SHORT NIGHTS
山下南蛮
第1話 リョウコ
どうやら、世の中にはツキとか運とかがあって、まさにそれに私は見放されたらしい。そう、運悪く。
小さな不運はまた一つ小さな不運を呼び込んで、その不運がまた別の不幸を招くような気がする。こうした具合が一番心にも体にも悪い。心のバケツにはストレスがすでに溢れんばかりに溜まり、ちょっとした拍子にあふれ出すのだ。
私の場合それは、バスの最終に乗り遅れた事だった。駅の階段を駆け降り、バス停にたどり着いた時、走り出す最終バスのテールランプを見て私の頭は真っ白になった。胸がきゅっと縮まり、堰を切ったように涙が溢れてきた。私はバス停のベンチに崩れるように座り込んだ。そして、さまざまなことが頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。
彼が突然、深刻に語り出した事。その後ろにあった映画館のポスター。目の奥が熱くなり、周りの景色がぐるぐると回り出す感覚。待ち合わせの場所ではしゃぐ私、そしてなぜかそわそわしていた彼。今日見た映画のセリフ。そして、別れ話。
彼の声が頭の中でぐるぐると回って、それが鎌倉の大仏さまの中みたいにガランドウな私の中で響いていた。
私は映画の中で向かい合う二人を遠くから眺めているようだった。彼のセリフは私を擦りぬけて、寒空の下にぷかぷかと浮かび、私は地面を見つめていた。そして私は何も考えずに彼の言葉にうなずいた。
私はとにかく早くその場を離れたかった。これまで「もしかしたら」と別れの可能性を想像した事もなくはなかったけど、私は真剣にはその事を考えてこなくて、彼が丁寧に慎重に言葉を選んで話してくれた理由は元より、その結果としての別れも理解したくなかった。
本当にただ、その話を早く切り上げ、一人きりになって頭の中を整理したい、本当にただそれだけしか浮かんでこなかった。
ついさっき、さよならをした時の彼の顔がよみがえる。私は笑顔で彼にバイバイと言った。それまでずっと辛辣な表情を浮かべていた彼は、少し安心したようなそれでいてさびしそうな笑顔を浮かべて、「うん」と言った。
どちらが悪いのではないのだろう、疑問も怒りも感じなかった。私の心は涙でぐっしょりとぬれていた。だけど、不思議と頭は冷静に分析していた。仕方なかったのかもしれない、と。予兆はあった、私はそれに気がつかないフリをしていたのだ、と。
気がつくとずいぶんと時がたっていた。
あたりには人の気配も無くなっていた。いつのまにか涙は乾いていた。初冬の底冷えのする外気に冷やされたベンチにずっと座っていたた為、おしりがとても冷たくて痛かった。背もたれに思いっきりよりかかって夜空を見上げた。藍色になりきらないそれには小さな消し屑のような星が瞬いていた。
私はそれをしばらく見つめていた。そしてベンチからゆっくりと立ち上がって、コートの前をかき合わせると、キンと冷え切った夜の空下に歩きだした。
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