第10話 守るべきものの重さ
俺が炎使いの男を無力化したのとほぼ同じころ、火野と月島さんも残りの二人を制圧していた。火野は角材を持っていた男を炎で威嚇して戦意を喪失させ、月島さんは念動力使いの男を完全に氷漬けにして動きを封じていた(もちろん、凍傷にならない程度の加減はしているだろう)。
あっけない幕切れだった。相手の異能レベルが低かったこと、俺たちの連携が(乱戦になりながらも)機能したことの結果だろう。倉庫の中には、うめき声を上げる男、怯えて動けない男、そして氷の中で身動きできない男が転がっていた。
「うぃー。終わったな」
火野が熱気おびた両手を振り払い、額の汗を拭った。
「ええ。確保完了です。橘司令に報告します」
月島さんは通信機を取り出して状況を報告し始めた。俺は、さっき自分が倒した男から目をそらすことができなかった。彼は腹と背中を押さえて苦しそうにしている。俺がやったのだ。
その時だった。
「う、うわあああああっ!」
突然、怯えて隅で固まっていたはずの男が、ヤケクソになったように叫び声を上げて盗品の中から手に取った工具――大きなスパナ、を振りかざして一番近くにいた火野に襲いかかった。
「火野くん、危ない!」
月島さんが叫び、氷で男を止めようとするがスパナはすでに火野に当たる寸前だった。火野も不意を突かれて反応が遅れた。
まずい――! そう思った瞬間、俺は無我夢中で駆け出した。そして男がスパナを振り下ろす寸前に、火野の前に立ちはだかるように飛び込み、男の腕に組み付いた。
鈍い破砕音。男の振り下ろしたスパナが俺の肩をかすめた。焼けるような痛みが走る。
「神崎!?」
火野が声を上げた。俺は構わずに男の腕を押さえつけ、全体重をかけて押し倒した。男は抵抗する気力も失ったのか、ぐったりとその場に倒れ込んだ。
「神崎くん、大丈夫ですか、肩を」
「いって……。大丈夫、かすっただけだ。それより、この人の骨、折っちゃったかも」
制服のジャケットに切れ目が入り、肩にじわりと血が滲んだ。アドレナリンが出ているせいか、痛みはそれほどではない。
「お前……」
火野が呆然とした表情で俺を見た。
俺は少し照れくささを感じた。自分でも、なぜあれほどの速度で動けたのか、よく分からなかった。ただ、火野が危険だと思った瞬間、体が勝手に動いていた。
「その……サンキュな」
火野は、それだけいうと気まずそうに視線を逸らした。
やがて橘さんの指示を受けた後処理部隊が到着した。彼らは手際よく犯人たちを拘束し、現場の証拠品を押収していく。俺は簡単な応急処置を受けて犯人たちが連行されていくのを眺めていた。彼らは皆、うなだれて、どこか虚ろな表情をしていた。
もしかしたら、彼らも俺と同じように望んで異能を授かったわけではないのかもしれない。突如として平穏な日常が壊され、力を制御できず、戸惑い、あるいは悪意に
一人の男性が俺に近づいてきた。それは事件の被害者である町工場の経営者らしき初老の男性だった。
「あんたが助けてくれたんだってね。本当に、ありがとう、ありがとう……」
男性は涙ぐみながら何度も俺に頭を下げた。彼にとって、盗まれたものは生活の糧であり、工場の存続に関わるものだったのだろう。俺たちの行動によって誰かの生活が守られている、そのことを再認識した瞬間だった。
支部に戻ると橘さんが出迎えてくれた。
「ご苦労だった。初陣としては上出来だ。特に神崎くん、よく仲間を
労いの言葉と共に、橘さんは俺の肩の傷に目をやった。
「だが、無茶はするな。君の能力は貴重なものだ。君自身が無事でなければ意味がない」
「……はい」
俺は自分の部屋(特対の施設内に、協力者用に仮眠や休憩ができる個室がいくつか用意されていた)に戻り、一人でベッドに腰掛けた。肩の傷がズキズキと痛む。
人を傷つけることへの抵抗感、仲間を守れたという安堵感、被害者に感謝されたことへの達成感、そして異能を持ってしまった者たちの末路へのやるせなさ。あらゆる感情が俺の中で渦巻いていた。
平穏な日常を望んでいた俺は今、確実に非日常の世界に足を踏み入れている。誰かを守るために人を傷つけ、自分も傷つく可能性のある世界。
「これが、俺たちが背負うもの、か……」
橘さんの言葉を思い出した。異能を持つということは、ただ便利な力が使えるということじゃない。それによって生じる責任や、向き合わなければならない現実がある。
面倒だという気持ちは、やっぱり消えない。でも、逃げるわけにはいかない。俺には守るべきものができてしまった。健太のような友人や火野、月島さんのような仲間を、そして、俺が知っている、あの何気ない日常を。
窓の外には彩波市の夜景が広がっていた。あの無数の光の下で人々は何も知らずに暮らしている。その平和を、人知れず守る。それが特対の、俺たち協力者の役割なのだろう。
高校生の俺には重いな、と思う。でも不思議と絶望的な気分ではなかった。むしろ腹が決まったような、そんな感覚があった。
俺は立ち上がり、部屋に備え付けられていた救急箱で、改めて肩の手当てをした。痛みは自分が戦った証だ。そして、これから戦い続けていくための、覚悟の印でもある。
【第一部 完 / 第二部:交錯する思惑 に続く】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます