第3話 やべー宝箱を見つけちまった!

 訓練通りにやればいい。


 それが言うほどに簡単ではないことはすぐにわかった。


 魔物の向けてくる殺意は、勇斗の気持ちを簡単に挫いた。魔物から負わされたリアルな負傷は、それが治癒魔法で簡単に癒せるものであったとはいえ、勇斗の心に深いダメージを与えた。


 勇斗は、戦士のガルベスが引きつけていた魔狼を、背後から攻撃してようやく倒す。自分に向かってくる魔狼に正面から対峙するのは、精神的に不可能であった。


 勇斗が一体に苦戦している間にも、他の二体は狩人のノルムが簡単に片づけている。


 しかし、苦労して魔狼を倒したにもかかわらず、経験値が入ったりはしないのである。したがって、レベルアップすることもないし、ステータスがアップすることもない。ただただ、精神と体力が削られるだけである。


「無理ゲーだろ、これ……」

 勇斗は、肩で息をつきながら思わず呟く。


「むりげー?」

 僧侶のシャーリーが首を傾げた。


「無理じゃない!」

 とガルベスが言った。

「無理だと思ったら、なんでも無理になる!」


 勇斗は心の中で、これだから脳筋は……と呟く。


「初戦だからな。ユートはまだ戦闘に慣れてないだけだ」

 そうノルムがフォローする。


 ノルムの言葉は一理あった。

 魔狼との戦闘を繰り返していくうちに、勇斗も段々と戦えるようになってくる。


 魔狼の攻撃をびびりながら避け、へっぴり腰ながら攻撃を加える。周りに応援されながら、細かいダメージを繰り返し与えていき、ようやく倒す。


「あの……」

 五回目の戦闘の後、勇斗は肩で息をつきながら、思い切って尋ねてみた。

「この魔狼ってやつ、強さとしてはどのくらいなんすか?」


 ガルベスが答えた。

「こいつらか? こいつらはこのダンジョンで一番弱い魔物だな。集団で来るからちょっと面倒くさいが、一体ずつなら余裕で……」


「おい! ガルベス!」

 ガルベスの言葉をノルムが慌てて遮りながら、勇斗に言う。

「ま、まあ、ユートも段々と様になってきてるし、一対一ならいけてる……よ? うん、いけてるいけてる」


 気を使われていることは勇斗にも分かった。


 彼らは、ギルバート伯の雇われ冒険者である。このダンジョン行では、勇斗をサポートするように言われているはずであるが、そのサポートには、勇斗のメンタルケアも含まれているのかもしれない。


 これが、ゲームなら――。

 そう勇斗は思う。


 ゲームなら、完璧に攻略する自信があるのに。


 勇斗の得意としているゲーム攻略の手順は、こうである。


1.情報を集める

2.分析する

3.戦略を立てる

4.実行する


 勇斗がこの世界でできるのは、1から3まででしかなかった。自ら立てた戦略を4で実行するには、勇斗の力はお粗末すぎるのだ。コマンドを入力しても、アイコンをタップしても、戦技が簡単に発動したりはしない。自らの肉体を用いる以外にないのである。


 ぎり、と勇斗は歯ぎしりをした。悔しさがこみ上げてくる。


「俺、強くなりたいです……」


 そう呟いた勇斗の肩を、ノルムがそっと抱いた。



 そこから幾度かの戦闘で、勇斗は前向きな姿勢を見せた。


 恐怖はある。しかし、それを乗り越えようと努力した。


 魔狼とは、正面切って戦うことができるようになった。傷を負うことにも、少しは慣れた。


 それでも、簡単には倒せない。ひどく時間をかけて、一体一体を倒していく。


 戦闘技術そのものが簡単に向上することはない。こればかりは繰り返し磨いていくしかないのである。


「今のところは、これで十分だ」

 ノルムは笑って言った。


 勇斗も少しだけ笑うことができた。



 それを見つけたのはノルムである。


 次の戦闘に向けて通路を進んでいたとき、ノルムが不意に壁に手を触れ、これは……と呟いた。


 ガルベスが怪訝な顔をして尋ねた。

「なんだ?」


「なんかある……。たぶん、シークレットドアだ」


「シークレットドア?」

 勇斗が問う。


 ノルムが頷きながら答える。

「魔法で隠された扉だ。ギルバート伯の地図には載ってない。もしかすると、俺たちが最初の発見者かも……」


「まじか!?」


「じゃあ、じゃあ、何かお宝が見つかるかも!?」


 ガルベスとシャーリーのテンションが上がる。


 勇斗もまた、思わぬ展開に胸が高まった。


 そんな周りの様子を見ながら、申し訳なさそうにノルムは言った。

「すまん。感知はできたんだが、俺の技能では、発見まではできなそうだ……」


 勇斗は尋ねた。

「探知できても、発見できないって、どういう意味です?」


「この手のドアは、発見しないと開けることはできない。発見するには、盗賊の特技の秘密発見が必要なんだ。俺も初歩的な盗賊の特技なら使えるんだが、秘密発見は習得できていない。あとは……幻惑魔法にもそれと同じ効果を発揮するものがあると聞いたことがあるな」


 それを聞いた勇斗が、あっ、と声を上げる。

「もしかして、ディテクト・シークレット?」


「それだ! もしかして、おまえ……」


「はい、使えます!」


 おおー、と一同から歓声が上がる。


 ノルムが言った。

「早速試してみてくれ!」


 はい、と頷いて、勇斗は古代語で呪文を唱える。


『隠匿されしものを暴け』


 勇斗の手にした剣に、古代語の呪文によって魔法回路が構築される。


「ディテクト・シークレット!」


 首に下げた魔石に指先を触れ、体内で練った気を流し込んだ。魔石が砕け、術式で構築された魔法回路にマナが流れ込む。


 勇斗の魔法が効果を現した。


 何もなかった通路の壁面に、不意に扉が出現したのである。


「わー! 本当にシークレットドアだ!」

 シャーリーが感嘆の声を上げる。


 よし、と勇んで扉に手をかけたガルベスを、ノルムが止める。

「ちげーだろ。ここは、発見者のユートに開けさせるとこだろ?」


 ノルムが勇斗の肩を叩いて、片目を瞑った。


 ごくりとつばを飲み込んで、勇斗は扉を開ける。


 扉の向こうには、小部屋があった。がらんとしていて、そこそこの広さがあった。


 通路と同様に、壁がぼんやりと光っている。


 最奥に置かれたものもまた、うっすらと光に照らされている。しかし、勇斗の目には、それが光り輝いているように見えた。


 宝箱である。


「待て!」

 ガルベスが駆け寄ろうとするのを、ノルムが止めた。


 ガルベスが笑った。

「わかってるって。発見者であるユートが優先、だろ?」


 違う、とノルムが首を振る。

「ダンジョンの宝箱には、罠があることがあんだよ。ここは俺が開ける」


 ノルムが宝箱に歩み寄る。皆も並んで歩いていき、宝箱を囲んだ。


 それを見て、ノルムは大きなため息をついた。

「ダメだ。お前らは下がってろ。罠が発動したら巻き込んじまうだろうが」


「ああ、だな」

 ガルベスは頷きつつも、下がらなかった。シャーリーもそうである。


「だから、下がれって」


「うん。ユートは下がったほうがいいわね」


 シャーリーに言われて、勇斗は怪訝な顔を浮かべる。


「私たちはパーティよ。一蓮托生。ノルムだけにリスク背負わせるわけないじゃない」


 シャーリーの言葉に、ガルベスが頷く。


 ノルムが言った。

「馬鹿野郎。睡眠ガスとか全員で食らったら、誰が起こすんだよ」


「それは、ユートにお願いしましょう」


 勇斗は、ぽかんと口を開けた。

「俺っすか?」


 ちっ、とノルムが舌打ちする。

「もし俺たちが死んだら、一人で帰ってもらうことになるけど、大丈夫か?」


 えっ! と勇斗は言った。

「いやいやいやいや! それは無理っす!」


 その反応にノルムが笑った。


「ま、大丈夫だよ。調べてみて解除の難しそうな罠なら、開けないでおくさ」


 そう言って、勇斗に下がるよう、手で示した。


 勇斗はしぶしぶ後ずさる。


 十分に下がったことを確認して、ノルムが宝箱に手を触れる。


「罠は……見つからないな」


「ないのか?」


「いや、断言はできない。俺の技能では見つけられないだけかも」

 ノルムが考え込む仕草を見せた。


 シャーリーが尋ねる。

「どうする? 開ける?」


「開けようぜ!」


 ガルベスの前向きな言葉に苦笑しつつも、ノルムが頷いた。

「そうだな。開けよう」


 はあ、と大きく息をつく。


「開けるぞ?」

 ノルムが言うと、その肩にガルベスとシャーリーが手を置き、頷いた。


 ノルムが宝箱の蓋に手をかけた。


 次の瞬間――。


 宝箱から光が溢れた。


 勇斗は思わず目を瞑る。


 再び目を開けると、三人の姿はない。


 蓋の空いた宝箱だけが残されている。その中身は、空であった。

 呆然とする勇斗の前で、宝箱がゆっくりと閉まった。



 それからどうやって帰還したのか、勇斗には記憶がない。

 無事に地上に戻れたのは、幸運以外の何物でもなかった。


 宝箱の罠が、テレポーターと呼ばれるものであったことは、後で知った。罠にかかった者を、強制的に別の場所に転移させる魔法の罠である。


 転移先はランダムであり、ほとんどの場合、転移した者に待っている運命は――死である。

 そう、聞かされた。


 勇斗はノルムたちの帰還を待ち望んだが――。

 彼らはいつまでも帰ってこなかった。

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