第6話 兄への報告


 スーパーで何とか見切り品を手に入れた私は、暗い道を通りながら家路についている。

 本当に暗いね、この道。

 街灯もうちょっと立てとけよ!

 ミィちゃんがいるとはいえ、ちょっと怖いじゃん!

 で結局……

 やっぱりトラブルが向こうからやってきた。

 通りの先。

 真っ暗な中に1つだけ灯る街灯の下に、黒い靄が人型の形を模して立っているように見える。

 霊じゃん!

 絶対に悪霊じゃん!

 何か昨日今日と多いよ?

 普通なら見知らぬ霊との遭遇確率は1カ月に1回位だからね!

 うう……

 かと言って今更遠回りして帰るだけの体力はもう私に残されていない。

 仕方ないか。

 ここは堂々と悪霊の前を通って帰ろう。

 私は胸を張って街灯の下を通ろうとする。

 しかし……

「おおおお……」

 黒い腕を伸ばしながら私に迫ってくる悪霊。

 どうやら見逃してくれないらしい。

 でも残念。

 私にはミィちゃんがいるだよね。

 見たところ、この程度の悪霊なら瞬殺だろう。

 心の中でミィちゃんにお願いする。

 よし。

 これで大丈夫。

 私は余裕で悪霊を見る。

 ……

 ……

 あれ?

 ミィちゃん?

 ……

 ミィちゃんが出てきてくれない!

 あっ!

 もしかして川の悪霊が強力だったから力を使い過ぎちゃった?

 それで出てこれないの?

 ヤバッ!

 そうこうしてるうちにもう悪霊の手が私に触れそうになってるよ!

 キッキーはフゥ君を住処に連れて行ってるから不在だし……

 こうなったら自力で何とかするしかない。

 祓う力はないけど触れる力はあるんだ。

 私は悪霊の手を払い除け、突き飛ばし、すかさず後ろに下がる。

 やっぱりこの道はダメだ。

 予定変更。

 体力が無いとか言ってる場合じゃないね。

 遠回りして帰ろう。

 うん。

 そうしよう。

 回れ右をして来た方向に歩き出す。

 そんな無防備になった私の背後に悪霊が迫ってきた。

 うわっ!

 地縛霊じゃないのか!

 くっそー!

 これだけは使いたくなかったけど……

 私は右腕を伸ばし、掌を悪霊に向けた。

 その右手に吸い寄せられるように迫る悪霊。

 すると……

 

 ピュン


 小気味よい音を出して悪霊は消えてしまう。

 そして直ぐにまた姿を現した。

 そこにはもう先程までの禍々しさは無い。

 性別は分からない(多分女性だとは思う)が、白い半透明の霊がそこにいる。

 ふぅ……

 しんどい……

 確かに私には霊を祓う力は無いけど、霊から邪気を吸い取る力はあるのだ。

 でもこの方法は出来れば使いたくない。

 何故なら、これをしてしまうと身体が重くなってしまうからだ。

 しかもこれ。

 ずっと残る。

 私が運動神経マリモな原因は、実はこういったことをしているからなのだ。

 そして今回のことで、更に悪くなる。

 こりゃもうそろそろ寝たきりになるんじゃね?

 取り敢えず、邪気の無くなった霊はそのままにして予定通りこの道を通って帰ることにする。

 すると……

「ミャア。」

 ミィちゃんが出てきてくれた。

 ん?

 何だろう。

 もうこの霊は大丈夫だと思うけど……

 ミィちゃんはさっきの霊の近くから離れようとしない。

 う~ん……

 ミィちゃんにはいつも助けてもらってる。

 そんなミィちゃんが私に害のある事をするわけが無い。

 絶大なる信頼の元に、私はミィちゃんのところに、いや、先程の霊の傍に近寄った。

 フワフワ漂っているけど、何をしているわけでもなくそこにいる。

 一体この霊は何なんだろう?

 そう。

 私はちょっとした疑問を抱いていた。

 何かの事情で亡くなった人の霊なら、ここに留まるだけの未練や執着のようなものが感じられるはず。

 しかしこの霊にはそう言ったものが無いのだ。 

 この近くで亡くなったわけじゃ無いってことかな?

 いや、そんなんじゃない。

 私にはこの霊が、どうしても亡くっている人間の霊には思えないんだ。

 ……ってことは……

 まさか……

 生き霊?

 私は霊の顔を見る。

 う~ん……

 知り合いかどうか分からないね。

 何故ならこの霊の顔はとても薄く、胸の膨らみから辛うじて女の人であることだけは分かる程度なのだ。

 女性(?)の霊はこちらを見て微笑む。

 いや、微笑んだように見えただけだけど。

 そして徐々にその身体を薄くして最後には消えてしまった。

 ……何だったんだろう?

 ミィちゃんは満足げに『ミャア』と鳴くけど、私にはこの時間に何の意味があったのかさっぽりわからない。

 兎も角、早く家に帰ろう。

 もしかするとお兄がもう帰ってきてるかもしれないしね。

 それから数分ほど歩いて、漸く家に辿り着いた。

 あーー!

 疲れたーー!!

 家ん中入ったらまずシャワー浴びよ!

 あっせだくだよ!

 私は憤りながら玄関の扉を開く。

 そして一歩足を踏み入れて後悔した。

 全くの無警戒だったから、玄関にお兄がいるとは一切思っていなかったのだ。

「遅い!」

「あいたー!」

 上から降ってくるお兄のゲンコツ。

 それを真面に喰らってしまった。

「あいたたた……可愛い妹に何すんの!」

「可愛い妹は犯罪組織のアジトに乗り込んだりしないし、壊滅もさせない。」

 私の訴えにジト目でそう返すお兄。

 うぅ……

 それを言われたら何も言い返せないよ。

 一先ず家の中に入り、お兄に夕飯の食材を押し付けていお風呂場に向かう。

 こんな汗だくで料理したくないからね。

 それにいくら兄妹と言えど、汗まみれの自分を晒したくない。

 乙女心ってやつ?

 私にだって羞恥心はあるのだ。

 そしてシャワーを浴びた後気が付いた。

 あれ?

 着替え持ってきて無くね?

 取り敢えずお兄に見られないように、まっぱで2階の自分の部屋に行き、下着と部屋着を身に着ける。

 よし。

 急いで夕飯の準備をしよう。

 1階に下り、リビングを通って台所に行く。

 今日は鶏肉が安かったからね。

 唐揚げでも作ろうかな。

 あ~でも肉をタレで漬け置きした方が美味しいんだよね。

 う~ん……

 やっぱり唐揚げは止めてグリルチキンにしよう。

 私は鶏肉に下味を付けて、2口あるガスコンロの1つにグリルパンを置き、焼いた。

 そして焼いている間にタマネギとレタスのサラダを作る。

 後は……

 ご飯どうしようかな。

 今から米研いで炊いたらかなり時間掛かるよね。

 うむ……

 よし、パスタにしよう。

 私は鍋を用意して湯を沸かし、その中にパスタ麺を入れた。

 で、麺を茹でながらも鶏肉の返しを忘れず行う。

 それから20分後。

 私は出来た料理をテーブルの上に並べる。

 お兄も出来た料理をその都度持っていってくれたり手伝ってくれたから、私は最後に出来たパスタだけを持っていくだけで済んだ。

『いただきます。』

 2人仲良くそう言って夕飯を食べる

 うん。

 美味しいね。

 こりゃいいお嫁さんになるよ。

 ……

 自分で言ってて虚しい。

 でもしょうがないじゃない。

 だって誰も言ってくれないんだもん!

 お兄なんか無表情、でもって無言で黙々と食べてるし。

 可愛い妹が作ったんだから褒めろや!

 当たり前じゃないかんな!

 私がお嫁さんに行ったら、もう中々食えないかもしんないんだぞ!

 有難く食せ!

 ……まあ嫁に行く気は更々無いんだけどね。

 私達は夕飯を済ませると、各々食後の片付けをし、リビングで寛いだ。

 すると3人掛けのソファーで他人に見せられないほどだらしない格好をしている私に、1人掛けのソファーに座っているお兄が話しかけてくる。

「そう言えばお前が連絡してきた後、その探偵事務所に行ったんだけどな。完全に黒だったわ。」

 お兄は顔を上に向けて額に手を当てた。

 やっぱり黒だったか。

 まあそうだよね。

 女子高生を無理矢理手籠めにしようとしてた奴等が白のわけない。

 黒中の黒。

 漆黒だろう。

 捕まって本当に良かった。

 でもこの後、良くない事がお兄の口から告げられる。

「でも全員は捕まえられてないんだ。従業員名簿を見たら、あそこにいた3人の他に後2人探偵擬きがいるらしい。が、そいつらが今どこに潜んでるのかわからないんだ。早急に見つけ出して逮捕しなきゃならん。でないとその2人は追い詰められて何を仕出かすか分からないからな。」

 深刻な顔でそう言うお兄。

 確かに……

 そういう奴等は人の迷惑を考えないで色々と仕出かしそうだ。

 早く捕まって欲しいね。

 続いてお兄は、私に対する文句を言い始める。

「っつうか、お前何やってんだよ!そんな犯罪組織のアジトに乗り込むなんて危ないだろ!」

 普通に怒られた。

 妹の心配をしてくれるのは有難いけど、今回は完全に人助けだ。

 そこまで怒られるような事はしていない。

 私は学校の友達(?)が襲われそうになっていたことをお兄に話した。

 それでもお兄は怒りを収めてくれない。

「だからってお前が1人でどうこうしようとするな!奇跡的に犯罪組織を壊滅させられたからいいものを。もし捕まって酷いことされてたらどうするんだ!お前もその友達も……想像するだけでキツいな。」

 俯き項垂れるお兄。

 どうやらとんでもないことを想像してしまったようだ。

 フッ……

 安心しな。

 私は勝ち目がなく挑むほど無謀では無いのだよ。

 ミィちゃんもキッキーもあの場にはいたし、いざとなればフゥ君を呼んで全てに片を付けることが出来る。

 それにあの距離ならおっちゃんも呼んだら来てくれるはず。

 私には頼れる仲間が沢山いるのだ!

 でも、そんなことを知らないお兄は改めて私の顔を見て言った。

「あまり無茶なことはするなよ。お前に何かあったら父さんと母さんが悲しむぞ?」

 少し悲しげな顔でそんなことを言ってくるお兄。

 うっ……

 それを言われると弱いな。

 でも、どうしても見過ごすことが出来なかった。

 あの場には悪人に尊厳を奪われそうになった人が確かにいたんだ。

 ならば持てる力を使って助けたいと思うじゃない。

 それがお父さんとお母さんの血を引いている証であり、刑事の妹としての矜持だと思っている。

「そんなことは分かってるよ。私みたいな可愛い娘が汚されたらそりゃ悲しむよね。」

「可愛い娘はまっぱで家の中をウロウロしない。」

 !?

 私が場の空気を和やかにするために冗談めいて言ったら、そんな言葉が返ってきた。

 えっ!

 見てたの!?

 うわっ!

「さいてー!」

「うっさい!あんなもん見たくて見るもんか!」

 さいてー!

 さいてー!

 最低ーーー!

 うぅ……

 お嫁に行けない。

 ……

 いや、別に血を分けた兄に見られたところでどうというものでは無いな。

 うん。

 気にしないでおこう。

 1人でそう納得すると、私は探偵事務所を後にした後のことをお兄に話す。

 友達(?)を駅まで送っていったこと。

 本屋で立ち読みをしていたら夕方になっていたこと。

 そして橋の下であった怪事件も全て話した。

 聞いたお兄は頭を抱えている。

 そうだよね。

 探偵事務所の件もあるのに、ここでも男の人達に関わっているんだから。

 でも、ちょっと思ってたのと違う言葉が聞こえてきた。

「本屋の迷惑になるから立ち読みはするなってあれ程言ってるだろ!」

 ええーー!

 そこ!?

 いやいやいや。

 そりゃ確かにいつも言われてるけど、今そこなの?

 もっと気になる話しがいあったでしょう。

 なので私はやぶ蛇かもしれないが、素直に聞いてみることにした。

「それは分かったけど、橋の下の事はいいの?」

「ああ?それはただの妄想だろ?いい加減、目を覚ませよ。」

 そう言いながら鼻を鳴らすお兄。

 キィーーー!

 何なのその態度!

 本当のことなのに!

 霊絡みのことは全っ然信じてくれないんだから!

 じゃあ質問を変えようかな。

「2年前くらいにあの橋で自殺者とか出なかった?」

「……いたぞ。まさかその霊が出たってわけじゃ無いよな?」

「その霊だよ。で、親友だっていう人にこう言ったんだ。『あの人を止めて』って。」

 ここまで言えば信じてくれるかな?

 お兄は真剣な顔で考え込んでいる。

 ん?

 そんな悩むこと?

 何だろ。

 こんな顔をするときは、大抵何か事件のことを考えているときだ。

 もしかして、お兄が当時担当してたのかな?

 でもそんな話は聞いたことが無いよね。

 あの橋はギリギリ隣の市になってるし、当時のお兄の管轄では無かったはずだ。

 いや、管轄とか関係ないのかな。

 しかも自殺だったって事は、事件にはなっていなかったのかもだし。

 じゃあなんでこんなに考えるの?

 暫く考え込んだ後、お兄は立ち上がり私の頭に優しく手を置く。

「じゃあ俺はもう部屋に行くから。お前も早く寝ろよ。明日も休みだからって夜更かしするんじゃないぞ。後……暫くの間、あの橋には近付くな。約束だぞ。おやすみ。」

「!?おやすみ~。」

 言うだけ言ってリビングを出て行くお兄。

 あの橋に行くなって……

 やっぱり何かあったんだな。

 う~ん……

 何があったんだろ。

 気になる~。

 でも真相を突き止めるにはあまりにも情報が少なすぎる。

 自殺した男性の霊。

 その霊は2年間、あの橋の上から飛び降り続けている。

 そして、その力はとても強力だ。

 ミィちゃんですら一筋縄ではいかないだろう。

 その霊の言葉。

 あの人を止めて……

 あの人?

 ……誰だろ?

 ……

 そうか!

 きっとその『あの人』が誰だか分かればお兄が抱えている『何か』に辿り着けるかもしれない。

 そうすればお兄もこれ以上悩まないで済むだろう。

 うん!

 明日ちっちーと出掛ける約束してるから、その時にもう一度橋の近くまで行ってみよう。

 あっ、でも近付くなって言われてるしな。

 ……

 ならあの男の人達に会いに行って話を聞くのもいいかもしれない。

 あの金髪の人は話が分かりそうだからね。

 あっ、でもどこにいるか知らないな。

 まあその辺はキッキーにお願いすればいいか……

 ……

 よし!

 よし!

 さあ、いよいよここからは女子高生探偵音羽の出番だよ!

 お兄の憂いを晴らしてやろうじゃないか。

 だって……

 何だかんだで私、お兄が大好きだからね。

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