第二十二話  挨拶

「身体を二つに分けた?」



「そう、なんかできちゃった」



 父さんがお手洗いに行って二人きりになったので、直接どうやって監視を振り切って俺に気付かれないようについてきたのかを問いた。開けっ広げにそう答えたリーベの答えは、到底信じがたいものだった。



「そんなことが」



 出来るのだとして、これは許されるのか?



「今は家で寝てる、さっきはおじさんがきた」



「感覚を共有しているのか?この距離でずっと?」



「私の喋っている言葉も、景色も、音も……全部分かるよ」



「リーベ、お前そんな流暢に喋れてたか?今まで」



「最近、出来るようになったんだよ。エニに褒めてもらいたくて」



 唐突にリーベが、何故か恐ろしく思えた。

 姿は可憐な少女なのに、中身だけ別物のようだ。



「ほら、褒めて」



 そう言って席を立ってリーベは俺に近づいてきた。

 机の淵をなぞりながら、滑らかに俺の隣に移動する。



「褒めて」



 耳から侵入したウィスパーボイスは脳をぐずぐずに溶かし、論理的思考能力を奪う。リーベが喋ったとは思えない妖艶で過激な声に、俺は思わず赤面した。



「す、すごいよリーベ」



「ありがと」



「ちょっと離れてくれない?」



「イヤなの?」



 肩の一部分をくるくると摩る。

 反則的な行動の数々に熱が籠る。



「戻ったぞー……っと」



 同行する間に父さんがお手洗いから帰ってきた。その直前にリーベは自分の席に帰ったので、父さんから見れば何も変わっていない。

 だが、リーベが俺と目が合うたびに微笑んで軽く手を振るようになった。



「はい、シチュー出来たわ!」



 母さんが元気に鍋を台車に乗せて現れた。


 コトコトと煮た出来立てのシチュー、野菜と肉の旨味が溶け込み隠し味のチーズがコクと深い味わいをもたらす。母さんの得意な料理の一つだ。



「綺麗な髪ねぇ、触ってもいいかしら?」



「いいよ」



「ありがとう……触り心地最高ね」



 リーベは母さんに気に入られたらしく、食事中なのにも関わらずリーベの青緑色の髪の毛を摘まんでいた。リーベはというとシチューを一心不乱に食べている、三杯目後半といったところか。

 対して俺と父さんは最近の近況の話の共有、工房の調子がどうとか町の皆の様子とか近隣との関係とかで、主に父さんの話が多かった。



「母さんもリーベもよくそんなラフに話せるんですかね」



「よく小屋に連れてきてたんだろう?」



「え?」



「ん?」



 何を言っているんだ父さんは、俺は一度たりともそんなことしてないぞ。



「なぁリーベ、これはどういう」



「なんのこと?私分からないなぁ」



「お前……」



「てへ」



 てへ、じゃない。


 恐らくは透明化で昼の手伝いが落ち着いたタイミングで抜け出していたのだろうか。だが狼男さんたちが例外なだけであって知性を失った魔物達が群雄割拠しているのが”外れ”という場所。


 足跡、匂跡を隠せないリーベが行けるはずが。



「簡単だよエニ」



「ん」



「音も匂いも足あとも全部消せばバレないよ」



「……」



 絶句した。



「なぁ二人共、午後はピクニックでも行こうかと思っているんだが、どうだ?」



「できればリーベちゃんにも来てほしいのだけど」



 無言になった空間を割くように父さんと母さんがそう尋ねる。

 俺も勿論、行くつもりだしリーベも行くつもりだろう。



「私……行かない」



「「「!?」」」



「ごめんなさい、でも行きたくないわけじゃない」



「リーベ行こうよ、父さんたちも来てほしいと思ってる」



「違う、そうじゃないの」



「?」



 リーベの意図がよく見えない。



「今日は挨拶をしようと思って」



 そう言ってリーベは立ち上がる。

 椅子から降りたリーベ、机を中心に歩き出す。



「ほんとはみんなにも来てほしいけど、これないから」



「リーベ?」



「だからね、私考えたんだ」



 リーベはパチンと指を鳴らす。

 刺すような光に、思わず目を瞑る。






「あれ……り、リーベとエニと」



「蛇女さん?なんでここは」



 目を開くとそこは見慣れた景色、外れの集落。

 自由時間を満喫している、蛇女さんの姿。



「あなた……なんでここに戻って、って、は……」



 蛇女さんは俺の後方にいる二人を見て唖然とした。



「エニ……この森は、外の家々はなんだ?」



「あなた……ここはどこなの?」





図らずして俺は外れに帰還する。

わずか、数刻の出来事だった。

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