TOKYO DEEP
@IS-OSIO
RECORDED_DEATH.213
プロローグ
瓦礫の床がきしむ。酸化鉄と焦げたプラスチックの匂いが鼻腔にまとわりつく。
崩落した地下鉄構造体の合間を縫い、無名のストリーマー、『ヤクモ』は静かに身を滑らせた。
《LIVE STREAM - #SHINJUKU_AREA_3F》
[STREAMER: YAKUMO | CLASS: Unknown]
[VIEWERS: 79] [SUPPORT: ¥0]
[DEVICE: UNLICENSED / CONNECTED: “XU-Tech 3rdHand Ver.2”]
「……よし、ちゃんと映ってるな」
額の汗を革製のグローブで拭いながら、ヤクモはマイクに口を寄せた。海外製のヘッドユニットは、赤外線補助も満足に使えず、HUDの遅延すら体感できるレベルだった。
ヤクモは視線を軽くスライドさせる。そうすると、空中に浮かぶ複数のUIウィンドウが切り替わった。彼の視界に、HUDのインジケーターがブレながら展開される。
→ 【配信】タブ
表示された画面に映るのは、ヤクモの“視界そのもの”だった。彼は指で空中をなぞり、コメントウィンドウを透過表示にする。
その下では“REC”インジケーターが、赤く脈動していた。
[LIVE: 03:17] / COMMENT: 23
VIEWERS: ↓72]
ライセンスなしの個人配信──正規登録されたいわゆる“公式ルート”ではない。
だが視聴者はそんな“スリル”に飢えていた。
《画質ひでぇな》
《新宿は草》
《XU-Techってどこのデバイス?》
《どうせ海外製の安いやつだろ》
《UNLICENSEDって通報対象?》
配信は生きている。今も、観られている。
視聴者は、まさに彼の“目”となって廃墟を進んでいた。
「うるせぇな金がねぇんだよ。こっちはギリギリ違法のスリルで売ってんだ。黙って見てろよ」
左手をスライドさせ、配信画面を縮小。代わりに 【地形スキャン】タブを開く。
簡素な地図とノイズ混じりのセンサー反応。スキャン精度は45%。
壁や通路の構造すら曖昧だった。
「マッピングもゴミ。まあ、期待通りだな」
《ノイズで見づれぇけど臨場感あるな》
《どうせ死ぬなら見せ場くれや》
《なんか演出しろよ》
「演出ねぇ……これでも命懸けなんだけどな」
腰に吊るした貧弱なツール群。見た目以上に実用性もない。ARバトンはバッテリーが劣化しているし、防御フィルムは半損壊。マグシールは拘束時間最大3秒。
格安通販サイトの中古セットだった。
《そんな装備で大丈夫か?》
《闇配信なんてガチでやるやつおるんか》
通知音とともに現在地情報が自動で更新される。
“CURRENT POSITION: WEST SHINJUKU SUBSTRUCTURE ”
(現在位置:旧・西新宿駅構造)
“RECOMMENDED ROUTE: DEVIATED”
(推奨経路:逸脱)
ヤクモは自身の現在位置を確認しようと、表示されたマップをスライドする。そのとき、画面の端に赤いポップアップが浮かび上がった。
“UNAUTHORIZED DEVICE DETECTED”
(認証外デバイスを検出)
“THIS STREAM IS NOT AUTHORIZED”
(この配信は許可されていません)
「非正規、記録外、知ってるよ。それでも——」
“MONITORING MODE ACTIVE ——
CORE MEDIA SYSTEM”
(監視モード有効化/コア メディア システム)
「見てるんだろ? 上の連中は……」
[LIVE: 03:27] / COMMENT: ↑42
VIEWERS: ↑121]
その瞬間、HUD上に新たな表示。目を細め、ヤクモは画面右下の小さなドットを確認する。黒いドローンが、照明も発さず静かに彼の背後を並走していた。
[LIVE: 03:28] / COMMENT: ↑46
VIEWERS: ↑164]
「バレてても関係ねぇ……これがバズれば、それでいい」
《ワンチャン映ればバズる》
《死ぬなら目立て》
《今日の喜劇枠きた》
──突如、警告音が跳ね上がる。そして機械じみたチープな声色のアナウンス。
「ほら、きたきたっ……!」
“ENTITY DETECTED:
HUMANOID_RELICT - CLASS: B”
(人型残留体/クラス:D)
ヤクモは再び画面をスライドさせ、HUD内の【ターゲットスキャン】を展開する。認識された敵影は、崩れた鉄骨の影から這い出てくるヒトの名残りのある輪郭。だが、関節の角度も、歩行パターンも、もうそれではなかった。
“RECOMMENDED ACTI——『認証外デバイスの使用は許可されません』『この配信は記録されていません』
アナウンスを遮るように鳴り響いたアラート音と機械音声に思わず顔を顰める。
「うるっせぇ……またかよ、ナビ切ってんだけどな、マジで……!」
《AIナビ切ってんの草》
《てか非ライセンスやばくね?》
「どうせドローンで追い回して撮ってんだろ?プレビュー広告の収入よこせってんだよ……」
《公式の玩具》
《まともな金入るほど見てねえだろ》
“RECOMMENDED ACTION:
EXCLUSION / JAMMER DEPLOY”
(推奨行動:排除/妨害装置の展開)
「ジャマー?そんなもん持ってねーっての……!」
ノイズ混じりの表示がさらに崩れる。
“TYPE: HUMANOID_RELICT - CLASS: B”
“IDENTITY: ██ / ORIGIN: ██ / ████”
“∷∷∷∷∷∷∷∷”
「……おい、スキャンバグってんぞ。なんだこれ、どうすりゃいいんだ」
《これだから安物は》
《大人しく推奨機使わんから》
暗がりの中から、複数の影が動く。歪む映像に、歪んだ関節と金属片の光がちらつく。
「くそ、多いなっ! 逃げ道……マップ、マップ──!」
HUDに残された【地形スキャン】はノイズに埋もれている。信じられるのは、薄暗い光源と記憶だけ。
《逃げろ!》
《ああ、バグってる》
《あーこれはもうダメなやつ》
「舐めんな!せっかくここまで来たんだ、簡単に終われるかよ──」
ヤクモは走った。崩れかけた石柱をかいくぐり、土埃の積もった床を蹴りながら必死に逃げ道を探す。すると視界の端、ノイズ混じりのHUDに、かすれたサインが浮かぶ。
[EXIT / 非常階段]
「あれは……!」
半壊した壁面に残された、緑のピクトグラム。
そのマークを信じて、身を投げるようにその階段を駆け上がった。崩れた鉄板、軋む手すり、息を詰まらせながら──そして、扉を蹴り開ける。
目の前に広がったのは、割れたアスファルトに倒壊した建物群。満月を遠く霞む空。
地上だった。
「……っ、はぁ……!」
息を荒げ、コンクリートの上に膝をつく。
《帰ってきた!》
《生き残り確定!?》
《これはバズるかも》
[LIVE: 03:52] / COMMENT: ↑137
VIEWERS: ↑354]
HUDの“LIVE”インジケーターが一段階明るくなる。視聴者数が急増し始めていた。それを横目に、口角をわずかに上げて、ぽつりと呟く。
「へへっ……これが、演出ってやつだ……」
だが、そのとき背後で硬質な足音が鳴った。
息を整える暇もなく、視界の色が“赤”に染まる。
カツ、カツ、カツと、静かな規則正しい足音で、巨大な影が現れた。
視界の端、倒壊したビル群の影から、横歩きで。
“ENTITY DETECTED:
GUILLOTINE_CRAB / ENEMY CLASS: A”
(個体識別:ギロチンクラブ/危険度:A)
“ RECOMMENDED ACTION:
ESCAPE IMMEDIATELY ”
(推奨行動:逃走)
一言で言い表すなら──鋼鉄で作られた外骨格を持つ“機械の蟹”だった。全身が鈍い金属光を放ち、節ごとに溶接跡のような継ぎ目がある。
そして特徴的な左右差のある巨大な鋏。だが、その片方は“攻撃”に向けられていない。
自身の頭上から垂れ下がる、黒い紐。その末端を、鋏で丁寧に挟んでいた。
「ギ、ギロチン……?」
ヤクモの視線が、無意識にその紐の先を辿る。
見上げた先、空から吊るされているようにも見える、蟹が不自然に背負った構造物。
蟹——ギロチンクラブは、自分自身で処刑装置を背負っていた。
《こっち見てる》
《どっちか一つでいいだろw》
《日本人ならこいつも食える》
ギリリ、と鋏が締まる。処刑装置の吊索が引かれ、刃がゆっくりと持ち上がる。そして、地響きのような金属音と同時に落ちた。
まるで威嚇。
見せつけるような、処刑のデモンストレーション。“お前のための刃だ”と告げているようだった。
ヤクモは思わず一歩後退する。
視界のHUDの右下で、コメントが滝のように流れていた。
目を配る余裕などない。だが、チャリン、と軽快な通知音が鳴った。コメント欄の上に、ひときわ大きくログが表示される。
《SUPPORT: ¥200/
COMMENT: 頑張れw 》
「お前っ、ふざっ……」
その瞬間、画面が乱れる。
映像が歪み、視界が赤く染まり、映像は切断された。
《ERROR: CONNECTION LOST》
音声だけは、しばらく生きていた。
ノイズ混じりの中で、ヤクモの声がうっすらと届く。なにかが軋む音、叩くような衝撃音。
そして再び、鋭い金属音が響いた。
最後に残されたのは、無機質なAIアナウンスだけだった。
『認証外デバイスの使用は許可されません』
『この配信は記録されていません』
『認証外デバイスの使用は許可されません』
『記録されていません』
『■■■■■■■■■■』
RECORDED_DEATH.213
END OF RECORDING
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