第10話 宏樹の運命
2024年10月21日(水)
「かんぱーい!」
「美岬ちゃん退院おめでとう!」
「ありがとー!」
今日は美岬ちゃんの退院祝いをしに、焼き肉屋に来ていた。美岬ちゃんに奢ってもらうとかも言っていたけれど、美岬ちゃんの退院のお祝いなので、私と葵が半分ずつお金を出した。
お祝いの楽しい雰囲気の中で美岬ちゃんが言った。
「ねえ、まだ明日香ちゃん手紙出せてないよね?」
「あ、うん。実はまだ書けてなくてさ。」
そうなのだ。私は結局まだ依頼の手紙を書けていなかった。
「そんなに迷ってるの?」
葵が軽い感じで尋ねる。
「うん、こんなことに使っていいのかなって。」
「こんなことって?」
なんて言おうか迷った。
「お世話になった人がいて、その人の人生を見てみたくて。」
「全然いい使い方じゃない?」
「でも、知られたくないかもしれないし、それを勝手に知るのもなあって思って。」
「うーん、たしかにその気持ちも分かる。でも案外、人って誰かに認めてもらいたいものじゃない?」
美岬ちゃんがそう言った。
「どういうこと?」
「こんなに苦しい思いしているのに何で分かってくれないんだと思うとか、悲劇のヒロインになりたがるとか、そういうのって、結局は自分のことを誰かに気づいてもらいたいんだと思う。」
「うーん、確かに。」
美岬ちゃんが言いたいことも分かった。確かにその考え方も理解できる。でも、どうしてもまだ迷いがあった。
「ミュージアムの人も優しかったし、気楽に行ってみていいんじゃないかな?」
「それな!もっと死神みたいな人とか出てくるのかと思っていたら、普通の人だったよね。」
ミュージアムに行ったことのある2人がそんな風に話している。
「え?そうなの?」
私も葵の言うように、死神のような人が働いているのではないかと漠然と思っていた。
「葵の時も?若い女の人と高校生くらいの男の子だった?」
「そうそう!受付の人が若い女の人で、その後に男の子がいた。」
「2人ともなんか変わった名前だったよね。なんだっけ?」
「なんやったっけ、どっちかはゾネって言ってなかったっけ?」
「あ、そうだ、男の子の方がゾネだった気がする。」
「ゾネ?」
「そうそう、ゾネって、あだ名かなんかかな?」
「大曾根さんだから、ゾネとか?」
「昔の友達で中曽根って名字の子いたから、中曽根かもしれない。」
「大曾根に中曽根と来たら、小曽根もいるんちゃう?」
「あ、私の親戚に小曽根っているよ。」
「え、すご。こんなに繋がることある?」
「まって、やばい。ツボる。」
3人で笑い合う。
「まあ、話戻るけど、全然怖くないとこだったよ。」
「うん。でも、肖像画がずらーっと並んでたんはちょっと気味悪かったよね。」
「ああ、それは思った。」
「え、映画館じゃないの?」
「うーん、なんて説明したらいいんだろう。映画館なんだけど、美術館みたいな?」
「うん。美術館の中にたくさん肖像画があって、その人物の肖像画がかかっている壁を押すと、シアターに繋がる階段が出てくるみたいな感じかな?」
「あ、うん、そうそう。」
「シアターまではその人が案内してくれるってこと?」
「うん。案内もしてくれるし、確認の為に一緒に観ているみたいだよ、後ろのほうの席で。」
「え?一緒に観るの?」
「うん。私も、え!外出てかないの?って思ったんやけど、最後までずっといた。」
「そうなんだ。」
「でも、ゾネさん優しかったよね。」
「うん、最後にちょっと声かけてくれたし。」
しばらくミュージアムについて、ゾネという人物について話をしていた。葵と美岬ちゃんの話を注意深く私は聞いていた。想像していミュージアムとは違うと、2人の話を聞きながら思った。
「じゃあ、手紙早く書いちゃおうかな。」
「うん。明後日宏樹のお見舞い行くんだけど、その時に出す?」
「あ、うん、じゃあそうしようかな。」
私は手紙に書く内容を決めた。一縷の望みをかけて。
明後日の10月23日(金)。葵と美岬ちゃんと私は、宏樹君のお見舞いにやってきた。
「おー、みんなで来てくれたんですか。」
「うん。それもあるけど、明日香ちゃんの手紙を出しに来たのもある。」
「なんだ、やっぱりそうでしたか。」
宏樹が苦笑する。
「あ、美岬さん、退院おめでとうございます。」
「ありがとう。宏樹ももうすぐ退院でしょ?」
「あー、はい、あと1週間くらいで退院です。」
「そっか。もう少し頑張れ。」
美岬ちゃんが宏樹君の肩を軽く叩く。
「はい、ありがとうございます。」
すると、宏樹君は首を触った。
「どうしたの?首痛いの?」
宏樹のその様子に、美岬ちゃんが尋ねる。
「ああ、大丈夫です。暇すぎてずっと漫画読んでいたので、たぶんそのせいです。」
「そっか。」
確かに宏樹君のベッドの机の上には漫画が何冊も積み上げられていた。
「それより、明日香さん手紙出しに来たんですよね。」
宏樹君が私のほうへ視線を向ける。
「ああ、うん。」
私がそう返事をし、手紙を取り出そうとリュックを開けようとした時、宏樹君の声が聞こえた。
「なんか今不具合が起きているみたいですよ。」
その声に私は顔を上げる。
「え?どういうこと?」
不具合?
「僕も美岬さんたちみたいに手紙出したんですよ。この前の火曜日に。で、次の日に返事来て、木曜日つまり昨日来てくださいって書いてあって、行ったんです。」
「うん。」
「そしたら、不具合が起きてしまって上映できませんって言われたんです。」
「え?そんなことあるの?」
「ですよね?僕も、え?って思ったんですけど。見られないものは見られないのですみませんって言われて。お気をつけてって言われて追い出されちゃったんです。」
「返事の手紙は来ていたのに、当日にそんなことってあるんだね。」
当日ミュージアムまで行って追い返されることなど、あるのか。美岬ちゃんと葵からは、順調に行った話しか聞いていなかったので、驚いた。
「はい、復旧のめどが立っていないので、申し訳ありませんって言われました。なので、明日香さんが今手紙出してもミュージアムまで行けないかもしれないです。」
「そうだね、せっかく持ってきたけど、やめとく。」
ようやく手紙が書けて出せると思ったのに。ショックだったけれど、まあ仕方がない。映画館だから、システムエラーのようなものが起きているのだろうか。
「ねえ、宏樹は何を依頼しようとしたの?」
美岬ちゃんがそう尋ねた。私はその時、開けかけていたリュックを閉めようとしていた。
「えっと、実は僕…。」
宏樹君が話し出そうとした瞬間、宏樹君の声が止まった。急に声が止まったので、ふと宏樹君のほうを見た。
すると、突然宏樹君が胸のあたりを押さえた。呼吸ができていないようで、口をパクパクとさせている。宏樹君はベッドの上に置いてあった机の上に突っ伏す。宏樹君の顔が苦しそうに歪む。机に置いてあった積まれた漫画が床にバサバサと落ちる。
「え?」
「ひ、ひろき!?」
「どうしたの?」
3人の動きが止まる。いや、動くことができなかった。苦しむ宏樹君の姿から目が離れなかった。茫然としてしまう。さっきまで笑顔で話をしていた宏樹の突然の変貌ぶりに言葉を失った。
つい最近までこの病院に入院していた美岬ちゃんがナースコールのボタンを押した。
「ひろき、ひろき…!」
美岬が泣きながら一生懸命宏樹君に呼びかける。私と葵はどうすることもできなかった。すると、病室のドアが開き、医師と看護師が入ってきた。慌ただしく何かを話している。そして、宏樹君が病室の外へ運び出されてしまった。
宏樹君を見たのはそれが最後になった。10月23日15時26分、芦田宏樹君は持病の心臓病が再発し、この世を去った。17歳だった。
その後、宏樹君の担当医だった医師から宏樹君の病気のことを聞いた。その医師はまだ30代くらいで、医師としては若めだろうと思った。肌の色は白衣と同じくらい白く、背は180くらいありそうで、かっこいい人だと思った。
「循環器内科の宗像晶と申します。芦田宏樹君のご友人ですか?」
「はい。」
3人は小さな声で返事をする。
「この度はご愁傷様でした。」
宗像先生は大学生の私たちにも律儀に深々と頭を下げた。そして、私たちに宏樹君のことについて教えてくれた。
「芦田君は生まれつき心臓の疾患を持っていました。幼少の頃は生死の境をさまよったこともありますが、現在は年に数回検査入院をしてもらっていました。」
「そうだったんですか…。」
宏樹君とは数回しか会ったことがなかったが、心が痛んだ。ついさっきまで生きていた人間が亡くなった。それは本当にショックな出来事だった。
「まさかこんなにすぐに容体が急変するとは、わたくしたちも予測することはできませんでした。」
宗像先生は、淡々と説明をしていった。
「あ、あの。宏樹倒れる少し前に首痛そうにしていて…。」
美岬ちゃんが真っ青な顔で、宗像先生に話しかける。すると、宗像先生は冷静に美岬ちゃんに告げた。
「それは、おそらく発作の起こる前兆でしょう。心臓発作の前兆として挙げられる症状の1つです。」
その言葉に、美岬ちゃんが明らかに動揺したのがわかった。目が激しく動き、手も震えている。
「じゃ、じゃあ、私が、あの時、先生を呼んでいれば、宏樹は助かったかもしれないってことですか…。」
今まで我慢していたのだろう。美岬ちゃんの目から涙があふれ出した。
「それは分かりません。」
宗像先生は冷静だった。泣いている美岬ちゃんに、宗像先生は淡々と告げた。
「しかし、あの時にわたしを呼んでいればというのは、今だから言えることです。全ての結末を知っている今のあなたが、過去の自分の選択を否定することは、過去の自分に対して失礼な行為だとわたしは思います。」
宗像先生のその言葉に空気が固まった。先生は冷静だった。この人はもう人の死に慣れているのだろうと思った。医師として何人もの患者を担当し、時に見送って来たのだろう。そして、いろんな辛さを乗り越えてこの境地にたどり着いたのだろう。先生の顔つきや目を見れば、それが感じ取れた。
「芦田君は亡くなる時1人ではなかった。必死に彼を助けようとするあなたたちの声はきちんと届いています。それで十分ですよ。」
宗像先生は、美岬ちゃんの肩にそっと手を置いた。美岬ちゃんは、宗像先生の胸の中で大声で泣いた。その宗像先生の目は厳しくも優しかった。
その日は、3人ともあまり話をする気分ではなかったので、それぞれの帰路へ着いた。美岬ちゃんとは帰る方向が一緒だったので、最寄り駅に着いてからもしばらく一緒に歩いていた。この病院へは美岬ちゃんのお見舞いに来ていたので、病院から美岬ちゃんと一緒に帰るのは今日が初めてだった。
あのことを言おうか迷った。だが、こんなことを言ったところで、どうにもならないことも分かっていた。
そうこうしていると、美岬ちゃんは「じゃあ、私こっちだから。」と十字路を左に曲がろうとした。私の家に行くには、ここを右に曲がるので、美岬ちゃんとはここまでだった。
「あ、うん、あ、じゃあね。」
結局何も言えないまま、私たちは別れた。少し歩いた後、振り返って美岬ちゃんの後ろ姿を見た。美岬ちゃんは歩きながら静かに泣いていた。涙を腕で何回も拭っているのが、後ろ姿でも分かった。その後ろ姿をそれ以上見ているのは辛かった。
私は自分の家のほうへ歩き出した。
私は1人で歩きながら、宏樹君のことを考えていた。宏樹君が昨日走馬灯ミュージアムに行くことができなかったのは、代償となる「24時間」が宏樹にはもう残っていなかったからなのではないかと思った。
走馬灯ミュージアムというのは、生と死の狭間にある空間であり、私たちが今いる世界とは別の世界なのだろう。そんな世界でシステムエラーなどが起きるのだろうか。
宏樹君が見るはずだった映画は16時からで、宏樹君が亡くなったのはその次の日の15時26分だった。つまり、映画を見る時点でもうすでに宏樹君の寿命は24時間も残っていなかった。
もしも、亡くなるのが今日の16時過ぎだったとしたら、映画を見た直後に亡くなっていたのかもしれない。宏樹君が何をミュージアムで見ようとしていたのかは分からないが、もし自分の未来を見ようとしていたとしたら、映画を通じて自分のわずかな寿命を知ることになったのだろうか。
そう考えれば、宏樹君はミュージアムに行くことができなくてよかったのではないかと思う。もし自分の残された命について知ってしまったとしたら、それこそ耐えられなかっただろう。
人生の中のたった1日など気にするほどのことでもないと思っていたが、残りの人生が何年も残っている保証などないのだ。それがより現実味を帯びてきて、怖いと思った。
美岬ちゃんがトイレに行ったタイミングで、宗像先生は、私と葵にある話をしていた。
「特に仲の良かった美岬さんには伝えないで、と生前本人から言われていたことなんだけれど。芦田君はもう先が長くないことを分かっていました。さっき美岬さんの前ではああ言ったけれど、実はわたしたちは芦田君に余命宣告をしていました。あと1年ほどだろうと。そうしたら、本人も小さい頃から入退院を繰り返していたからきっと覚悟はできていたのだと思う。死ぬ日が正確に分かればいいのに、そしたらそれに向けていろいろと準備できるし、今までお世話になった人にも順番にお礼を言いに行けるのにと、彼はそう言っていました。」
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