ。いきなり私を襲って!」
「俺等なんて覚えてないっていうのか! 言うじゃねぇか、タダヒサ改めジヒトさんよぉ……お前が我らが祖国で何をしたか忘れる訳ねぇよなぁ? 亜人救済の立役者?」
「私がやった訳では無い。だが私だったとしても、少なくとも亜人排斥は否定しただろうがな」
「そうかよ!! ファイアウィップ! こいつで打ち付けた部分は腫れ焼け爛れるぜ? 奴隷にも昔はよくやってたが、数日で死んじまってたなぁ……? お前はこんくらいじゃ死なねぇだろ……? 加護持ちだもんなぁ?」
そう言う男に髪を掴まれ別室に引きずられて行く。
部屋の壁際まで引きずると、髪を掴みあげ体を持ち上げ立たせられる。
ぶちぶちと髪が引き千切れる痛みに顔をしかめてしまう。
尚もフラフラしていると男が魔法で発現させた針を肩、足、と打ち付け磔とした。
「ぐぅうう! うぅう!!」
そして何度も往復して鞭を打ち付けられる。
痛い……!熱い……!
今の私にこいつ等に抗う術は何もないのか!?
魔法っ!? なんでっ! どうして使えない!?
魔力がうまく扱えないっ!!? 痛い!痛い!痛いいい!!
同じ場所を打ちつかれる度に、痛みが、痛みが増える……!!
なんで、こんなにこいつらは酷い事ができるんだ!!?
何が理由で痛めつける!! 私がボクだからか!!?
痛いのは嫌だっ……嫌だぁあ!! もうやめてくれっ!! 沢山だっ……!!
「ぐぁあづっ!? あぁあう!!? やめ、ろぉぉお……!!」
「ははは、まだまだ行くからな! 楽しくなるぞ! お前は頑丈だからなぁ! 痛めつけがいがあるってもんだ!」
「う、ぐぁあああ!!? あぐっ……」
何度も痛め付けられ、痛みによる失神をしてしまったようだが、男に水をかけられた痛みで再び起こされた。
何度も燃え盛る鞭で叩かれた事で体の至る所がミミズ腫れ、皮膚の擦過、切り傷、火傷で爛れ、と酷い有様である事が首を動かし見ると分かる。
だが、色んな場所が痛すぎて、どこが痛いのか、分からない……
なぜ……なぜ……こんな奴が、今も……
でも……レイラが……連れ去られて、こんな思いをしなくて……よかったなぁ……
そこだけ、は、幸運、だった……
タリオはそんな私に近付いて、髪を引っ張り顔を無理やり上げさせると言った。
「お前が俺の名前を知らないんだったら刻み込んでやるよ。俺の名前は、タリオだ。元バニス教司教、今はエクシア宗教団のタリオだ。覚えておけ」
タリオに顔を殴られた。
殴られた事もそうだが……痛みで、意識が徐々に……
「ぺっ」
タリオは唾を私に吐き捨て部屋を出て扉を閉める。
扉が閉められ暗くなる部屋。
誰か、助けて、ください……
徐々に意識も、暗い場所に沈んでいった……
……
気を失ったと思ったら、暗闇に立っていた。
少し離れた位置から足音が聞こえて来たようにも、自分が歩いていったようにも感じる。
ボクは告げる。
「衝撃と畏怖だ」
ボクは続けて言う。
「何事も最初が肝心だ。エルフ種以外のヒトは長命ではない。余りに短い生の中、その記憶によって記録によって受け継がれ、文化、文明が導かれ築かれる。だからこそ、初撃で、短期間で記憶と記録を塗り替えた」
ボクは満足した声で、けれど少し不満も残る声で言う。
「結果は出た。だが、世界には未だ安寧を壊そうとするモノもいる。だからこそ、その時はボクが私になろう。大切な物を守る為に、残ったボクの特異魔法で膨大な魔力を糧に排除してあげるよ! 私は出来なくて良い。ボクが変わりにやる事だからね! 私にとって大事なものは、ボクにとって大事なもの。一欠片の魂はその為に残った奇跡だ!」
罅割れの件は、と考えるとボクは答える。
「大丈夫、砕けはしないよ! 聞いたと思うけど、ボクは転生し強化された魂だった。それが罅割れたけれど、掬われて救われた。その時から、ボクの魂は同じ過ちを繰り返さぬよう自我なき無意識で更に強固にしていったんだ! 穢れで呪われようとも、ボクが引き受けるし、今なら加護もあるから平気さ! 私にも頭痛は起きるかもしれないけれどね」
特異魔法は私には無理なのか、と考えるとボクが言う。
「そう、普段の私にボクの特異魔法は扱えないよ。これはあくまで、ボクが転生時の才能で作った物で魂に紐付けられていてね。私では元の魂は同じでも、その後の在り方が別物として認識されて発現できないみたいなんだ。ユニークIDみたいなものかな? 同じに見えて同じじゃないってさ。ボクの特異魔法は通常の特異魔法とは異なるからね」
なぜ今更ボクが、と考えるとボクが告げる。
「今こうして会話できるのも女神様のお陰さ。2人の女神様が言う様に危なかったんだよ? ボクを私が否定した乖離で強固にした魂が砕けても可笑しくなかったんだ。けれど、女神様はまたボク等を助けてくれた。そのお陰でボクと私は共存しあった。そこでボクの一欠片分に自我が戻り始めて、今の会話ができているんだね。負担は大きいから時間制限付きの救済だね」
なら今の状況から救済してくれ、と考えると優しげにボクが言う。
「大丈夫、ボクが上手く片付けておくから。ボクの理想の私はしっかりと休んで」
その声を聞き、目を閉じた。
……
タリオはジヒトをいたぶり満足すると、通信を試みる部下に声をかける。
「通信は出来たか!?」
「それが、ノイズ混じりのようで何度も切れてしまい。上手く繋がっておりません」
「魔力混線か?」
「何とも言えません。この一帯に妨害魔力が敷かれたのかも知れませんし。タダヒサ、現ジヒトが捕まって3時間は経過したので」
「もう一度チャンネルを開いて通信を飛ばせ。同時に長距離飛行の使い魔を」
タリオの言葉を遮り、後ろから声が上がる。
「当然させないよ…?」
良く通る声が別室から響き、直後には、パキン、と言う音が鳴る。
それは魔具が壊れた時の音に良く似ていた。
ぺた、ずる、と歩くような引きずるような音が徐々に近づいてくる感覚にタリオは警戒しだす。
扉がギギギと開かれる。
「やぁ、元々はボクをお呼びだった訳じゃないみたいだけど、不運だったね。元救済者であり、君達には魔人だ悪魔だと罵られて呼ばれていた異端者だよ」
そう言うと、更に扉が開いていく。
そこからタリオ達を覗いているのは、見るものによっては優しく、見るものによっては恐ろしい笑みをたたえた、目が妖しく黄色に光る男の顔が片側だけあった。
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