第8話 ため息しか出ませんよ〜宰相マクスウェル〜

 王妃様が毒杯を飲まれた事件以降、王宮の中で私に対する視線が生温かいものとなってしまった気がする。宰相として時に非情な決断を下したり冷徹な態度を取ることも多かったので、これまでどちらかといえば恐れられていた自覚はある。それがみっともなく取り乱し子供のように泣いた姿を見られたせいか、特に女官やメイド達とすれ違う際に会釈の中に母親のような柔らかさが混じるようになった気がしてならない。

 まあこれからの王家の運命とそれに伴うあれやこれやの中で、再び私を冷徹宰相と認識させるような決断も多く出てくることだろう。目の前に座る愚かな息子の処遇を見ればおよそ今のような『実は優しい宰相』というレッテルは剥がれ落ちるに違いない。


 「それで、どうするか決まったのか?」


 先日のように私を糾弾するような目ではなく、それどころか目を合わせようともしない息子に発言を促す。


 「……話し合いを行います」

 「…………」


 想定していた中で下から数えた方が早い愚かな対応をするであろう息子に内心でため息をつく。


 「ミーナと話し合えばエルンストもミーナを聖女と認めるはずです。そうすればミーナの聖女の力をエルンストに伸ばしてもらうこともできる」


 ミーナ嬢が色々と残念な結果を出していることは報告を受けている。その上でこの提案とはつくづく残念な育ち方をしてしまったと自らの力不足を悔いる。思えばこの息子の母親も色恋に熱中して人生を棒に振るタイプの女だった。捨て台詞と共に若い商人と駆け落ち同然に出ていったかつての妻を思い出して何度目かのため息をつく。


 「ミーナ嬢の聖女の力が足りないということか?何かそういう判断をすることでもあったのか?」


 意地悪な問いだがそれ以外に聞きようがないのだから仕方ない。呪いをかけられた陛下や殿下の解呪をできなかったミーナ嬢が苦境に立たされているのは自業自得なのだから。


 「……今のミーナの力では殿下の呪いを解くことができませんでした」

 「陛下もだろうが」

 「申し訳ありません。陛下と殿下の呪いを解くことができませんでした」


 よりにもよって陛下を二の次に扱うなど不敬が過ぎる。このバカ息子の優先順位は陛下よりも殿下が上なのか。いや、ミーナ嬢が一番で二番目はどうでも良いのだろう。


 「それで?言いがかりをつけてきた相手をエルンストが教育すると思っているのか?」

 「今のままでは無理でしょう。しかし私もミーナも直接エルンストと対立したわけではありませんので、交渉に臨むことができれば私が責任を持ってエルンストを説得して見せます」

 「言いがかりをつけたのは殿下であってお前達ではないと」

 「はい。その通りです」


 殿下を悪者にして自分達は無実であると主張するわけか。しかしエルンストは息子達がピヨピヨと甘い語らいをしている姿も確認していることだろう。ミーナ嬢が思わせぶりな態度で殿下や側近達全員と恋愛スレスレの友情を育んでいたのは私ですら把握しているのだ。そのミーナ嬢にユーフェミア嬢を貶めるつもりがなかったなどという理屈が通用するはずはないだろう。


 「…………」


 しかしそれ以外に打つ手がないのも事実だ。せめて足掻くことをさせてやらねば私も父親としての責任を放棄したことにもなる。


 「私としては誠心誠意の謝罪こそが必要だと思うが、どうしても交渉の方がいいのか?」


 呪いを受けたのが陛下と殿下だけという温情を示された今、ミーナ嬢が聖女であるとなおも主張するのは温情を無下にするにも等しいわけだが、謝罪するということはすなわちミーナ嬢が聖女であるという主張を引っ込めることでもあり、息子はそれが受け入れられないのだろう。


 「交渉の結果によってはお前も報復の対象になるぞ?せっかく温情をかけられたのにそれでいいのか?」

 「はい」


 即答と共にまっすぐな目で私を見る息子に最後のため息をつく。自らの身を顧みず愛を取るのは母親譲りなのだ。それは毎日のように痛感している。もはや息子の運命は息子自身に委ねるほかあるまい。


 「そうか。エルンスト伯爵からは陛下と殿下を対面の場に引き摺り出すよう頼まれているから、その前にお前達と話してくれるよう私から頼んでおく。いつ応じられてもいいよう備えておきなさい」

 「ありがとうございます。必ずミーナを聖女と認めさせて見せます」


 どこまでも真っ直ぐに間違えている息子に最後の最後のため息をついた。

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