第41話 種明かしと、恋の必勝法

 僕と千秋、アルテミスのために懸命になって頭を下げるデメテルとフォル。そんな彼女たちに、レーアさまから思いもよらない言葉が投げかけられた。


、お下がりなさい」


 ……っ!?凄まじい圧を発し、辺りを支配していた神力。それが次第に消え失せる。同時に、レーアさまの口調にも変化が。その声はとても穏やかで心に柔らかく溶け込んでいく。全てのものを愛し慈しむ温かさ、そんな心地良さに僕たちは包まれた。


「お母様、お願い!」

「レーア様、お願いしますっ!!」


 ほぼ同時にデメテルとフォルが叫ぶ。二人は必死のあまり、どうやらレーアさまの変化に気が付いていないみたいだ。


「二人とも、お下がりなさいな」


 再び、柔らかな口調でレーアさまが口を開く。その声色の変化に二人がやっと気が付き、慌てて顔を上げた。


「試すような真似をしてしまって、ごめんなさいね~」

「お、お母様~~~~っっ!!酷いわ!!私がどんなに……うぅっ……」

「レーア様、あまりイジメないで下さい!アタシ、もうどうしたらいいか分からなかったんですから!」


 お芝居だと分かって安心して泣き崩れるデメテル。その隣で涙を目に浮かべながらも心底、安堵した表情のフォル。


「あらあら、二人ともそんなに本気にしちゃったのね~。やりすぎちゃったかしら~?」


 涙を流す女神さまたちの頭をそっと撫で、幼子をあやすように笑いかけるレーアさま。さっきまでの威圧感が嘘みたいだ。ひとしきり撫で続け、デメテルたちが落ち着いた頃、レーアさまがこちらに向き直った。


「流星さん、千秋さん、本当にごめんなさいね~。ちょっと悪ノリしすぎちゃったみたい。別件があってここに来たんだけど、あなたたちに会ったら嬉しくて悪戯しちゃったのよ~」


 申し訳なさそうに、でも、どこか茶目っ気のある表情で頭を下げるレーアさま。


「お二人のことは、私の夢見の能力で知っていました。特に流星さんはうちのデメちゃんのお気に入りみたいだから、どんな方なのか心配になっちゃって。それで、申し訳ないとは思ったんだけれど、ちょっと試してみたくなっちゃったの~」

「さっきのはお芝居だったんですか!?はぁ……良かったぁ!こんな優しそうな神様がなんでいきなり、あんなこと言い出すんだろうって、私、ずっと不思議に思ってたんです」

「僕はそんなこと考える余裕はなかったよ。とにかく、アルテミスと千秋を守らなきゃ!ってそれだけで精一杯だったな」

「お二人とも、本当に純粋な魂をお持ちなのですね~。こんなに綺麗な魂は私でもそうは出会ったことがありません。アルテミうちの子スを救おうとして下さったその勇気と優しさ、しっかりと受け止めました。本当にありがとう。怖がらせてしまってごめんなさいね~」


 僕たちを優しい眼差しで見つめ、再度、頭を下げるレーアさま。


「レーアさま、どうか頭をお上げ下さい!もう済んだことですし、僕も興奮して酷い口を利いてしまいました。申し訳ありません」

「レーア様、私もです。神様に対してするような言葉じゃなかったと思います。すみませんでした」


 僕の隣で千秋も頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。


「そんなこと全然、気にしないで下さいな。お二人がアルちゃんを本当に大切に思って下さってるのが分かって嬉しかったわ~。特に、流星さん?あなたは一人で罰を受けるとまで仰って下さった。本当に勇気のいることだと思いますよ?それから――」


 ニッコリと微笑みながら、僕から千秋に視線を移すレーアさま。


「千秋さんも頭を上げて下さい。あんなに面と向かって堂々と啖呵を切られたのは久しぶりよ~。ふふっ、若い頃は私もよくやったわ~」


 えっ!?いまなんだか聞いちゃいけないようなことを聞いちゃったような……?ま、まぁ、とりあえずスルーしとこ。


「それにしても、やっぱりこっちの話し方の方が楽ね~。私、若い頃は少し尖ってたのよ。飛び抜けて強かったから、他の神たちが頼りなく見えちゃったのね~。それで、自分が一番だと思っちゃって、さっきみたいなキツい言葉をわざと使ってたの。皆、怖がっちゃって、それが余計に自分を増長させてたんだと思うの。私ときちんと向き合って意見を言ってくれたのは、パパだけだったわ~」


 少し遠い目をして話すレーアさま。懐かしそうに、ふふっと笑ってる。レーアさまは強気な姉御肌みたいな神さまだったのかな?ちょっと怖そうだけど、興味あるなぁ。デメテルのお父さんにも夕方、会えるのかな?なんだか少し楽しみになってきた。


 それにしても、改めて見るとレーアさまって夢みたいに綺麗な神さまだなぁ。デメテルとほんとよく似てる。優しい雰囲気はそのままに、デメテルをもっとキリッとさせた感じかな。あと、スタイルだってもっと――


「スタイルがなんですって?」


 おわっ!腕にいきなり柔らかい感触が!


「で、デメテル!?」

「ふ~んだ!こんなに心配したのに、そんなこと思っちゃうのね!いいもんいいもん」


 しまった!心を読まれる程、強く思っちゃってたか。失敗したなぁ。デメテルは拗ねながらも絡ませた腕を離そうとはせず、ちらっちらっと僕を見上げてくる。


「心配かけてごめんね?一生懸命、庇おうとしてくれてありがとね」


 僕の言葉に一瞬、ピクッと動きが止まる。そして、そっと僕を見、視線が合うと嬉しそうに微笑んだ。それからまた、さっきよりもぎゅっと強めにくっつく。ははっ、甘えてるのかな?お母さんの前だけど、今はさせたいようにしてあげよう。なんたって泣き崩れる程、心配してくれたんだもんな。


「流星!アタシだって死ぬ程、心配したんだからな!?」


 そう叫ぶフォルも、デメテルに対抗するように僕にくっついてくる。その顔は涙と安心したのとで真っ赤になっていた。


「フォルもありがとう。たくさん心配かけちゃったな。ごめんね?」


 ぎゅっと抱き着き、そのまま胸に顔をうずめるフォル。すりすりと頬をくっつける動作がこそばゆい。そんな彼女の髪をできるだけ優しく撫でながら、僕はあの時の思いを口にした。


「僕ね、実は怖かったんだ。レーアさまからもの凄く強い神力を感じたし、ほんと言うと震えが止まらなかった。でもさ――」

「失礼。お話の途中でごめんなさいね~。流星さん、いま神力を感じたと仰ったかしら~?」

「え、えぇ、はい。それが何か……?」


 ……?レーアさま、少し考え込んでるみたいだ。


「ハッ!そうだよ!!?」

「え?……あ!そういえば、そうだわ!」


 フォルもデメテルもなんだか驚いてるみたいだ。レーアさまといい、一体どうしたんだろう?


「ねぇ、どうしたの?それってさっき、デメテルたちが震えて動けなかったってやつのこと?」

「えぇ、そうよ。千秋は何も感じなかったのよね?普通はそうなのよ。魂はそもそも、神力自体持ってないんだから、感じることもないわ」

「でも、流星は感じた。なぜだ?」


 三人の女神さまたちは、揃って考え込んでしまった。


「流星さんの魂に何か変化が起きているのかも知れません。私の方でも少し調べてみるわね~」


 レーアさまの言葉に、若干の不安を抱く。僕、どうなっちゃったんだろう?そういえば、神力を感じるようになったのっていつからだ?

 思えば、今朝、アルテミスが隕石を降らせようとした時も、凄まじい力を感じた。あれはてっきり、千秋も感じてるんだとばかり思ってたけど。普通にアルテミスの頭をグリグリし続けてたもんな。もしかして、あの時のバチバチしてた光も見えてなかった?何も感じてなかったから……?


「流星さん、そんなに不安がらなくても大丈夫よ~。特段、何か弊害があるわけでもないでしょうから安心なさって」


 優しく声をかけて下さるレーアさま。僕、そんなに思い詰めた顔してたかな。ありがとうございます、と頭を下げると、にこやかに笑って頷いてくれた。


「じゃ、そのことは一旦、レーア様にお任せしようよ。それで?流星、話の続きだったでしょ?」


 少し暗くなってしまった雰囲気を吹き飛ばすかのように、一段と明るい声でそう促す千秋。


「あ、あぁ。そうだったね。え~と、そうそれで、千秋たちが天界に来たのって、元々の原因は僕なんだよね。千秋が僕に会いたいと願ってくれた。それで、アルテミスがその願いを、想いを汲み取って手伝ってくれた。だから、今度は僕が二人のためにできることをしてあげたかったんだ」

「流星……だからって、もうこんな真似は止めてくれよ?本気で魂が消滅するんじゃないかって、アタシ、気がどうにかなりそうだったんだからな……」


 弱々しく呟くフォル。空いている腕でそんな彼女をしっかりと抱き締める。しっかりと。安心させるように。


「ん……ごめんね。約束するよ」

「流星、私とも約束よ?もう二度としないでね」


 デメテルの懇願する声に、僕は静かに頷いた。


「それから、千秋もよ!?あなたのことだって、すっごく心配したんだからね!いくらライバルだからって無茶はダメよ!?」

「全くだ……アタシ、千秋が『本気度・改マジ・アンリミテッド』だなんて言い出した時はひやひやしたぜ」


 ははっ、千秋も言い出したら聞かないからなぁ。でも、あの時は一緒にいてくれたから、僕も自分を奮い立たせることができたんだよね。千秋のことだってもちろん守るつもりだったけど、結果的には守られたのは僕の方だったのかも知れないな。ありがとね。


「デメテルもフォルもありがとう。でも、私ならダイジョーブだよ!皆、まとめて守ってあげるから!」


 あははっ!と元気な声で笑い、ピースサインを見せる千秋。本当に肝が据わってるよね。全く、千秋には敵わないや。


「皆さん、本当に仲がよろしいのね~。素敵な仲間がいて本当に羨ましいわ~……デメちゃん、フォルちゃん」

「はい」

「はっ」


 レーアさまに急に呼ばれ緊張する二人。


「流星さんと千秋さんのこと、これからも頼みますね~。お二人とも迷子の魂だけど、転生はしなくても大丈夫のようだわ。天界こちらでの生活に早く慣れるように色々と手伝って差し上げてね~」


 ……っ!?


「は、はい!ありがとう、お母様!」

「かしこまりました!……やったな!流星、千秋!」

「え……っと、どういうこと?私たち、正式に天界にいても大丈夫ってこと?」


 元々、天界にこれからもいるつもりだったけど、やっぱり許可とかいるんだったのかな?


「あぁ、そうさ!実は迷子の魂も簡単な審査はするんだ。生きてる時に凶悪な犯罪を犯すやつが迷子の魂になることだってある。でも、そんな輩をのうのうと天界ここで生活させたり、転生させてやる義理はアタシらにはないからな」

「そうね。そういう魂たちは寿命死の魂と同じように審査を受けて正式に地獄へ行くことになるの。その点、流星と千秋はそんな心配はいらないわ。お母様から直々に認められたんですもの!今この時点から正式に天界私たちの仲間入りよ!」

「そうなんだ!やったね、流星!これで一緒にいられるね!」

「なんとなく天界にいてもいいのかなって思ってたけど、正式に認められて嬉しいな。ありがとうございます、レーアさま!これからよろしくお願いします」


 お礼を言うと、軽く頷いてことさら穏やかな眼差しで見つめられた。そして、こちらこそよろしくお願いしますね、と慈愛に満ちた声で言葉を返して下さった。

 これからの生活が楽しみだな。神さまの食事改善のこともあるし、腰を据えてやりたいと思ってたんだよね。


「あのー……レーア様?一ついいですか?」


 千秋が唐突に話し出す。


「はい、何でしょうか?」

「アルテミスが能力を使ったことについてなんですけど、私の願いは能力の使用条件に当てはまってるんでしょうか?もしかしたら、本当は対象外でさっき、怒ってたのも本当はお芝居じゃなかったのかなって……ちょっと思ったんです」


 そんな……まさか!?ふいにレーアさまが、ふふっと笑い、千秋を真っ直ぐに見つめる。


「あなたは勘の鋭い方のようですね~。確かに、アルちゃんは。けれど、それは千秋さんのことではないのです。だから、どうか安心なさって下さいね~?」

「えっ?で、では、初めに仰ってた『条件を忘れたわけでは』の下りはお芝居ではなかったということですか?」

「流星さん、凄いわ~。大当たりよ~!」


 ぴんぽ~ん!と腰に手を当て人差し指を立てて、可愛らしくポーズを取るレーアさま。やばっ!すっごく可愛い!

 そういえば、なんか見たことあるなぁ、このポーズ……そうか!デメテルがよくやってるやつだ!お母さん直伝だったのかな?


「ちょっと、流星!いまお母様に見とれてなかった?」

「流星にはアタシたちがいるだろ?ほら、柔らかいところだぞー」


 二人の女神さまがそう言って、再びぎゅっと両腕にしがみついてくる。おぉ!天界の至宝が同時に四個も!?その柔らかな感触に浸っていると――


「私もいるってこと忘れないでよねー」


 千秋が正面に周り、天界産に勝るとも劣らないその純日本産の果実をむぎゅっと押し付けてきた。こ、これも中々……彼女たちの甘い香りが辺りに漂い、夢心地な僕。レーアさまの前なのにいいのかな?これ。


「デメちゃん、いくら好きな殿方だからって、あまりはしたない真似はダメよ~?」

「だって、お母様……」

「あなたたちの関係はなんとなく分かるわ~。詳しいことは夕方に教えてもらうけど……そうね、その時に、好きな殿方が自分だけを見てくれるようになる、とっておきの技を伝授してあげるからね~」

「あー!レーア様、ずるいです!ご自分の娘だからって!アタシだって流星のこと本気なんです……!」

「レーア様!私も!私も教えてください!流星の一番になりたいんです!」


 そんな嬉しいアピール合戦をしてくれる三人の彼女たち。そんな僕たちの様子に、レーアさまは顔を綻ばせながら口を開いた。


「あらあら、流星さんはモテモテですね。青春だわ~。じゃ、あなたたちに一つだけ先に教えてあげる。いい?恋愛を勝ち抜くのに必要なのは、素直さでも相手を思いやる優しさでもないのよ~?そんなのは付き合った後でいいの。天界には古くからこんな格言があるわ~。いいかしら?『恋する乙女の渾身の一撃クリティカル!矢でも槍でも拳でも!愛する貴方を必ず穿うがつ!』これが必勝法よ~」


 ……えっ!それだと、、そういった意味になりません!?


「「「ありがとうございます、レーア(お母)様!!」」」


 ありがとうございます!?それもおかしいよね?


「さっすがレーア様だぜ!仰ることが違うなー!」

「お母様、ありがとう!これで流星の一番になれます!」


 え?どれで?デメテル、何する気?


「レーア様、ありがとうございます。天界の格言は素晴らしいですねー!恋に遠慮も情けも無用、追い詰めたが勝ちってことですよね!?アリアさんに早速、習わなくっちゃ!」


 ち、千秋!?何を習うつもりなの?ちょっと解釈、おかしくない!?


「三人共、頑張って~。青春ってやっぱり尊いものなのね。私も若い頃、パパを仕留めた……いえ、射止めたのを思い出すわ~」


 いま、って仰いませんでしたか!?僕、この先どうなっちゃうんだろ?あ~ぁ、アルテミスの屈託のない笑顔に癒してもらいたくなっちゃったなぁ。

 あれ?そういえば、アルテミスがさっきからいないけど、どこ行ったんだろ?アリアさんとディオニュソスさまもいなくない?


「お母様たち、お話終わった~?」


 んん?ふいに頭に届くアルテミスの声。あれ?なんだか聞こえ方が耳からじゃないような……?振り向くと――


「皆様、どうぞ、こちらへいらして下さいな。もう間もなく準備が整いますわ」

「レーア様もどうぞ、こちらに。いつもの葡萄酒の他に、白ブドウから造った新作のブランデーもご用意いたしました」


 少し離れた部屋の奥で、アリアさんとディオニュソスさまが広めのテーブルにいくつものお酒や軽食の準備をしていた。そして、その傍らではとってもリラックスした様子で椅子に腰かけるアルテミス。しかも、ブドウジュースを美味しそうに飲んでるし。


「あれ?頭に直接響くようなこの感じって……?」

「流星、大丈夫よ。ディオニュソスが通信で私たち全員に聞こえるように話しかけただけだから。彼、大きな声を出すタイプじゃないし、アリアさんの声もその方がこっちに届くものね」

「そうなんだ?教えてくれてありがとう」


 僕の疑問にすぐさま、デメテルが教えてくれる。多人数同士での電話みたいなものか。ディオニュソスさまの通信網にいる僕も、いまは声を出さずに話しかけることができるらしい。心の中で相手を思い浮かべて話してね、と付け加えて教えてくれた。そんなこともできるなんて凄い!

 それじゃ、せっかくだからやってみようかな。


「あ、アルテミス?聞こえる……?いつからジュースもらってたのかな?」


 念のため、一応、まさかとは思うけど、聞いてみる。


「聞こえるよ~!ん~とねぇ、お母様が『デメちゃん、フォルちゃん、お下がりなさい』って言ってた時くらいかな?」


 それって、レーアさまが種明かしを始めた時からじゃない!?よくそんな状況でジュースもらったね!?アリアさん達も凄いな。お酒をご馳走してくれるのは嬉しいけど、よくそのタイミングで準備しようという決断ができましたね!?

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