第30話・チョットマテ……

 ――翌日。


「ミナミナ大丈夫?」

「あ〜うん、大丈夫、全然平気。ちょっと寝不足なだけ……」


 結果から言えば、【月は無慈悲な夜の幼女】はベルノの世界ではなかった。内容的にも、鈴姫べるさんが転移した世界でもなさそう。つまり……大ハズレだ。


「もう、二度と直感は信じません」


 一番の問題は、夜通し読んでしまうほど面白かったって事。普段読書をしない僕ですら引き込んでしまうなんて、さすがは語り継がれる名作SFなだけの事はある。


 おかげで目がシパシパして、太陽光で死ねそうなくらいヘロヘロだ。


「徹夜でさ、あおいさんが持って来た本を読んでいたんだ」

「どうだったの?」

「ん~、とりあえず読んだヤツはハズレだった」

「じゃあ、次は私が引き受けるよ。ベルノちゃんのためだもの」


 僕の肩にのっているベルノの鼻を、ツンツンふにふにとつつく葵さん。ベルノはスンスンと指先のにおいをかいで、ぺろりと舐める。仕草だけ見ると完全に猫なんだけど……実際は猫幼女なんだよな。


「やっと見つけたで。お嬢もハッピはんも、こんな所におったんかいな」


「あ、カシ……ラー執事長」

「なんやねんな、それは」


 ほんの数時間前に、二十日間ほど一緒に冒険した糸目のカシラ。その彼にソックリな執事長。顔を見た瞬間、どうしてもカシラと言ってしまうのは仕方がないと思う。


「えっと、どうしたのです?」

「どうしたもなにも、もう始まっとるで」

「始まってるって……あれ?」


 今日の午前中は、壮行会があると誰かが言っていたけど……なんのためのものかもわからないし、自分に関わりがあるなんて思っていなかった。


 移動しながら詳しく話を聞くと、モンスター討伐の出兵式らしい。出発は明日未明。最近増えつつある猛獣の、グリフォンやバシリスクの討伐だと言う。


 ゲーム知識でしかないが、どちらも危険なモンスターのはず。特にバジリスクは毒蛇なだけに、毒消しの魔法やポーションは必須だろう。


 厄介なのは、これが王国からの依頼だと言う事。没落貴族としては、多少困難な依頼でも断らずに、実績を残したい。だから身の丈に合わない危険な作戦も受けるし、王国もそのつもりで話を振っているふしがある。


 壮行会も終盤に差し掛かり、領主である僕の父親が兵士を鼓舞し始めた。喋りながら本人までもが高揚し、その場の勢いで『一番の武功を上げた者は、娘の婿にする』なんて事を口走ってしまった。


「おい、マジか……」


(ねえ、ミナミナ)

(なに? 葵さん)

(おめでとう)

(ヤメロ)


 父親のひと言で、盛り上がりを見せる兵士たち。こぞって『お嬢様、俺、やります!』とか『見ていて下さい、絶対一番になります!』とか口にしながら、僕に熱い視線を送ってきた。


 ……アホか、気づけおまえら! 男だぞ、男のだぞ。大体、没落貴族の家に入ってもいい事なんてないのに、なにを期待しているんだよ。


(葵さん、どうしよ……)


 しかし彼女は返事をせずにニヤリと笑うだけ。なにか作戦があるのか、それとも見捨てて楽しんでいるのか。表情からは全く読めなかった。


 そんな時、近くにいた兵士たちの会話が聞こえてきた。特に聞くつもりはなかったけど、僕は耳を傾けてしまった。聞き流すわけにはいかないひと言が飛びだしたからだ。


「俺、このモンスター討伐が終わったら結婚するんだ」


 チョットマテ、それって。……って、あれ? もしかして、ミッションの〔死亡フラグの回避〕って、僕以外の場合もあるって事?


「ナロー執事長、あの青年は誰ですか?」

「なんや、彼に目をつけるとは、お嬢も隅に置けなまへんな」

「あ〜、いや、そんなんじゃなくて」

「わかっとる、わかっとるがな。みなまで言わんでええって」


 絶対にわかっていないニヤケた執事長曰く、彼の名前はショーン。屋敷の兵士たちの中でも、実力が頭ひとつ抜きでているらしい。


 剣技・魔法ともに、王国騎士団レベルの人材で、今回の作戦も彼が一番の武功を上げるのではないかと期待されているそうだ。


 ……そんな実力者がなぜこんな没落貴族に仕えているのだろう?





 その夜。


「ミナミお嬢様、どのようなご用向きで?」


 目の前には膝をついてかしこまっているショーンがいた。イノリさんを使いにだして、中庭に呼びだしてもらったからだ。


「どうぞ、お座りになって」


 と、ガゼボ(注)のイスへと促す。イノリさんが淹れてくれた紅茶をすすめ、僕は話を切りだした。


「明日のモンスター討伐なんだけど、参加するのやめてください」

「なぜですか?」

「フラグが……じゃなくて、明日のモンスター討伐であなたが死ぬと、えっと……そう、タロット占いででたからですわ」


 かなり苦しい言い訳だけど、今は時間が稼げればなんでもいい。


「しかし、私は結婚のために武功を上げて……」

「だからそれがダメなんだってばさぁ」

「申し訳ありませんが、こればかりは聞き入れる事はできません」


 ……まあ、多分そう言うとは思っていたけど。


「ところで、あなたはなぜここにいるの?」


 質問の意味が読めず、首をかしげるショーン。


「剣技も魔法も優秀なのに、王国に士官しない理由がなにかと思って」

「はぁ……その、家の……関係で……」

「年老いた親がいるとか?」


 家の関係と言ったら大体がそんな感じだろう。昼は兵士として働いて、夜は介護。僕には経験がないけど、かなり大変だって聞くし。


 王国に行きたいけど状況が許さないとか、本当に辛いだろうな。


「えっと……結婚を約束した娘の家が、ここに」

「……はい?」


 鼻をポリポリ掻きながら視線が泳ぐショーン。よほどバツが悪いのだろう。


「彼女が、実家を離れたくないって駄々をこねまして……」

「そっちかい!」


 女がらみだったのか。いや、悪いとは言わないけど、『苦労人なんだろうな~』なんて気を使った僕の純情を返してくれ。

 

「でもさ、もし死んでしまったら結婚なんてできないんだよ?」

「それは、わか、り……ます、けど」

「だから明日は大人しくしていてください」

「それ……は……無…………」


 ショーンは二~三回頭をフラフラさせると、バタリとテーブルに突っ伏した。やっと、紅茶に混ぜた睡眠薬が効いたようだ。


「イノリさん、あとでちゃんと事情を話すので、手はず通りにお願いします」

「わかりました」


 明日は僕が具合悪くなって、一日中部屋の中で横になっている予定だ。実際はショーンを縛って閉じ込めておいて、僕がショーンのフリをしてモンスター討伐に行く。


 ……それでフラグ回避できるはず。


「上手くいった?」


 葵さんがヒョコっと顔をだした。


「うん、ぐっすり寝てくれた。どうしたの?」

「ちょっとこれ見て欲しいんだけどさ……」

 

 と、一冊の本を手渡して来た。ベルノの世界を探していて、なにか気になったようだ。


 薄っすらとした月明かりの下、そこにあったタイトル、それは……

 


【没落令嬢のダンジョン生配信 ~死亡フラグをぶち壊してさしあげますわ!~】



「ちょっと今の状況に似ていたからさ。もしかして、と思って」

「マジか……」


 たまたま持ってきた六冊の中に、この世界の本が入っているとか、相変わらず、引きが強いのか弱いのかわからない人だ……。






――――――――――――――――――――――――――――

(注)ガゼボ[gazebo]

 西洋の庭園や公園にある、屋根のついた小さな建物。上から見ると、八角形のものが多い。ベンチやテーブルが設置されている場合が多く、雨宿りや休息をとる場所として機能している。

 


本作はネオページにて契約作品として展開しています。

編集部の意向で、宣伝のために転載していますが、内容は同一です。

その為、ネオページからは15話程度遅れています。


もし興味を持っていただけましたら、サイトの方に来ていただけるとありがたいです。ネオページの登録も是非^^

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