ハニー・トラップ
永見 潮
ハニー・トラップ
1
「いい加減、身体に悪いですよ」
ほんの三日ほど彼女が住むマンションに足を運ばなかっただけで、さまざまな種類のはちみつが、ボトルやチューブ、瓶と形態を変えて床やテーブルの上に転がっていた。言わずもがな中身はすべて空だ。黄金色の蜜はきれいに吸い尽くされていた。
虫にではない。この巣穴の中心にうごめく彼女によってだ。
ただでさえ甘ったるい空気が滞留している中で、はあ、と重く淀んだ溜め息が零された。
「きみはそのようなつまらないことを言いにわざわざここまで来たのか? 違うだろう? 私と顔を合わせるたびにめげずに諫言を投げつけていくその心意気は感心に値するが、いやはや物事には比重があってだね、私は私にとって有益や有用でないものには目を瞑るか耳を塞ぐか触れぬようにするか鼻をつまむに限るという信条のもとで日々を生きていることからして、」
うんぬんかんぬん、右から左へとなにかが流れていった。
僕の苦言に振り返った彼女の口許には、やはりと言うかなんと言うか、小分けタイプのチューブがくわえられていた。中身はもちろんはちみつである。
この部屋に漂っている甘いにおいだけで、ともすれば口の中に砂糖の塊を突っこまれたような心持ちになるというのに、まったくこの人は、自分の主成分をはちみつだと勘違いしている節がある。
「だいだい、きみを呼びつけた理由からしてなぜそのようなことが言えるのか、私は甚だ疑問を感じるね」
「はいはい」
「はい、は一回で充分だ」
「はいはい」
「さては私をばかにしているな……?」
勘違いされては困るが、彼女をばかにしたことなんて一度たりともない。
ただ、なんというか、嗜好が趣き深いというか特殊というか常人ではないというかを単に考察しているだけであって、ばかになんて、それこそばかな。
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