第28話 神になれなかった者

私はずっと、“死の観察者”として、神に近づいていると信じていた。

他人の死を見届け、最期の顔を記録し、その真実に触れることで、

この世界の“生と死の構造”に一歩ずつ近づいているつもりだった。


死の瞬間にだけ現れる、嘘のない顔。

仮面の剥がれた人間の素顔。

それを見つめる私は、他の誰よりも“高みにいる”と思っていた。

感情を切り離し、記録に徹することで、

人間を超えた存在――神に近い視座に立てると、信じていた。


だが、それは錯覚だった。


田村奈々に拒絶された夜。

「あなたには、見られたくない」というあの一言が、

私の“神の視点”を崩壊させた。


私は見透かされていた。

すべてをわかっていたつもりの私が、

“見られる”ことに対して、こんなにも脆いと自覚した瞬間だった。


そして、私は気づいてしまった。

神になど、最初からなれなかった。


神は、全てを見て、全てを赦し、全てを知っている存在。

だが、私は違った。

私が記録してきた“死の顔”は、確かに真実だったかもしれない。

だが、それをどう受け止めるかは、常に私の“限られた人間の目”だった。


見たつもりで、理解したつもりで、

それを「芸術」と呼んで悦に浸っていたのは、

ただの人間の傲慢だった。


神は、拒絶されない。

だが、私は拒絶された。

感情を持ち込まないと誓っていた私の観察は、

他者の意志によって容易に否定された。


それは、私が“神になり損ねた人間”でしかなかったという証だ。


私はノートを開いた。

一つひとつの死の記録を読み返す。

その全てが、今はもう“過去の亡霊”のように思えた。


彼らの顔は本物だった。

だが、それを見ていた私は、本物だったのか?


私は本当に、理解していたのか?

それとも、理解しているつもりになっていただけなのか?


今ならわかる。

私の観察は、一方的だった。

“見る”ことに支配され、“見られること”を恐れていた。

自分が見られる存在であると気づいたとき、

私は一気に神性を失い、ただの“人間”に引きずり戻された。


それが苦しかった。

誰よりも冷静で、誰よりも真実に近いと思っていた私が、

ただの“誰かに認められたい孤独な人間”だったと知ることは、

残酷で、屈辱的で、何より――哀しかった。


私は死を見つめることで、

本当は自分自身の“意味”を探していたのかもしれない。


死を記録することで、

“生きている自分”を証明したかったのかもしれない。


それは、神ではない。

それは、ただの人間だ。


矛盾し、揺れ、誤解し、感情に飲まれ、

それでも“真実”を欲しがる、弱い存在。


私はようやく、自分の正体を認める準備ができていた。

もう、神ではないと。

なれないのだと。


私はノートの空白に、ゆっくりと書き込んだ。


「私は神になれなかった。

ただの、人間だ。

死を見たがっていたのは、自分が生きていると信じたかったからだ」


この一文を書くのに、どれほどの時間がかかっただろう。

だが、これだけは真実だった。


私の“観察”とは、

他人を見つめることでしか自分を保てない、哀れな行為だったのだ。


そして、今、ようやくその哀しみを知った私は――

少しだけ、本当に“生きている”と感じた。

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