第26話・家族?
「ところでこの子、名前はなんて呼べばいいのかな?」
猫耳幼女のほっぺをムニムニしながら、
「猫耳葵さんってのは?」
「却下。
「なら、チビ葵はどうっスか?」
「却下。なんか私がムカつく」
「それじゃあ……」
「却下。ミナミナはセンスないから」
……まだなにも言ってないのに。ちょいと酷すぎやしませんか?
「えっと、その子がこれを持っていたんだけど」
葵さんの却下祭りが終わったのを見計らって、
「え、それって……」
「これによると、この子の名前は、ベルノちゃんだよ」
SFの世界で奴隷商人から救った子供なのに、”母子手帳“を持っているとか、メチャクチャな設定だな。それも表紙から裏表紙まで全て手作りだ。
「とりあえず猫耳幼女はみんなに任せて、オレは行ってくるっス」
「ちょっと、忘れずに買って来てよ」
と、折れたパンプスのヒールで
「うっス。24センチっスね」
それだけ言うと、要は全力で逃げるかのようにルーレットを回した。目の前の幼女をどう扱ってよいかわからず、早くこの場から逃げだしたかったのだろう。
異世界に行っている間に、僕らがなんとかしてくれる。きっと要はそう考えたはずだ。
――しかし、この異世界スゴロクは、そんな楽観的思考を許さなかった。
「えっ、ちょっと、なに!?」
最初に驚き、声を上げたのは葵さんだった。要がルーレットを回して消えると同時に、ベルノまでもがす~っと消えてしまったからだ。
「まさか、〔幼女+1〕って、全員の冒険について来るって事なのかな?」
僕が引き当てた〔選択肢+1〕は全員に効果があった。ならば〔幼女+1〕も、異世界間ミッションクリアまで全員に有効って考えるのが自然だ。
「ねえ、
慌てて手帳を開く鈴姫さん。パラパラとページをめくり、最後の数ページ辺りで手が止まった。
「えっと、落書きが……」
僕もみんなも覗き込んだ。多分これは、ベルノによるものだろう、二人の猫耳イラストがページからはみでる勢いで描かれていた。
丸い顔に耳とヒゲ、棒線の体としっぽ。幼児が描く人物画そのものだ。そして、それぞれの人物の下には『べるの』『ねね』と書いてある。
「この”ねね“ってのが母親なのかな?」
「母……そうだよね。鈴姫、次のページにもなにか描いてない?」
ページをめくると、そこにも数人のイラストがあった。こちらは猫耳がなく、その代わりにしっぽが太く描かれていた。
「抽象画と言うか、なんかの壁画みたいな感じだね」
お世辞にも上手いとは言えないイラストだったけど、妙に味があると言うのか目が離せない。太い尻尾を生やした人物は、なにか刀のようなものを持ち、オーラを放出しているエフェクトまで描かれている。
「もしかしてこれ、みんなベルノちゃんの家族なのかな?」
――その瞬間、葵さんは過剰とも言える反応を見せた。
「ねえ、家族がいるのなら、ちゃんと元の世界に返してあげようよ」
「葵ちゃん……」
「だって、親がいるんだよ? 帰る場所があるんだよ?」
鈴姫さんが何気なく口にした『家族』のひと言が、葵さんの感情を揺り動かしたのだろう。真剣なまなざしで僕たちを見渡し、必死に訴えかけてきた。
目には涙を浮かべ、言葉に詰まり、それでも顔を伏せずにいる葵さん。でも、今なら理解できる。彼女にとってどれだけ重い言葉なのかを知ったから。
もちろんベルノは元の世界に返すべきだ。ミッションでもあるし、それ自体に反対する人はいないと思う。
だけど、どうやってその世界を探し当て、どうやってそこに行くのか。肝心な事はなにひとつわかっていない。
――カチリッ
30分ほどして要たちが帰って来た。約二週間ほどの短い冒険だったようだ。
「ただいまっス!」
「ただいまですニャ!」
晴れやかな笑顔でサムズアップしてくる二人。その笑顔が、なんか逆に怖い。
「は、はやいね」
「簡単なミッションだったし、それにベルっちが活躍してくれたんスよ」
「活躍したニャ!」
と、ハイタッチする要とベルノ。パンッと心地よい音が部屋中に響く。
「……めっちゃ仲良くなってんじゃん」
「もうベルっちはマブっスよ!」
「ああ、うん。それはよかった……でさ、要たちが行ったのはどんな世界だった? ちょっとしたヒントでもいいから。できるだけどこに行ったか特定しておきたいんだ」
鈴姫さんが転移したSFの物語は誰にもわからなかった。人物の名前や国の名称を聞いてもちんぷんかんぷん。
小説好きの集まりなら即答できたかもしれないけど、廃墟の
しかし、それでも情報はあったほうがいい。誰しも、どこかで目にした記憶があるかもしれないのだから。
「それならもうわかっているっスよ。【不思議の国のアリとキリギリス】の世界だったっス」
「楽しかったニャ~!」
【不思議の国のアリとキリギリス】
これは、白いキリギリスを追いかけたアリが、不思議の国に迷い込んで冒険をする物語。トランプのマークを模した四天王と戦い、不思議の国の平和を取り戻す冒険活劇だ。
古くからあるファンタジーの定番なだけに、要にも判断がついたのだろう。
そしてこのタイトルは、目の前の山脈の中にあった。
【ローディス島戦記】に【バイキング・オブ・カリビアン】。そして【羅生門】に【不思議の国のアリとキリギリス】。6回転移したうちの4回が、ここにある本で確定している。
そして異世界間クエストの、”特定の異世界に行かなければならない“と言う内容から推測されるゲームの仕様。
これらを考えると、やはりこれは、この本の山の中にベルノの世界があって、なんらかの方法でそこに”ピンポイントで行く事ができる“と考えてよさそうだ。
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