100回死んで覚醒した悪逆貴族、ヤケクソで死亡フラグ回避を諦めたら無双モードに突入した

斧名田マニマニ

第1話 101回目の人生は好き勝手やることにした

「……もうこれで100回目か。いい加減、うんざりだな」


ノクス・アルヴェインは、群衆のざわめきを聞きながら自嘲気味に溜息を零した。


ここは王都の中心にある公開処刑場。

ノクスは今、庶子である腹違いの兄ジークハルトの策略によって『悪逆貴族』として仕立て上げられ、斬首刑にされようとしている。


詰めかけた野次馬たちの中、兄は最前列に陣取り、満足そうにほくそ笑んでいる。

半分だけでも血の繋がった者とは思えないほどの憎しみと嫉妬が、兄の全身から滲み出ていた。

何度もノクスを陥れ、何度もノクスを殺し、兄はそのたびに笑いながら勝利を噛みしめるのだ。


——やがて時は満ちた。


刃が容赦なく振り下ろされる。

空気を裂く音。

刃が首に触れる冷気。

鋭い痛み。


最期の瞬間、ノクスは小さく笑った。

もはや恐怖も怒りも感じない。

何十回と同じ場面を体験してきた者だけが浮かべることができる虚ろな笑み。ノクスの目には諦観と、先の展開を読み切った冷静さが宿っている。


(殺されるのにも、さすがに飽きた)


——そして、意識は途切れた。


◇◇◇


「……戻ってきたか。はぁ……まさか、101回も人生をやり直すことになるとは」


自室のベッドに寝転がったまま、ぼんやりと呟く。


今日は、王国暦1870年5月10日の朝。

ノクスが王都の広場で処刑された日の10か月前だ。

ノクスはどういうわけか、死ぬたびこの日の朝に戻ってきてしまうのだった。


謎のループに嵌まり込んでから、様々な形で死を迎えてきた。

処刑、毒殺、絞殺、刺殺、溺死に焼死。

死因も、死ぬ日もバラバラだったが、いつも戻ってくるのは、この朝なのだ。


それにしても、なぜループし続けているのか。

理由は未だにわからない。

運命の悪戯なのか。

それとも何らかの意思が働いているのか。

原因を探ろうと躍起になったこともあるが。


「もはやどうでもいいな」


目を開けてまず視界に映るのは、毎回、ひび割れた天井だ。

隅には蜘蛛の巣がかかっている。

アルヴェイン家の屋敷は、人手不足と資金難のため、掃除が追いつかないのだ。

それに修復も。

その証拠に、ぽつぽつと響く雨漏りの音が、部屋の隅で不規則なリズムを刻んでいる。


この屋敷の様子からは、微塵も感じられないが、かつてのアルヴェインは名門貴族だった。

だが、兄の裏切りと策略によって、一族は没落してしまったのだ。


急激な零落と、長年築き上げてきた家名が一瞬にして地に落ちる様を目の当たりにした父は、深い絶望の淵に沈み、ついには失意のうちに息を引き取ることとなった。


父の葬儀が終わり、5日だったのが今日だ。

ノクスのループは、必ずこの日の朝からスタートする。


死のループを繰り返してきたこの101回の人生で、ノクスは何度も兄に復讐を誓い、討伐の計画を練った。

失われた家名の名誉を取り戻そうと奔走し、味方を増やすべく奮闘した。

しかし、そのたびに巧妙な罠にはまり、むしろ『悪逆貴族』としての汚名を深めることになった。


復讐に燃える日々も、正義を標榜する高潔さも、名誉にこだわる貴族としての矜持も、そして何もかもが今となっては茶番のように馬鹿馬鹿しく思える。

それらに縛られていた自分こそが、最大の愚者だった。


100回も努力したのだ。

さすがに十分だろう。

徹底的にやり尽くしたといっても過言ではない。

それでも、何をしたって状況は変わらなかったのだ。

どれほど周到に計画を練っても、どれほど注意深く行動しても、どれほど賢明な選択をしても、結局は同じ結末に辿り着く。


「だったら、もう、どうにでもなればいい」


ノクスはやけくそを起こし、開き直った。

もはや悟りに達したような境地だ。

執着から解放された精神には、不思議な清々しさがあった。

長い間背負っていた重荷を下ろしたかのような軽やかさを感じる。


悪逆貴族扱いがなんだというのだ。

他人の評価や世間体に縛られる必要などない。

今生は、気ままに生き、そして殺されよう。

一生このループの中に閉じ込められるとしても、その運命ごと嘲笑ってやる。


ノクスがそう腹を括った直後――。


「ノクス様、お目覚めでしょうか?」


不意に、耳に馴染んだ声が聞こえてきた。

扉が少し開き、両肩に栗色の三つ編みを垂らした少女が、ひょこっと顔を覗かせる。

身に纏っているのは、メイド用の黒いワンピースとレースのエプロンだ。

小柄な体格をした彼女は、小動物のような愛らしさを漂わせている。

彼女はこの没落した屋敷で唯一残った使用人のリリィだ。


「お食事をお持ちしました」


リリィが手に持つ木の盆の上には、硬そうな黒パンと薄いスープが載っている。

ノクスはそれを一瞥すると、皮肉げに呟いた。


「いつものメンバーのご登場か」

「うっ……。す、すみません。市場の物価が高く、毎回こんなものしかお出しできなくて……」

「謝るな。リリィを責めてるわけじゃない。自分の不甲斐なさにげんなりしているだけだ」

「ノクス様……。あの、でも、ほら、スープはできたてホヤホヤなので。温まりますよ! ……それと、黒パンですが」


リリィがおずおずと視線を落とす。


「一応、最後のひとつが残っていたのでお持ちしたんですけど……その……カビが……」


そう言って差し出された木皿には、薄緑の斑点が浮いた黒パンが載っていた。

乾ききってひび割れた表面から、貧しさが滲み出ている。


「食べないほうがいいとは思うんですけど……でも、これしかなくて……」


申し訳なさそうにリリィがしゅんと項垂れる。

ノクスは肩を竦めると、スープのほうを一口啜った。


「……お湯だな」

「スープです! ものすごくわずかですが野菜くずと塩を入れました!」


リリィが必死に弁明する。

その様子に、ノクスは思わず笑った。


以前は、屋敷に多くの従者が仕えていたが、貴族の地位が失墜し、家の財産が奪われるにつれて、彼らは次々と去っていった。

しかし、リリィだけは違う。

リリィは一切の迷いを見せることなく、ノクスに仕え続けてくれているのだ。


もちろん、ノクスは申し訳なく思い、何度もリリィに暇を出そうとした。

この没落した貴族の館で過ごすよりも、もっと明るい未来があるはずだと。

その度にリリィは、きっぱりと拒否した。

時には「行く当てがないんです」と笑いながら。

時には「ノクス様のそばにいることが私の望みです」と告げてきた。


たしかにリリィは天涯孤独の身である。

彼女は、幼い頃に両親を亡くし、アルヴェイン家に引き取られた孤児だった。

でもリリィのように有能なメイドなら、間違いなく引く手数多なはずだ。

王都の中でも評判の良い使用人は常に需要がある。

リリィなら、高給で迎えられることは間違いなかった。

リリィは、料理や掃除、裁縫に至るまで何でもそつなくこなす働き者だ。

何よりリリィの明るく前向きな性格は、接する者に光を与えてくれる。


しかし、不思議なことに、ノクスが暇を出そうとするときだけは、いつもの明るさが消え、リリィは寂しそうな横顔を見せるのだった。

その表情を見るたびに、ノクスの心は痛み、それ以上強く言い出せなくなった。

本当は自分の不幸な運命に巻き込んで、リリィに苦労なんてさせたくないのだが……。


そんなリリィは、ノクスが質素なスープを飲みながら笑ったのを見て、意外そうな表情を浮かべた。


「ノクス様、なんだか憑き物が落ちたみたいです……!」

「ああ、まあ、そうかもな。没落した貧乏生活がなんだというように、開き直ったからな」

「え?」


リリィが驚いたようにノクスを見上げる。

今までのノクスは汚名を晴らそうと必死だったから、リリィには意外に思えたのだろう。


「兄を討とうとか、家名を取り戻そうとか、そんなことはどうでもよくなったんだ」


ノクスは窓を見やった。

外の世界はまだ朝靄がかかっていて、壊れた窓枠の隙間から、王都の冷たい空気が屋敷の中に入り込んでくる。

不思議とそれを清々しく感じた。


「貴族の誇りや名誉なんかにこだわるのは、もうやめた。俺は気ままに生きる」

「……ノクス様、変わりましたね」

「そうか?」

「はい。とても素敵だと思います! ノクス様ののんびり没落生活、私、全力でお支えしますね!」

「のんびり没落生活ってなんだよ……」


呆れながら苦笑する。


(でも、この緩い感じ、まったく悪くないな)


そう感じた矢先だった。


「おい! このボロ屋敷のゴミ貴族はいるか!」


屋敷の外から、怒鳴り声が響く。


「……また来たか」


ループ直後、こうやって『奴』が尋ねてくる展開は、お決まりのものだった。


「ノクス様、失礼します……! 私が対応してきますので……!」


ノクスは自ら対応するつもりだったのに、彼が席を立つより先に、リリィは部屋を飛び出していってしまった。

恐らく、ノクスに不快な思いをさせたくないと焦ったのだろう。

しかし、あの不快な連中を、リリィ一人に押しつける訳にはいかない。


口元をナプキンで拭ってから、立ち上がる。


「さて、今生はどうなったって構わないんだ。だったら……少し、遊ばせてもらうか」


椅子から立ち上がったノクスは、朝食の残りのパンを掴むと、薄暗い廊下へと踏み出した。


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成長したらどうなるか、俺にもまだわからない。

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