第13話 ガイアーク
「う、嘘……そんな」
私は、アレスに地図を取られたことも忘れ、崩れるように膝から落ちた。
悪魔が……この街にやってくる?
そんなこと、想像したこともなかった。
「エリス様! 城へ戻りましょう!」
慌てたようなハクの言葉に、エリスは静かに頷く。
「アレス様、アグリさんもご一緒に」
一庶民である私とアレスのことまで心配してくれるエリスちゃん。なんていい子なの。
ん? ちょっと待って……そうよ! アレス! アレスがいるじゃん!
私は隣で呑気に欠伸をかます色男に視線を送る。この一大事に、なんて緊張感のないヤツなのよ……。
自分のことを神だと思い込んでいる変人だけど……強さは本物。だって、あの聖騎士団の副隊長を軽々と倒しちゃう人間なんて、十八年生きてきて出会ったことがないもん。
それに、なんだかんだで私やハクを助けてくれた。今回だって、悪魔を倒すために動いてくれるはず……。
「んじゃ、俺は行くわ」
なんて淡い期待をした私が馬鹿だった!
「アレス! なんでよ! 悪魔が襲撃してくるのよ?」
「……それが?」
「このままじゃ、多くの罪のない人たちが死んじゃう!」
「……だから?」
「助けようって思わないの? アンタには、みんなを救える力があるでしょ!」
私の必死な叫びに、こともあろうにアレスは鼻で笑ってみせた。
「人間がどうなろうと俺には関係ねぇ。興味もなければ、助ける理由もないんだが」
「神様なんでしょ! だったら、私たち人間を助けるべきじゃないの!」
「なんだそのルール」
アレスは呆れたように小さくため息をつく。くぅぅ……ムカつくけど、このイケメンは悪態すら絵になってしまう。
「アグリさん、いいんです。確かにアレスさんの力があれば、被害は少なくなるかもしれません。ですが、彼が僕たちに協力する義務はありません」
ハクは冷静に、私を諭すように優しい口調で続ける。
「それに、この国には僕たち聖騎士団がいます。みなさんの命は、僕たちが守ってみせますから」
「ハク……」
「んじゃ、俺はもう行っていいよな?」
愛国心溢れるハクの言葉が台無しよ。私の感動を返せ。
「はい。心配など不要でしょうが、どうかご無事で」
アレスは「おう、んじゃな」と軽く手を振り、私たちに背を向け、あっという間にいなくなってしまった。
「アグリさん……着いていかなくて、よかったんですか?」
……あっ。
忘れてた。というか、本気でアレスが協力しないとは思わなかったから、着いていくなんて発想にならなかった。
「……あの、私も一緒に避難していい?」
罪人という立場で、図々しくエリスちゃんにお願いしてみる。『商人は常に図太く』。これもお爺ちゃんの口癖だ。
「もちろんです!」
ああ、なんていい子なの。
どっかの馬鹿にも見習って欲しいわ、まったく。
アレスと別れた後、私たちは城へと続く階段を登り、玉座の間を目指していた。
「エリス様、僕はここで離脱します」
先頭を走っていたハクが足を止め、私たちにそう告げた。
きっと罪人として拘束されていた彼は、聖騎士団員たちがいる玉座の間には行けないんだとわかった。
「ハク……」
「大丈夫です。僕は必ずあなたのそばにいます」
ハクの言葉に、エリスちゃんも静かに頷いた。
「アグリさんも、ご無事で」
「ありがとう。ハクもね」
ハクは笑顔を見せてくれた。
「オルガ、コルガ。姫様のことを頼む」
「……合点」
「……承諾」
最後尾にいる双子は、酷く悄然した様子だった。結局、アレスのせいでしばらくは必殺技みたいなやつは使えないのが原因だろう。
そんな二人の肩を軽く叩き、ハクは階段を降りていった。
「さぁ、玉座はすぐそこです。急ぎましょう」
再び走り出したエリスちゃんに、私と双子も続いた。
「エリス! 無事だったか、心配したぞ」
「お父様!」
玉座の間に到着するやいなや、エリスちゃんのお父さんである国王様がこちらへと小走りでやってくる。その表情からは安堵の様子が見て取れる。
二人はギュッと抱き合った。
「悪魔は、街の人たちはどうなったんですか?」
「ワシもまだ状況は把握しきれていなくてな。ただ、聖騎士団の話では近くの森から大量の悪魔がこちらに向かっているようだ」
「陛下! ご報告です!」
エリスちゃんと王様の会話に、聖騎士団員が割って入る。
「先ほど、大広場に悪魔が現れた模様。既に逃げ遅れた国民に被害が出ているようです」
大広場……私がいつも露店を出している場所の近くだ。
そんなところにまで、悪魔が来ているなんて。
「とにかく、ここにいれば安心だ。我らが聖騎士団を信じて、事態が良くなるのを待とう」
王様の言葉に、私とエリスちゃんは頷いた。
……はぁ。
小さなため息をついてから、私は床に座り込んだ。
街がどうなっているのか……それを想像しただけで身震いする。
悪魔は恐ろしい存在。幼い頃に聞かされた、お爺ちゃんの話を思い出す。
『いいか、アグリ。悪魔にだけは近づいちゃダメだ』
『悪魔?』
『うむ。人間にとって一番恐ろしい存在だ。ワシも若い頃に襲われたことがある』
『そうなの? 無事だったの?』
『ああ、運が良かった。偶然にも、近くを通りかかった男に助けて貰ったんだ』
『じゃあ、その人がいなかったら、私も生まれてなかった?』
『そうだ。ワシの相棒で、命の恩人だった』
『どんな人だったの?』
『それが面白いヤツでな。そやつは自分のことを――』
「アグリさん?」
ハッと我に返って顔を上げると、エリスちゃんの綺麗な顔があった。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと参っちゃって」
「こんな状況ですもんね」
エリスちゃんは私の隣に座り込む。
「悪魔が襲ってくるなんて、考えたこともなかったもん」
「私もです。でも、ここにいれば大丈夫! 聖騎士団の方々が守ってくださいますから!」
彼女は励ますように私の手を掴んでくれる。
「エリスちゃんは前向きだね」
「私、昔はすごくネガティブで……だから、今度はもっと前を向いて生きていくって決めたんです」
「そっか……私も見習わないとね。よっし!」
私は頬をパンパンと叩き、気持ちを切り替える。
「決めた! このピンチを乗り切ったら、私は国を出て旅をする!」
「旅、ですか?」
「そう! 世界各国に名を轟かせるような大商人になるの! お爺ちゃんみたいに!」
それは、小さい頃からの夢だ。
お爺ちゃんが他界し、生きていくのに精一杯だった今では忘れてしまっていた夢。
「それじゃあ、私は父や母のように、この国を豊かに出来る人間になりたいです!」
私とエリスちゃんは、どちらからともなく手を取り合い、互いを励ますように頷き合う。
――その時だった。
ビシッっという大きな音と共に、天井に巨大な亀裂が入る。
「きゃ!」
「な、なんだ!」
亀裂はどんどんと大きくなり……そこから、一つの黒い影が落ちてくる。
大理石の床にヒビを作って着地したのは……漆黒の体を持つ大男――悪魔だ。
「……ここにいましたか、アジーア王」
悪魔は岩のようにゴツゴツした顔を持ち上げ、赤い瞳で国王を睨みつける。
自分が睨まれているわけじゃないのに、体が震え上がる。
怖い……心の底からそう思った。
咄嗟に双子が国王を守るように割って入る。
「お前は」
「何者だ」
「我が名はガイアーク。魔王軍の幹部でございます」
ガイアークと名乗った悪魔は、違和感があるほど丁寧に頭を下げる。
「魔王軍の幹部が、なぜこんな辺境の地に……」
「今回の侵略は私か指揮をとっていましてね」
「なぜお前たちは人間を襲う? 我々は共存出来ないのか?」
「それは不可能です」
国王の必死の問いかけに、ガイアークは失笑を返した。
「貴様!」
「成敗!」
双子は槍を構え、ガイアークに飛びかかる。
「ハエどもが」
私の視界に飛び込んできたのは、残虐という言葉が似合う光景だった。
大きな鎌の一振りが、双子を同時に捉えていた。彼らの体には無数の傷が生まれ、血を吹き出しながら崩れ落ちた。
「我々が相容れない理由は一つ。あなた方が弱いからです。弱肉強食、それが我々の絶対的なルールですから」
倒れ込む双子にトドメを刺そうと、鎌を振り上げる。
「私たち人間は違います!」
誰もが押し黙る中、声を上げたのはエリスちゃんだった。
「弱き者を助け、守る! それが人間です!」
「だから、人間は弱いのですよ」
ガイアークは呆れたように首を振り、それから巨大な鎌を肩にかけた。
「己の無力さを知ってもらうために、あなたから死んでもらいましょう」
「ま、待て! 私の命ならくれてやる! だから、娘には手を出さないでくれ!」
ガイアークは国王の方を見て、ニヤリと笑う。
「エリスちゃん! 逃げて!」
私の叫びと同時に、ガイアークは大理石の床を蹴る。
速い、なんて表現が生ぬるいほどの速度で、漆黒の体がエリスちゃんの前に迫る。
「さらばだ、王女」
「私は、あなたたち悪魔を許しません」
次の瞬間、激しい閃光がエリスちゃんの胸元から放たれる。まるで、アレスが変な力を使うときみたいな光だった。
「なんですか、それは?」
ガイアークは足を止め、大きく距離を取ってから問う。
「神様から頂いた、戦うための力です」
エリスちゃんは大きく息を吐き、続けた。
「《天使化――エンジェル・トランス――》」
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