タグ付けと視聴者確保は欠かさずに
圧勝だった。
クロウと名乗った男はAAで身体を強化し、こちらへ凄まじい速度で殴りかかってきた…が、言ってしまえばそれだけだった。単調で動かない的を攻撃するかのような拳、インシディアスを使う事すら無くカウンターの刃が一撃で彼を沈めた。
「…対戦どうもありがとう。」
ガイドに従って手元のUIを操作し、クロウから得たポイントを確認する。たった数秒の試合でも小銭くらいは稼げるみたいだ。
「じゃ、俺はこれで――」
踵を返そうとしたその時だった。
「待って!」
澄んだ声が背後から響く。振り返ると、さっきの白髪の少女がじっとこちらを見ていた。
「まだ何か?」
「あなた、もしかして……"マサムネ"?」
少女は俺の顔を見上げながら、まるで確信したような口調で尋ねてくる。彼女もあの大会に参加していたのか、はたまた配信を視聴していたのか。
「そうだよ。」
「やっぱり!すごい……こんなところで会えるなんて。」
少女は目を輝かせた。
「ずっと気になってたんだ、どうやってインシディアスを使いこなしてるの?」
「どうやっても何も、俺はまだサイバースに来たばかりだからよく分からないままなんだ。」
「本当に初心者だったんだ…!まさに天性の才能ってことだね。」
俺と話す彼女は興奮した様子で拳をぎゅっと握りしめる。そしてすぐに表情を引き締め、真剣な顔で俺に向き直った。
「助けてくれて本当にありがとう。クロウは今まで大きな挫折を味わったことがないせいで、少し天狗になってたの。」
「お礼がしたいんだけど…私に何かできることはない?」
お礼…別に見返りを求めたわけじゃないけれど、せっかくの申し出を無下にするのも悪い気がする。少し考えてから、あることを思いついた。
「じゃあ…配信の仕方を教えて欲しい。」
「なんだ、それくらいならお安い御用だよ!」
「私は『スノウ』、よろしくね。」
スノウ。そう名乗った彼女は、凛とした表情や雰囲気からは想像もつかないほど饒舌になった。なんでもプロの試合を観戦する事が趣味の一つで、彼らの試合や会話をメモに取るうちにノーマルランクでも上位帯のチームに招待を受けたらしい。
「でも前のリーダーが引退してから、クロウがあんな風になってしまって…」
「なるほど、そういうことだったんだ。」
「あ、ごめん。配信の仕方だったよね。ネクサスはインストールしてある?」
「あぁ、だけど編集する場所が多すぎて何が何だか分からないんだ。」
「なるほどね、じゃあ基礎から教えるからよく聞いて。」
スノウはスマートな手つきで、自分のデバイスを操作しながら説明を始めた。
「まず、ネクサスの配信モードは二種類あるんだ。ライブ配信と録画配信。マサムネはどっちをやりたい?」
「ライブの方かな。編集とかは得意じゃないし。」
「オッケー。じゃあ、ここの設定を開いて…あ、待って、配信タグはちゃんと設定しないと。適当だと変な視聴者が来るよ。」
「変な視聴者?」
「うん、例えば初心者配信なのに『無双プレイ』みたいなタグをつけちゃうと、勘違いした視聴者が暴言を吐いたりね。」
「なるほど…そこは気をつけよう。」
スノウは笑いながら頷くと、次々に必要な設定を教えてくれた。意外にも実用的な知識が多く、ただ戦うだけではない配信者としてのスキルが問われることに気づかされる。
「最後に、コメントへの対応についても説明するね。視聴者との交流が人気の秘訣だから。」
「交流か…。」
学校も行かず働き続けてきた自分が誰かと積極的に会話をする姿が、いまいち想像できない。スノウはそんな俺の様子を見抜いたのか、ニヤリと笑った。
「マサムネって、クールに見えて意外と真面目だよね。」
「どういう意味だよそれ。」
「こういうことをちゃんと考えてるってこと。ほら、配信なんて適当にやる人も多いのに、真面目に学ぼうとしてるじゃん?」
少しだけ言葉に詰まる。俺は人望が欲しいだとか、億万長者になりたいだとかそういった野望はない。だけどだからといって適当な気持ちで始めようとは思っていない。どうせやるならしっかりとやりたい。そういう性格なのだから。
「悪いことでは、無いと思ってる。」
「もちろん!素敵なことだよ。」
スノウは朗らかに笑った。その笑顔は、さっきまでの戦いの緊張をすっかり忘れさせるほど柔らかく、暖かかった。
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