魔返りの簒奪者

ばに

第一章:復讐者

第一話    壺

 俺の人生が狂ったのは、この馬鹿げた世界で生まれたからに違いない。



 親のせいでもなく、俺のせいでもなく、金銭の問題でもなく、隣が煩かったからでもなく、的になっていたからでもない。外れに近づいたからでもない。



 この世界だ、俺はこの世界を死ぬほど憎んでいる。

 生まれた世界を間違えたんだ、そうに違いない。



 そうでなければ、この現実とどう向き合っていいのかわからない。






「……」




 俺の一日は早い。


 遠方で学ぶ妹に向けた定期便が来るより、母が鼻歌を歌いながら食器を洗うより、父が石工の仕事の支度を始めるよりも早く、俺は行動を始める。



 壁は薄いので、物音を立てると起きてしまう。

 コツは指先から、軋む床板を覚えること、だ。



 枯れた葉を踏みこえて家の隣にある小屋へと向かう。

 そっと扉を開け、中を覗き込む。



「おはよう」



 誰がいるわけでもなく、なんとなく挨拶を交える。

 そして手短にあった壺を両手で抱え、そっと扉を足で閉めた。



 壺を持って道なりを歩いていく、遠回りだ。



 だが遠回りでいい、何故なら外れを歩くと魔物に襲われかねないからだ。二つ隣の家のじいさんの欠けた足指を見れば、いやでも道を歩こうと思える。


 固く無機質な道は、どこまでも続いており未だ端が見えてこない。

 端を見てみたいとは思わないが、まったく興味がないわけでもない。



「着いた」



 ようやく日が差し込む頃に目的地に着いた。辺りには誰もいない、当然だろう。傍に近づいて、なんとなく見下ろしてみる。今日も夜のような黒が光を反射している、変わりない。



 壺を脇に置いて、吊り下げてある容器を下におろしていく。ちゃぽんと水面に容器が触れる音がしたのを境に、ロープを前後に動かして容器を傾けながら、沈めていく。



 壺へ容器に入った水を注いでいく、大体五分の一程度が埋まった。これをあと四回繰り返せばこの壺は一杯になる。時間はいつも通りない、早めに済まさなければならない。



 壺の重さが大人三人分くらいになったところで、帰路に就く。もう日は完全に出ているようだが、場所が場所なので薄暗い。



 ――視線



 見られている、誰かはわからないが見られている。そもそもここは外れなのだから、魔物がいても当然だ。即刻立ち去る他ないだろう。



 すぐさま壺を抱え、沈み込む足を前に動かしていく。外れの出口は近い。



「……やっぱりか」



 チラリと後ろを向けば、緑の醜い小人が涎をまき散らしながら駆けている姿が目に入る。手には歪な形の棒切れを持っているようだ、所々に血のような跡が見える。



 急がなければならない、だが壺を抱えながらではそれもかなわない。



 あっという間に囲まれたかと思えば、手足腹部を滅多打ちに殴られる。だが壺を手放すことはできない、これを捨てたらここに来た意味がないからだ。



 鈍い痛みにこらえながらも少しずつ外れの出口に近づいていく。



 一歩、一歩とあと少し、あと少しで道までたどり着く。



 不意に視界に入った緑の魔物の動きに目が留まる。足を前に出し、腕を後ろに回し反対の肩を前に出している、まるで――投擲



 気づいたときにはもう、壺は割れていた。



 体中一杯に降り注ぐ、水。濡れる髪、迫る緑の魔物達。

 だんだんと視界が黒ずんでいく所まで見えて





 ぷつりと事切れてしまった。








「……は!」



 体の感覚が段々と掴めるようになってきて、ようやく意識が戻った。

 襲ってくる不快感と嫌悪感に悩まされながら、視界を外に向ける。



「またか」



 緑の魔物達は一匹残らず絶命していた。

 首から下を地面に埋めて死んでいた。



 血の匂いに悩まされながらも、家に戻る。

 まだ水を汲めていないのだから。

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